会場からもれる音楽が聞こえなくなってきた頃、ふと自分がどこに向かっていたのかわからなくなっていた。
 とりあえず会場から離れようと走っていたのは覚えてる。
(けど、ここはどこ……?)
 庭園ではない。
 玄関でもない。
(中庭、かな)
 だいぶ奥のほうに入ってきてしまったようだ。
 勝手に入って怒られないだろうか。
 今更会場に戻れない。あれだけやってしまったのだ。
(ま、いっか)
 月明かりが照らす中庭は、庭園以上に美しかった。
 中央には噴水。バランスよく植えられた花々。
 荒れていた心が正常な状態に戻る。
 癒される―――
 リーシェは、誘われるように噴水のほうへと歩み寄っていた。
 そんなとき、
「ったく、扱き使いやがって」
(え?)
 乱暴な言葉遣いの声が聞こえた。
 突如、目前に黒いマントに身を包んだ青年が現れた。
 血のように紅く染まった髪、目元を隠す仮面。
 リーシェの視線に気が付いたらしい青年が振り向く。
 目と目が、合う。
「誰だ? お前……」
 ビクッと肩が震える。
 視線が青年の手元に移る。
(翡翠色の、チョーカー……?)
 心臓がドクンと脈打つ。
 なんだろう、この感覚。
 昔、どこかで感じたことがある感覚だ。
 リーシェは、悲鳴を上げようと息を大きく吸い込んだ。
「チッ……!」
 青年は舌打ちすると、一瞬でリーシェに近付き乱暴に後頭部を押さえる。
 そして、
「んっ……!」
 リーシェの唇と、青年のそれが重なった。
 リーシェの目が、これでもか、ってくらいに大きく見開かれる。
 息が出来なくて、苦しい。辛い。
「ん――――っ!!」
 我に返ったリーシェは、青年の胸元を押し、何度も叩く。
 でも、びくともしない。
 苦しくて、意識が朦朧としてきた頃、息苦しさから突然解放された。
「はあ、はあ、はあ……」
 胸元を押さえて、何度も深呼吸する。
 顔を上げると、そこには青年の姿はなかった―――。

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