微笑ましいようなそうではないような、そんな光景。嫌味を言い合っているときは、冷たい空気になっていたがリーシェの質問をきっかけに、雰囲気は随分と明るくなっていた。
甥と伯父の関係、というよりはどっちかというと親子に近い気がする。
でも、それを言ったらなんだか話がまたあらぬ方向へとずれそうな感じがして、言うのをやめた。
「ふぅん。つまり、だ。あの頭でっかちに押し倒されたわけだ」
本来の目的を思い出したリーシェとルーカスは、ここに来る原因となった経緯を簡単にアージムに説明する。結局は名を名乗ることになったが、二人は対して気にしていないようだった。
仲がいいんだか、悪いんだかよくわからない。
「うん、あいつもたまにはやるじゃねぇか。良い成長だな」
話を聞いてなぜか関心したように、うんうんと頷くアージム。どか、っとソファーに座ると、リーシェたちも座るように促した。
アージムの座るソファーの反対側、つまり正面にあるソファーに腰を下ろすと彼は「コーヒーで良いか?」と聞いてくる。
「はい、あ、砂糖とミルクをください」
「ルーカス、お前は?」
「自分はブラックでお願いします」
「ほー、ブラックか。大人になったなぁ。昔は、砂糖とミルクたっぷりじゃなきゃ飲めなかったくせに」
随分と見ない間に成長したもんだ、と続けて言いながらコーヒーポットとマグカップを三つ用意して再びソファーに座ると、コポコポとそれに注ぐ。砂糖とミルクは眉間に皴を寄せたルーカスが背後の棚から取ると、机の上に置いた。
「ありがとうございます」と礼を言いつつアージムからコーヒーの入ったマグカップを受け取ると、砂糖とミルクを自分好みに合わせて入れる。スプーンで軽くかき回して終わり。一口飲むと、はあ、と息を吐く。
「おいしい」
そうリーシェが言うと、アージムが満足そうに笑った。
「そんで、チューぐらいはしたのか?」
「ぶふっ!!」
突然の爆弾発言に、リーシェは吹き出して「けほっけほっ」と咳をした。
ルーカスが背中をさすってくれて幾分か落ち着いてきた頃、リーシェは「そんなわけないでしょう」と辛うじて言う。
「はぁ、つまんねぇな。あの根性なしが。女を押し倒したら、すぐにそれぐらいはするだろうが、普通……」
「普通はしません!!」
「いんや、それはちょっと違うぜ、嬢ちゃん。まあ、嬢ちゃんは貴族だからな。知らなくても当然か……。なら、これからは覚えとけよ? 今、聞いたんだ。もう『聞いたことありません』なんて言えねぇからな。それにこれは、俺たちにとっては普通だ。そうだろ?」
「……だれに同意を求めてるんです? 自分とあなたを一緒にしないでください。それは、あなたの中での普通であって、自分の中では普通じゃありません」
「ったく、これだから……」
「最近の若いもんですみませんね」
アージムの話を遮り、ルーカスは言う。
遮られたアージムと言えば、またぶつぶつと文句を言いながらコーヒーを啜った。
「見た感じ、嬢ちゃんはどこも怪我はしてない。だから、俺が見る必要はない。が、もし不安なら検査してやるぜ? 全身、隅々までな」
本題に話を戻すと、アージムはリーシェを見てニヤリと笑う。
(……変態!)
それを見たリーシェは口元を引き攣らせた。マグカップを落としそうになって、慌てて机に置くと席を立った。ルーカスの腕を掴んで、ドアの方へとぐいぐいと引っ張っていく。
「ちょ、リーシェさん」
ルーカスの戸惑うような声が聞こえたが、気にしない。一刻も早く救護室、いやアージムから離れたかった。なぜだかはわからない。ただ、身の危険を感じたからだ。
部屋を出る前にちらり、と振り返るとアージムはすでに寝る体勢になっていた。
開いた本を顔に乗せて、ひらひらとリーシェたちに向けて手を振っている。
ふん、と鼻を鳴らすとリーシェはルーカスをつれて救護室を後にした。
廊下に出て少し歩いたあと、リーシェは立ち止まる。
ルーカスの腕を掴んでいた手を放し、向き直ると深々と頭を下げた。
「すみません、あの」
リーシェが申し訳なさそうに言うと、ルーカスは驚いたような顔をした。
「何を謝ってるんですか。自分は別に大丈夫ですし、どっちかというと自分が謝らないといけません。それと、あの人の最後に言ったことは冗談ですから気にしないでください。眠くなったときやだるいとき、サボりたいときはあんなことを言うんです。男でも女でも問わずに……。気分を悪くしたら申し訳ありません……」
ルーカスは苦笑して、リーシェに頭を上げるように言う。
恐る恐る頭を上げると、優しい顔のルーカスがいた。