騎士とは皇族直属の兵士のことを言い、警察は民間を守るために設立された組織だ。
時には貴族以上の権力を持ち、不正を働く者を身分問わずに捕らえることが許される。
「ヴィリエ警部!」
書類が集められた部屋にいた銀髪長身の青年は、部下の声に「何事だ」と振り向く。
「つい先程、王城より連絡が入り“奴”が現れ、秘宝が盗まれたとのこと」
「いつ“奴”が現れた」
手にしていた書類を机上に置く。
部下は敬礼すると、持っていた報告書を読み上げた。
「昨日未明、皇帝陛下主催の舞踏会が行われている最中に盗まれたものと思われます。いつも送られてくる予告状はすでに届いていたものの、皇帝陛下は無視するように指示したそうです。また、“奴”を追跡する上で“共犯者”と思われる少女を捕らえたとのこと」
「共犯者?」
「ええ、報告書にはそうあります」
青年――キリル・ヴィリエは眉間に皴を寄せた。
「“奴”が共犯者を使った事例は一つもない」
「ええ、自分もそう思ったのですが、何度問い合わせても間違いはないと付き返されてしまって」
報告書を受け取るとキリルは傍にある椅子に座り、目を通す。
確かに、部下が言った通りだった。
(共犯者、だと……)
信じられなかった。奴を追う年月は、だれよりも長い。
その間、奴は常に二人組みで行動し、二人とも正真正銘の男だ。
すばしっこい泥棒はそうやすやすと捕まるような奴らではない。
「どうしますか、警部」
報告書を見ながら一言も発しないキリルし痺れを切らした部下は、一歩近付いて問う。
「どうもしない。俺たちは俺たちの調査をすれば良いだけのこと。“奴”は近いうちにまた予告状を出すだろう。どこよりもいち早くそれを手に入れろ。今度こそ捕まえてやる」
報告書をくしゃりと握り締め、キリルは窓の外を見た。
「それよりも、とてもおいしいシチュエーションですわ。共犯者と疑われ無実の罪を着せられたヒロイン! それを晴らすために動くことを決意するのです。そして、様々な出会い、そして恋に落ちるのですわ。待ち受けるは数々の試練! それを乗り越え、真実の愛を手にするのです!」
(いや、話ズレてるし)
ミトラの部屋に移動したリーシェたちは、意気揚々と語る彼女を見て溜め息をついた。
ダリィは我関せずとでも言うように、ひたすら紅茶を飲んでいる。
「リーシェ様、お風呂の準備が整っております。ミトラ様のことは放っておいて構いませんので、どうぞ」
新しく淹れてきた紅茶のポットを片手にエルザが言う。
カップから口を離し、ダリィは眉を顰めた。
「……もしかしてとは思っていたけれど、リーシェ、あなたお風呂に入っていなかったんですの? あなた、臭いがキツイですわ」
「えっ、そんなに……?」
くんくんと身体の臭いを嗅ぎ、首を傾げる。
(うーん、あたしにはわからないわ)
こういう臭いは第三者でなければわからない。
それにリーシェ自身気になっていたからちょうど良いかもしれない。
「じゃあ、お風呂に入ってくるわ」
「ええ、そうしてほしいですわね。ああ、もう、臭いがわたくしに移っていないか心配ですわ」
「……ご丁寧な嫌味をありがとう。そういえば、いつも思ってたけどさ、あんた香水臭いわ」