「ああ、あったあった。これだよ」
 父は、埃だらけになった手紙をリーシェに差し出した。
 手紙を受け取ると、埃を払いながら裏を見る。
 差出人は、
「う、うそっ! 王城からじゃない!」
 国の紋章。重要な書類や、手紙に捺されるものだ。
 なぜこんなものが、リーシェ宛に届いたのだろう。
 父の爵位は“伯爵”だ。良くも悪くもない地位で、決して来ないとは言い切れないものの、来る確率は極端に低い。
 もしかして、と悪い予想が脳裏に浮かぶ。
「こ、今年の土地代はきちんと払ったはずよ。税金も払ったわ。なにか不備でもあったのかしら」
 胸がどきどきと脈打っていた。
 どきどきし過ぎて、心臓が破裂しないかと心配なくらいに。
 リーシェは手紙の封を切った。息を呑んで、ゆっくりと中身を取り出す。
「……カード?」
 出てきたのは豪華なカードだった。
 柑橘系の匂いもする。
 封筒から出てきたのはカードだけで、それ以外は何も入っていなかった。
「うそ、これって招待状? え、なんであたしに」
「あれ? 知らないかな。十年に一度、国というか皇帝陛下主催の舞踏会が催されるんだ。そこには、爵位を持つ貴族なら誰でも出られる。それの招待状だよ。リーシェが産まれる前にも、何度か届いたことがある。ルイスやリリィも出席したことがあるよ」
 ルイスとリリィは、歳の離れた双子の姉のことだ。御歳、二十八歳。少なくとも二回は出席したことがあるはず。
 父は、ニコニコ微笑みながらリーシェを見ている。「もちろん出席するだろう?」という目だ。
「姉様たちも行ったことがあるんだ。なら、行って見たいけど、ドレスとか、持ってないし……」
 姉たちが行った時期は、母が亡くなる前でお金がたくさんあった。
 新品のドレスを着て舞踏会に行ったのだろう。
 でも、今の家にはドレスが一着もない。
 使用人に盗られたのだ。辛うじて残ったものは、売ってしまった。
 リーシェが稼いだお金で買おうにも、決して手が届くような値段ではないし、町で手に入るような安っぽいドレスを着ていくわけにもいかない。
「ドレスならあるよ。旧式のものだけど、レーラが生前に着ていたものだ」
 レーラとは母の名前だった。
 母が着ていたドレス。母が着ていたときの姿を幼いときに数度見たことがあったが、旧式と言えどとても立派なものだった。
 薄桃色のドレス。
 「欲しい」とねだった記憶もある。
 父は「よっこらせ」と言いながら立ち上がると、ちょっと待っててと口にして書庫を出て行った。

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