キリルの待つ馬車に乗り込む。
そこにいたのは不機嫌面のキリルで、冷たく鋭い視線がリーシェとルーカスを貫く。何も言わずとも彼が言いたいことがわかるのはきっと気のせいではない。
「ヴィリエ警部」
「黙れ。言い訳は聞き飽きた」
「そう言わないでくださいよ。聞くだけ聞くのが上司の仕事でしょう」
「使えんやつは俺の部下にはいらん。即刻降りろ」
「イヤです。無理な命令ですね」
どちらも一歩も引かない言い合いに慣れているのか、馬車は何も無かったかのように進んでいた。
腕を組み、足を組み、ルーカスを睨むキリル。
にこにこ笑顔で受けて立つルーカス。
(上司と部下って感じがしないんだけど……)
縮こまって座っていたリーシェはその光景を見てそう思った。
暫く終わらないだろうと感じ取り、視線を窓の外へと移すと綺麗な街並みが目に入る。
笑顔溢れる人々。
お母さんとお父さんの間に立つように手をつないで歩く子ども。
微笑ましい光景だった。
「そんな物言いだから誤解されてしまうんですよ?」
「構わん」
「構わんって、そんな……」
視線を元に戻すとどうやら終わったらしい。
そっぽ向くキリルと呆れたように溜め息をつくルーカス。
(このままじゃいけない気がする)
ふと、リーシェはそう思った。
今考えてみれば、この状況はリーシェの本位ではない。無実の罪を被っているリーシェとしては、その原因である泥棒を捕まえられる絶好の機会のはず。しかし、ここまで流れで来てしまった。自分の行動でここまでやってきたわけではない。
このまま流されていいのか。
確かにこのまま行けば自分の力ではないとはいえ、泥棒を捕まえるかお宝≠ニやらを取り返せるかもしれない。しれないが、でもそれではだめだ。
取引を交わした相手。
皇帝≠ヘきっとそれでは許さない。
リーシェ自身で何かをしなければいけない。そうしなければ、人質である父はどうなる。
「どうかしましたか? なにか、考え事でも」
リーシェの異変に気が付いたルーカスが、ぐっとその顔をリーシェに近づける。
額がくっ付くのではないか、というくらい近付いたところで我に返り、慌てて離れようとしなところ思いっきり後頭部をぶつけ声にならない悲鳴をあげた。
「……っ、いえ、なんでも」
眼鏡をかけたルーカスは間近でみると端正な顔立ちをしていた。
バクバクと心臓が脈打っている。
今まで対して気にしていなかったが、異性の近くにいるとここまで心臓に悪いなんて知らなかった。