中に入ると、ソファーに横になって[いびき]をかく髭もじゃ男の姿があった。
 紙に書かれた文字通り、休憩中だったらしい。
「アージムさん! 起きてください」
 青年は男の寝るソファーの前に立つと、耳を思いっきり掴み耳元で大声を出す。
 その大声に驚いたのか、男は目をバチっと開くと勢いよく起き上がる。
 ゴツン! という大きな音とともに青年と男は額を押さえた。
(痛そう……)
 起き上がった男の額と、逃げ遅れた青年の額がクリーンヒット。痛くはないはずのリーシェも、思わず額を押さえて片目を瞑る。
 「おお、いて」と言いながら男は立ち上がると、青年の後頭部を思いっきり叩いた。
「ったくよぉ、休憩中だって書いてあっただろう? 折角、休んでたっていうのに」
 ぶつくさ言いながら、窓際にある机まで行くと、ほかほかと湯気がたつコーヒーポットを手に取り使い古されたマグカップに注いだ。
「今は休憩時間じゃないでしょう!! あなたが勝手に休憩にしていただけですから、文句を言われる筋合いはありませんよ!!」
「あー、うるせーうるせー。お前、ちょっと黙ってろよ。ガミガミガミガミ、お前は俺の母ちゃんか」
 がしがしと頭を掻きながら男は心底嫌そうな顔をしている。
「それよりも、だ。そこの嬢ちゃんはなんだ?」
 青年が言い返そうと口を開く前に、男は話題を変えた。
 品定めするように見たあと、「お前の恋人か?」と青年に問う。
「ち、違いますよっ!!」と青年は即座に否定すると、あからさまに男のテンションが下がった。
「なんだ、つまんねぇな。―――なあ、嬢ちゃん」
「は、はい!」
 急に話しかけられ呆然と見ていたリーシェは、裏声で返事をしてしまった。
「そんな緊張すんな。とって食うわけじゃねぇ。とりあえず、自己紹介だ。俺は、『素敵でかっこいいおじさま』アージム・ヒズリーだ。見ての通り医者だな」
 胸を張って名乗る男――アージム・ヒズリー。薄汚れていたから気付かなかったが、彼は確かに白衣を着ていた。首には聴診器がぶら下がっている。
「違います。『まったく、だめだめで腕だけが確かなのがせめてもの救いなおじさん』でしょう? 間違えないでくださいよ。『素敵でかっこいいおじさま』なんて、誰も思ってません」
 訂正するように、落ち着きを取り戻した青年が言うと、アージムは動きを止めた。
 身体はリーシェの方を向いているが、首から上だけ青年に向けギロリと睨んでいる。
「なにか文句でも? みんな言ってますから、あなたが何を言おうと変わる事は絶対にありませんので安心してください」
「ああ、そうかよ。くそ、これだから最近の若いもんは、しつけがなっちゃいねぇ」
 沈黙。どこからどうみてもこれは嫌味返しだった。どんどん空気が悪くなっているように感じたが、きっと気のせいではないだろう。心なしか、室温も下がっているような気がした――。


 しばらく二人の嫌味合戦を見ていて、リーシェは彼らの共通点を見つけた。
(目元とか、似てるような……?)
 瞳の色が同じな人はこの国に五万といるだろう。でも、アージムの瞳の色は「翡翠」で、珍しい色だ。青年の瞳も同じ「翡翠」でこれは偶然ではないとリーシェは思う。
 目元も似ているし、ひょっとしたら親子なのではないか。
 でも、それはちょっと違う気がする。
 リーシェの興味津々な視線に気が付いたアージムが、「なんだ、俺のかっこいい顔に見惚れたか?」なんて冗談を言う。
 思わずぶるぶると激しく横に首を振ると、アージムは大きな声で笑い出した。
「正直な嬢ちゃんだな。なにか聞きたいことがあんだろ? 言ってみな」
「えーっと、じゃあ、二人の関係は?」
 フリーズ。あまりにもの直球な問いに、アージムと青年は固まった。
 まずいことを聞いたかな、なんてちょっと後悔していると、「まあ、なんつーか」と言いながらアージムが頬を指で掻いた。
「こいつは、俺の甥なんだ。そういや、お前。嬢ちゃんに名乗ったのか? 名乗ってねぇならさっさと名乗れ」
「ああ、もう。言われなくても解ってますよ!! 申し訳ありません、自分の名はルーカス・ヒズリー。認めたくありませんが、この人の甥です」
 青年――ルーカスは心底嫌そうな顔をしながら言った。
 そういえば、救護室に来るまでに名前を聞いていなかった。リーシェも名乗ったほうが良いかと思い、口を開こうとするが「言わなくて結構ですよ。自分は知っていますし、彼に教えなくて良いんです」と言われてしまう。
 その言葉に「そりゃあないだろ」とアージムがぶつぶつ文句を言っていた。

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