「リーシェっ!! 良かった、わたくし、とても心配してましたの!」
アローズ公爵家の豪華な門を潜り玄関の前に止まる。
真っ先に出てきたのはミトラで、その目には涙がうっすらと溜まっている。
馬車から降りた直後を狙うように抱きついてきてバランスを崩したリーシェは、ゴツンと大きな音を立てて開いていたドアに頭部をぶつけた。
地味に痛い。
「えーっと、ごめんね。心配かけて……、それよりも、どいてくれるかな……」
「あら、気付きませんでしたわ。ごめんなさい。マリアから聞いていたのだけれど、待ちきれなくて」
渋々といった表情でミトラはリーシェから離れる。
それよりも、
「あの、ミトラ? マリアって……」
だれ?
頭部をさすりながらリーシェは小首を傾げた。
「あら、マリアンヌ様のことですわ。公式の場や城では敬称で呼び、私的な場所では愛称で呼んでいますの。それよりも、リーシェにお客様が来ていますわ」
ミトラに手を引かれ、屋敷内に入るとそこには見知った姿があった。
豊かなくるくると巻かれた髪、自信に満ち溢れた瞳。整った顔立ち、人を見下したような態度。
「なんで、ダリィがいるのよ」
「愚かなリーシェ、わたくしがいてはだめなのかしら。良いご身分ですこと」
「ダリィ様はリーシェのことをすごく心配していらしたのよ? ふふ、これが俗に言う『ツンデレ』というものなのかしら」
うふ、と笑ってミトラは言う。
ダリィもリーシェも言葉を失った。
なんだそれ。というように。
「あら、知りません? 普段はツンツンしているけど、ある一定の条件を満たすとデレデレになる人のこと言うのですわ」
「有名ですのよ」というミトラが遠くにいるような錯覚に陥る。
前々から気付いていたが、やはりミトラはちょっと変わっている。
「ダリィ様はきっとリーシェのことを好きなのですわ! だって、言うでしょう? 『好きな子ほどいじめたくなる』って」
(いや、それは違う気がする)
「ふふ、だって、ねえ。こちらにいらしてからずっとリーシェのお話ばかり、そうとしか思えませんもの」
何か言おうにも自分の世界に入りかけているミトラに、話しかける勇気もなくリーシェは苦笑する。
「リーシェ……、あなたよく一緒にいられますわね」
ダリィの口端が引き攣っている。その目はいつもの自信に満ちた輝きは放っていない。この世の見てはいけないものを目にしてしまったかのように、表情を歪ませていた。
その気持ちはわからなくもないが、
(ダリィも人のことを言えない気がするわ)
と思う。
男受けは良いダリィだが、女受けはよろしくない。
別に性格を使い分けているわけではないが、周りにいつも男が居たせいだろう。
ミトラとは違った意味で「変人」と言える素質も持っている。
リーシェにとっては、どっちもどっちだ。
「それよりも、どうしてダリィがここに?」
ミトラの話題から話を逸らすように、ダリィに問う。
「ルイス様とリリィ様に頼まれただけですわ。それがなければ、もう、とっくに、屋敷に帰っていてよ」
「もう、とっくに」のところを強調してダリィは答えた。