舞踏会が始まった―――
音楽隊の奏でる楽器。
流れる音楽。
それに合わせて、男が女を誘い踊りだす。
夢のような光景だった。
(すごい、すごいすごいすごい!)
リーシェはキラキラと瞳を輝かせてその様子を見ていた。
そんなとき、
「ちょっと、そこのあなた」
背後から甲高い声が響いた。
「え?」と振り向くと、そこには派手派手に着飾ったお嬢様軍団が腕を組んで立っていた。
「よくもまあ、公爵家の令嬢に取り入ることができたわね。そんな、旧式のドレスしか持っていないような貧乏な人が」
リーシェの頭のてっぺんからつま先まで品定めするように見て、馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
見ず知らずのお嬢様に、母の形見であるドレスを馬鹿にされてリーシェはむっとする。
派手に着飾れば良いってもんじゃない。
顔は十人並み以下。スタイルは、まるで中豚。くびれなんて見えない。足も太くて見ていられない。
そんなお嬢様に何も言われたくない。
「どうやって取り入ったの? 教えて欲しいものね」
彼女の背後にいる取り巻きお嬢様が「そうですわそうですわ」と口々に言う。
楽しい気分がパーだ。
「ああ、貧乏の知恵、ってやつね。ああ、恐ろしいこと。誇りもなにもないだなんて」
(なによ、このデブ女! ミトラのことも馬鹿にしているように聞こえるわ)
リーシェが何も言い返さないことを良い事に、あることないことを並べるお嬢様。
そして、
「まあ、こんな貧乏臭い人を『友人』と呼ぶ公爵令嬢も、見る目がないのねぇ」
言ってはいけないことを口にした。
(あたしは別に良いけど、ミトラまで馬鹿にするだなんて……!)
リーシェは我慢できず、ついに口を開いた。
「あんたのほうが、見る目ないんじゃない? 似合わないドレスを着て、派手に着飾って」
やり返すように、お嬢様の全身を見る。
「ドレスは良いけど、その“元”がダメダメね。少しは体型のこと気にしたら? だらしない。だからプクプク太るのよ!」
「な……」
「あら、言い返せないの? 事実だから? ああ、結局は口だけ達者ってやつなのね」
リーシェは、ふんと鼻を鳴らす。
いい気味だ。
取り巻きが「なによ、生意気ね」と遅れて言い返す。
だが、肝心のお嬢様がまだ口をパクパクと開閉させたまま動かない。
勝った、と思った。
口で負けるなんて思わない。
「は……、なによ、落ちぶれ貴族が! いい気になってるんじゃないわ!」
甲高い声が会場内に響く。
一瞬、音楽が止まったように思えた。
否、実際は止まっていないのだが、衝撃過ぎてリーシェの耳には届かなかった。
(今、なんて言った?)
「あら、さっきまでの威勢はどうしたの? ふふん、蛙の子は蛙と言うけれど、あなたは蛙以下ね。まるで溝鼠みたい。あなたの家族はみーんなそう。落ちぶれた、溝鼠。あんなことをしておいて、よくもまあ、皇帝陛下の前に来れたわね。さすが溝鼠ねえ、どこにでも潜入できるんだから」
(あたしだけじゃない。家族まで、馬鹿にしたわ)
許せなかった。
言い返すことをしないリーシェに満足したのか、満面の笑みを浮かべているお嬢様は、取り巻きに「あなたがたもそう思いますわよねぇ」と同意を求める。
すると、当然の如く取り巻きは「そうですわ」と同意した。
リーシェは、無意識に近くを通りかかったメイドの持つお盆からワインの入ったグラスを奪うと、お嬢様にぶっ掛けた。
ぽたぽた、と雫が落ちる。
「あんたみたいに、親の権力を笠に着る腐った人に言われたくないわ! 何も知らないくせに、偉そうなことを口にしないで!!」
そう怒鳴って、リーシェは会場を逃げるように後にした。
扉を出たところで、悲鳴が上がる。
「ざまーみろ」と内心で毒づいて、会場からもっと離れるように廊下を進んだ。