時は少し遡り、キリル・ヴィリエは―――
「遅い!」
 イライラと、室内を歩き回っていた。
 用があるからと信頼の置ける部下に女の身柄を預けたあと、まっすぐ自室に戻ったキリルは溜まった書類を片付けていた。これが終わる頃、部下が女を連れてここへ来るだろうと思っていたのだが、いつまで経っても来ない。
(一体何をしているんだ、あいつは……!)
 こうしている間にも、刻々と時間は進んでいる。
 一分一秒がもったいない。
「ヴィリエ警部!」
 大きな音を立ててドアが開く。
 ドタバタとノックもなしに駆け込んできた部下に、キリルは苛立った声で「なんだ!」と叫ぶように言った。その声と剣幕に、一瞬徒惑ったあと部下はすぐに気を取り直してキリルに向き直る。
「ご報告であります!」
「前置きは構わん、用件だけ言え」
「はい! "奴≠ェ新たな予告状を出してきました! 場所は、ウェストエンドのハルワール美術館。今回狙われているのは、『天女の羽衣』です」
「指定時刻は」
「明後日、満月が頂上に来たとき、です」
 どうしますか、と指示を待つ部下。
キリルは、逡巡することなく「すぐに出る。準備をしろ」と部下に言い放つ。部下は「は!」と敬礼して、来たときと同じようにドタバタと部屋をあとにした。
 ドアを閉めていけ、と一瞬叫びそうになりなんとか耐える。
 耐えろ。今はそんなことを言う時間さえ惜しい。
 キリルは、机の引き出しから二丁の拳銃を取り出すと懐に納める。
 女を待つ時間的余裕はない。
(仕方ない。女への尋問は帰ってきたあとだ)
 気持ちを切り替えるとキリルは息を整え部屋を出た。

* * *

 リーシェとルーカスは救護室での一件で、随分と打ち解けていた。
 ルーカスの案内の下、キリルの待つ部屋へと向かおうとしていた最中のこと。署内が急に騒がしくなり、ぴりぴりとした雰囲気に変わる。不安そうに隣にいる彼を見やると、優しげな風貌は一転。目が細くなり、険しい表情になっていた。
「……リーシェさん。一度外に出ましょうか」
 先程より幾分か低い声に驚きつつも、リーシェは頷く。
 「失礼」ルーカスがそう言うや否や、リーシェを軽々と抱き上げる。
いわゆるお姫様抱っこというやつだ。
 リーシェが小さく悲鳴を上げるが彼は特に気にした風でもなく、慣れた手つきで近くにあった窓を開けると、窓枠に足をかけた。注意するが今現在リーシェたちがいる場所は二階だ。地面までかなりの高さがある。
 思わずルーカスの首に腕をまわしてぎゅっと抱きつくような形になると、彼は「しっかりと掴まっていてくださいね」と言い飛び降りた―――。

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