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★ ☆ ★




コナンくんにポアロというお店に連れて来てもらって分かったことは、彼の作るハムサンドが美味しいということ。
それに、コナンくんと一緒に居れば彼は笑ってくれるということ。
そして何よりも、安室さんが俺といる時よりもずっと幸せそうにしているということだった。
お客さんに向ける笑顔は小さい頃に図鑑で見たどんな宝石よりも輝いて見えたし、自然光で透ける彼の髪が揺れる様子は本当に綺麗で眩しくて、頭から離れなくなった。
あんなに楽しそうな彼を見ることが出来て、ご飯も美味しいと感じたのに。
胸がこんなに苦しくて、言葉も出ない理由が俺にはどうしても分からなかった。

「安室さん…」

小さな声で呟いたのは大切な彼の名前。
「気を付けてくださいね。何かあったらすぐに連絡してください」と1人で帰ろうとする俺をたくさん引き留めて、本当に心配してくれていた。
胸を押さえながらお覚束無い足取りで店を出る。
なんだか自分がとてもみじめでちっぽけに感じられて、すぐにでも一人になりたいと思ったのだ。

「…晶太?」
「っ…え?」
「…、一人か」

それは、お店を出てすぐのことだった。
不意に呼ばれた自分の名前に自然に顔を上げる。
そこには、全身真っ黒な装いの背が高い男の人が立っていた。
髪も、帽子も。身に纏うものすべてが黒一色で、その中で主張するように輝くエメラルドグリーンの瞳が印象的だった。
知らない人だ。どうして俺の名前を知っているのだろうか。
隈の目立つその鋭い瞳で見据えられると、捕らえられたみたいに体が動かなくなった。
怖い。理由は分からないけれど、彼の纏っている黒が恐怖心を煽るのだ。
距離を取ろうと思わず数歩後ろに下がると、行き場もなく彷徨っていた手首を力強く掴まれた。

「えっ…?ぁ…離して…、くださ…っ」
「…来い」
「ぇ…っあ、…」

体が強い力で引っ張られるまで、一体何をされているのか分からなかった。
彼の大きな手からは体温が感じられなくて、それが何故だかとても怖くて仕方がない。
混乱する俺に一言だけ呟くと、男の人は腕を引っ張りながら歩き出した。
それに抵抗しようと足を地面に付けて一生懸命踏ん張るけれど、力の差は歴然だ。
どんなに全身に力を入れてみても、彼の大きな手に爪を立ててみても、俺なんかの力では抵抗できそうもない。

「お、ねが…やだ、」

このままではどこか知らないところに連れていかれてしまう。
そう思って彼に引きずられながら後ろを振り向くと、ポアロの看板が少しずつ小さくなっていくのが視界に入った。
嫌だ。助けて。
何かに縋るように手を伸ばしたその瞬間、ズキリとした痛みが頭を襲って思わずその場にうずくまった。
それでも彼が手を引くから、ズボン越しに膝が擦れたけれど、頭痛のせいなのか感覚が分からなかった。

「っ…痛…」
「…晶太?…っ、おい」
「嫌っ…」

今の光景…見たことがある。
頭が割れるようなその痛みは一瞬で、まるで夢でも見ていたかのように体から消えていった。
そんなことよりも、デジャヴのようなその感覚が纏わりつくように思考を支配していく。
縋るように伸ばした手、視界に映るポアロの文字。
確信はないけれど、同じ経験をしたことがあるような気がする。
けれど一体何時なのか、本当に現実での出来事だったのか確信が持てない。
気付けば男の人の歩みは止まっていて、眉を顰めながら俺の顔を覗き込んでいた。

「おい、大丈夫か?」
「あ…な、んでもないです…」
「…、…そうか」
「ぇ…っあ、もう、離して…!」

俯いて首を振る俺を確認した彼は、小さく息を吐くと無理矢理俺を立たせてから再び歩き出してしまった。
体に力が入らない。やっぱり、外になんて来るんじゃなかった。
先程までよりも早く歩く男の人に付いて行くのが精いっぱいで、助けを呼ぶのも忘れてしまっていた。
彼は近くに停めていたのだろう車に俺を押し込むと、自分も乗り込んでエンジンをかける。
きっと、誘拐なんて手馴れているのだろう。
目を白黒させているうちに車は動き出してしまっていた。

「ご、めんなさ…た、すけてください…」
「待ってろ。すぐ着く」

後部座席から見えるのは男の人の真っ黒な後ろ姿。
バックミラー越しに目が合って、背中が急速に冷たくなっていく。
こわい。
俺は咄嗟の判断で、視界に入らないように彼の真後ろの席に回って体を縮めた。
どこに行くのかなんて怖くて聞くこともできない。
ドアに手をかけたけれど、内側からでは開かなくなっているのかビクともしなかった。
本当は、開いたところで動いている車から飛び降りる勇気は俺にはないのだけれど。
車内に染み込んだ、強い煙草の香りに頭がくらくらした。

「安室さん…」

車が揺れて気持ち悪い、ぐるぐるする。
膝を抱えながら口から漏れたのは、俺とは対照的に眩しくて優しい彼の名前。
彼に助けを求めたところで迷惑をかけるだけなのは分かっていた。
それでも、「すぐに連絡してください」そう伝えてきた彼の瞳は真剣そのもので。
いつの間にかポケットに入っていた携帯を取り出していた俺は、祈るようにその電源を入れて、彼の存在を探していた。


無色透明。それでも綺麗 

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