アローズ家にリーシェが来てから、早二日が過ぎた。
今の時間は夜。
満月になりかけの月が空高く浮かんでいる。
「ふふ、ついに明日ですのね」
「うん……。あたしね、舞踏会に出るの初めてなんだ」
リーシェと二人、同じ寝台に入り窓の外の景色を眺めていた。
「あら、奇遇ですのね。わたくしもです」
「ミトラも? 意外だわ。公爵家のご令嬢だし、いろんなところの舞踏会とかに参加してるんだと思った」
「それは偏見ですわ、リーシェ。でも、そうですわね。お父様ったら極度の心配性で、わたくしに悪い虫がつかないようにって参加させてくれないのです」
はあ、と息を吐いてミトラは布団の中に潜る。
リーシェはクスっと笑って、同じように布団の中に潜った。
目と目が合って、もう一度笑う。
(同い年の友達って、こんな感じなのかしら)
リーシェも初めてだったが、ミトラも同じ気持ちだった。
ミトラには兄弟や姉妹がいなかった。いたとしても、それは血縁者であって友達にはなれない。貴族の娘で同い年の子はたくさんいるだろうが、心のうちを全て話せるような友達は作れない。相手が平民ならなお更だ。
以前に一度、使用人相手に言ってみたことがある。
『ねえ、歳も近いですし、敬語はやめてわたくしと友達になってもらえないかしら』
と。しかし、みんな決まってこう言った。
『申し訳ありません。ミトラ様。私共は仕事柄故にミトラ様のお傍まで寄ることが出来ますが、私共は平民です。たとえミトラ様のお願いだったとしても、それだけは叶えることが出来ないのです。どうが、ご理解くださいませ』
言い方は違っても、誰もが同じことを口にした。
それを見ていた母は、一番歳が近い新人のエルザを専属としてミトラに付けた。友達、とまではいかなくてもそれに近い絆が生まれてほしいという願いからだったらしいが、ミトラは母に感謝している。
立場は違えど、確かにエルザとの間に絆が生まれたのだから。
いなかったら今以上に妄想に走っていたかもしれない。
リーシェとも爵位は違うが、彼女の人柄のこともあるだろうがすごく仲良くなれる気がする。
「知っています? 明日、朝はパーティーで夜になると舞踏会に変わるのですわ」
「そうなの? あたし、知らなかったわ。夜になったら行くものだと思ってた」
「ふふ、わたくしもお母様から聞いたのです。どこの舞踏会もそうらしいですわ」
ごろん、とリーシェが寝返りを打つ。
ミトラはまだ眠たくなかったが、リーシェはもう限界らしい。
うとうとしているリーシェを見て、ミトラはクスっと笑った。
「あらあら、おやすみなさい、リーシェ」
リーシェの頭をそっと撫でる。
ふと、何かを思い出したように「そういえば」とミトラは口にした。
「ずっと、わたくしは気になっていましたの。仮にも伯爵家令嬢のリーシェが、お世辞にも質が良いと言えない生地で作られたワンピースを着ていたのかを」
(だって、おかしいですもの)
父について違う貴族の屋敷に行ったことがあった。
そこで出会った令嬢は、無駄に派手な装飾品で着飾っていた。
爵位があればあるほど、お金があればあるほど、動きにくそうなドレスを着て、使用人を奴隷のように扱っていた。さも、それが当たり前のように。
だが、リーシェにはそれを感じない。
(やはり、あの噂は本当だったのかしら……?)
使用人たちが以前話していたことを耳にしたことがある。
リーシェの家名、エインズワース家の秘密。
「ああ、ダメですわ。友達を疑うようなことをしては」
これ以上起きていると余計なことを考えてしまう。
そう思ったミトラは、ぎゅうっと目を力強く閉じて無理やり眠りについた。