(ひぃ――っ!)
 リーシェは心の中で悲鳴を上げた。ルーカスの首にまわした腕に力が入る。
 二階とはいえ、十分に高い位置にある。思わず目を閉じて衝撃を待つが、いくら待っても衝撃はこない。
 「もう大丈夫ですよ」と頭上から声がかかり、パチリと開ける。
 キョロキョロと辺りを見渡して、無事地面に降りれたと知ると、リーシェはほっと息を吐いた。
「立てますか」
 小さく頷くと、ルーカスはそっと地面に降ろしてくれた。
「ヴィリエ警部!」
 警察署から出てきた見知った姿に、ルーカスは声をかけた。
「ルーカス、貴様。今までどこにいた!」
 最初に返ってきたのは張り裂けんばかりの怒声。
そこに居たのはキリルで、眉間に皴を寄せてルーカスに掴みかかる。
「えーっと、その救護室に……。―――あ」
 特に慌てた様子もなくルーカスは答え、ふと何かを思い出したような表情になる。
 キリルから視線を逸らし、「えーっと、まあ、あれです。いろいろあったんですよ」と言葉を濁す。
「つまり、俺が言ったことを忘れていたわけか。貴様、覚悟は出来ているな」
 キリルの額に青筋が浮かぶ。
「彼女は無事、ヴィリエ警部の下へと連れて来ましたし、結果オーライじゃありませんか。ね? そうでしょう。あーもう、睨まないでください。睨まれたって自分は痛くも痒くもありませんよ。何年の付き合いだと思ってるんです? と言っても三年だけですけど、それでも誰よりも……一人を除いて自分が警部のことを良く知っています」
 にっこりと微笑みながら言うルーカスに、キリルは呆れたように溜め息をつくと手を放した。
「勝手に言ってろ。まあいい、その女はアージムにでも預けて、お前は俺と来い」
 キリルはリーシェたちに背を向けると、いつの間にか用意されていた馬車へと乗り込んだ。その後に続く馬車に、ゴツイ警察官たちが乗っていく。
「……相変わらずめんどくさい方ですね。すみません、リーシェさん。救護室の場所は解りますよね? 不安かもしれませんが、あの人と一緒に居てください」
 キリルが馬車に乗るのを確認してからルーカスは言う。
 だが―――
「それは無理」
 いつの間にやって来たのか、そこにはアージムがいた。ダルそうに後頭部を掻きながらルーカスとリーシェを交互に見て言う。
「俺は用事があるからな。別に良いじゃねぇか、現場に連れていけばよ」
「なに勝手なことを言ってるんですか。できるわけないでしょう!」
 本人そっちのけで話が進む。
「な? 嬢ちゃんもそう思うだろ? 聞いたぜ。嬢ちゃん、自分の無実の罪を晴らすためにあの″c帝と取引したんだろ? なら、丁度良い機会じゃねぇか」
 急に話を振られどうしようかとも思ったが、アージムの言うことには一理あった。このまま警察署にいても、無駄に時間が過ぎるだけ。キリルたちが何をしに行くのかはわからないが、何もしないよりは断然良い。
「満更じゃないみたいだな。ルーカス、良いだろ? 別に減るもんじゃない。ま、ちょっとばかしお前の負担が増えるだけだ」
「自分としては良い迷惑ですが……」
「んなもん知ったこっちゃねぇ。どっちにしたって、俺は用があって嬢ちゃんを預かれねぇ。ならそうするしかねえだろ。なんか間違ったこと言ってるか? 言ってねぇだろ。つーことで、俺は行くからな。キリルに存分に嫌味を言われてろ」
 言いたいことだけ言って、アージムは大きな笑い声を上げながらどこかへ行ってしまう。ぽかんとしながら見送っていると、はっと我に戻ったらしいルーカスの顔が青白くなっていた。
「嫌味どころじゃすみませんよ……あの人の場合は―――……」

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -