「父様! どこにいるの」
 広いだけが取り柄のボロ屋敷。
 掃除が行き届いていないものだから、あちこちに埃の塊や蜘蛛の巣がある。
 まず向かった先は、一階にある食堂。お昼時だからいるかもしれない、と思ったからだった。
 大きな音を立てて扉を開ける。
「うっ……、なによこれ」
 勢いよく開けたことが裏目に出たのか、その瞬間に埃が舞い散った。
 リーシェは咄嗟に鼻を塞ぐ。
 どうやら、リーシェが屋敷を出ている間に一度も使われていなかったらしい。
 もともと掃除が得意でなかった父は、きっと使わないからと掃除せずにそのまま放置したに違いない。
 リーシェは本日何度目かの溜め息をついた。
「ここじゃないってことは、きっと書庫にいるのね」
 父は無類の本好きだったことを思い出す。
 母が居た頃も、隙あらば書庫に日がな一日籠もっていたのだ。絶対に書庫にいる。
 埃が舞うのも気にせず、廊下を走り、書庫の扉を開ける。
「父様!!」
 大声を上げた。
 書庫は明るい。きっといるはずだ。
 少しして「リーシェかい? お帰りなさい」と暢気な父の声が聞こえてきた。
 一から書庫に来ればよかったと、少し後悔しながら中に入る。
 奥に行くと、大好きな本に囲まれて幸せそうな顔をしている父の姿が見えた。
 リーシェと同じ、金色の髪。碧眼の瞳。お風呂にはちゃんと入っているのだろうか、少し汚れた肌にぼさぼさの頭をした中年の男。それがリーシェの父だった。
「今月は早いね。なにか、あったのかな」
 いつもは月末に帰ってきていた。今日は、月の真ん中。いつもより早い帰郷に、父は疑問に思っているようだった。
「それは、父様が帰ってきなさい、っていう手紙を送ってきたからでしょ! ほら! これよ」
 リーシェは、懐から少しくしゃくしゃになった手紙を取り出して父に見せた。
 無駄に達筆な字は、父以外に見たことがなかったから間違いはないはずだ。


 親愛なる娘へ

 リーシェ宛に重要な手紙が届いたんだ。一度、もどってきてくれるかな

                              父より


 一文だけの短い手紙。これも、父の特徴だった。
 詳しい説明は書かず、事実だけを述べる。実に父らしい手紙。
「ああ、そういえば、そんな手紙を書いたかな」
 その言葉にリーシェは。がくりと肩を落とした。
 手紙を出したは良いが、リーシェが帰ってくるまで忘れてしまっていたようだ。
「それで父様。その重要な手紙って?」
 顔を上げて父を見る。
 「えーっと、どれだったかな」なんて言いながら、本で埋まった机を掻き分ける。
(う……、また埃だわ)
 本が好きなら、書庫だけでも掃除すれば良いものを。
 それをしない父に、リーシェは苦笑するしかなかった。

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