ここからは手助けは出来ない、というマリアンヌにお礼を言ってから部屋を後にしたリーシェ。そういえば、このあとのことを全く考えていなかったことに気付く。
(文句を言いたくなったけど、でも、マリアンヌ様が協力してくれなかったら今もあの牢に居たかもしれないわ)
立ち止まると、天気のいい青空を見てリーシェはふとそう思った。
リーシェは、そこらへんにいるお嬢様たちよりは行動派だとは思うが、きっと今回の場合は何もせずじっと牢の中で待っていたかもしれない。
きっと、父様がどうにかしてくれる。
ダメダメな父様でも、きっと助けようとしてくれるはずだ、と。
(あたしって、なんにもできない子どもみたいだわ)
周りに頼ってばかり。
自分の感情すらコントロールが出来ない。
「リーシェ様、お迎えに上がりました」
いつまでぼーっとしていたのだろうか。
聞き覚えのある声に呼びかけられて、振り返る。
そこには、アローズ公爵の屋敷で会った使用人――エルザがいた。
清潔感溢れるメイド服を身に纏い、長い黒髪を頭の上で一つに結んでいる。透き通った肌に、使用人にしては珍しく手荒れしていない、綺麗な手。
そんなに時間は経っていないはずなのに、酷く懐かしく感じた。
「どうしてここに?」
「ミトラ様より、リーシェ様をお迎えに上がるよう仰せつかってきました。まずは新しいお召し物に着替えていただけますでしょうか」
あの舞踏会の日からずっと、着替えて居なかった。
(母様のドレスがボロボロだわ)
うっすらと両目に涙が溜まる。
母の形見である薄桃色のドレス。
埃で薄汚れ、牢に入れられたときにできたであろう破れたところが数箇所。
「り、リーシェ様? どうかなさいましたか」
エルザが慌てている。
リーシェの異変に気がついたらしい。
懐から淡いオレンジ色のハンカチを取り出すと、恐る恐るリーシェに差し出す。
「あの、リーシェ様。こちらをどうぞ」
「……ありがとう。でも、大丈夫だから」
ハンカチを持つエルザの手を軽く押して、無理やり作った笑みを向ける。
「それに着替えればいいのね?」
「は、はい……」
リーシェは、偶然傍を通りかかった城のメイドに声をかけ、着替えるための部屋に案内してもらう。
案内された場所は、とても小さな部屋で物置に使われているのか、小物類が入った箱が積み重ねられている。
「ちゃんとした部屋のほうが良かったのではないでしょうか」
「いいの。着替えるだけだしね」
汚れた身体のままでエルザから受け取った真新しいドレスを着るのは躊躇われたが、気にしないで着てほしいとエルザに言われたこともあり、意を決してそのドレスを着た。
ふんわりとしていて肌触りが良い。
質がいいものって肌に優しいのね、と感心していると「行きましょうか」とエルザに促され部屋を出た。
玄関に向かう途中、何人もの騎士に睨まれたように感じた。
きっと、リーシェのことを快く思っていないのだろう。
(ま、それは当たり前か)
まだ罪が晴れたわけではない。
怪しまれて当然なのだ。
玄関から城の外に出ると、そこには一台の馬車が止まっていた。
エルザが当然のようにドアを開ける。
「どうぞ、リーシェ様」
天使のような微笑み。
リーシェは初めてエルザの笑顔を見た気がした。
屋敷に居たときは、ミトラの奇行に対してプンプン怒っていたりしていたので、笑ったところは見たことがなかった。
「どうかしましたか?」とエルザに問われ、なんでもないと慌てて返しリーシェは馬車に乗り込んだ。