「ん……」
 ドタバタと騒がしい足音に、リーシェは目を覚ました。
 隣を見ると、そこにはミトラの姿がない。
 窓の外を見てみると、もう既に明るくなっていた。
(も、もしかして)
 寝過ごしたのだろうか、と不安に思い急いで寝台を降りた。
「あ、起きられたんですね? 良かった。そろそろ起こしに行こうと思っていたんです」
 声が聞こえて振り返る。
 そこにはメイド服を着た少女が立っていた。
 ミトラ専属の使用人、エルザだ。
 袖を捲し上げ、箒を手にしている。
「申し訳ありません。こんな格好で……」
 リーシェの視線に気が付いて、エルザが慌てたように箒を背中に隠す。
「朝食の準備が出来ています。食堂にございますので、準備が出来次第そちらへどうぞ」
 エルザはにっこりと微笑んだ。
 「ええ、わかったわ」と返事をすると、リーシェは簡素なワンピースに着替えて部屋を後にする。
「おはようございます! リーシェ」
「あ、ミトラ! おはよう」
 廊下に出ると、偶然ミトラと会った。
 癖のあるウェーブがかった髪、くりくりとした瞳、桜貝のような唇。今日の彼女が着ている服は、フリフリのレースがふんだんに使われたドレス。
 とても可愛かった。
「ミトラはもう朝食を済ませたの?」
「ふふ、いいえ。まだですわ。わたくし、リーシェと食べたいと思ったましたの」
「そうなの? ありがとう、それからごめん。待たせちゃって」
「あら、いいんですのよ。わたくしが勝手に待ってただけですもの」
 ねっ、と微笑まれたらそれ以上何も言えなくなってしまった。
「……そういえば、ミトラの歳って幾つなの?」
「あら、わたくしですか? リーシェの一つ下の十六ですわ」
「えっ……!?」
(嘘だ――っ!)
 リーシェは、はしたないと思いながらもあんぐりと口を開けた。
(ぜ、絶対に、十二・三歳だと思ってた……)
 口には出せないが、幼い容姿の上に身長も十六歳頃の子女の平均より低い。
 驚きすぎて声が出なかった。
(わ、悪いけど、全然見えないわ)
「ふふ、面白いお顔ですわ。――エルザ、エルザ、カメラを持ってきてくださいな」
 ミトラは、自室にいるだろうエルザに声をかけ、口を開けたまま固まるリーシェを眺めた。
 どのアングルから撮ったほうが良いかしら、と両手を使って四角を作るとそれを覗きながらリーシェの周囲をぐるぐると回る。
「ミトラ様。カメラです」
 少しの間ぐるぐる回っていると、エルザの声が聞こえたのでふわりとドレスを揺らして振り返る。
 そこには、最新式のカメラを持ったエルザが立っていた。
「ありがとう、エルザ」
「あ、はい。その、ミトラ様? これは一体……」
「ふふ、いつものあれですわ」
 カメラを受け取ったミトラは、エルザに笑みを浮かべる。
 「あれ」とは、アローズ家に住む者、働く者にしか知らない“隠語”だ。
「そうですか。また、何かあればお呼びくださいね」
 意味が分かったエルザは、二人を残し早々に持ち場に戻った。
 未だ動く様子が見えないリーシェを、パシャパシャと撮っていくミトラ。
「ふう、こんなものかしら。こういう反応は久しぶりでしたから、とても新鮮で楽しかったですわ。――でも、そろそろ現実世界に戻してさし上げるべきですわね。これでは朝食が食べられませんわ」
 ミトラは、リーシェの前に立つと眼前で手を叩く。
「きゃあっ」
 我に返ったリーシェがその場にへたり込む。
「驚きすぎですわ」
 ミトラがクスクスと笑う。
 「もうっ」と口にしながらリーシェは立ち上がった。
「さあ、朝食を食べに行きましょう? わたくし、お腹が空いてしまいましたわ」
 ぐいぐい、と力強くリーシェの腕を引っ張って、ミトラは歩き出した。
 いろいろと言いたい事、聞きたい事があったが、「まあいっか、あとで」と呟く。
 食堂に着くと、そこには豪勢な食事が並んでいた。
(何度見ても、豪華だな〜)
 さすが公爵家の食事、と感心する。
 貴族と言えど、作法に疎いリーシェは最初、ナイフとフォークの使い方がわからなくて四苦八苦したものだ。
 公爵夫人の厳しい訓練……ではなく、優しい勉強会でなんとか基本的な作法は覚えた。
(あれは、辛かったな)
 ちょっと間違えただけで鉄せ……怒声が響き、いつもの優しそうな表情はどこへやら。鬼のような形相で、それはそれは恐ろしかった。
「リーシェさん。手が止まってますわ?」
 気が付いたら席に座っていて、ナイフとフォークを握った状態で止まっていた。
 公爵夫人の視線が痛い。
 隣に座るミトラは、笑いを堪えているのか両頬が少し膨らんでいた。
「す、すみません」
 小さな声で謝ると、食べ始めた。
 これ以上怒らせるとあとが怖そうだったので、黙々とただ食べ続けた。

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