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★ ☆ ★




「…さて。僕がここにいたら休めないですよね」
「え……?」
「ほら。晶太くんの手、こんなに冷たくなってます。ベッドに戻りましょう?」

ずっと傍にいてくれた安室さんが、時計を確認しながら俺の背中を撫でる。
彼には彼の時間がある。いつまでも俺なんかに付き合っていられないのだろう。
下げていた頭を持ち上げると、困ったように笑う彼が目に入った。

「ぇ、ぁ…」
「病院、1人で行けますか?」

俺はやっぱり、どうしようもない馬鹿だ。
どうしてずっと居てくれるだなんて思ったのだろうか。
とんだ自惚れだ。恥ずかしい。
立ち上がろうとする彼の服を掴もうとする図々しい手を、反対の手で握りしめる。
これ以上迷惑をかける訳にはいかない。
そんなことくらい頭ではわかっているのに「1人にされる」そう思ったらどうしても体が言うことを聞かなかった。

「あ、でも…」
「…ん?」
「俺、ちゃんと…自分のこと…とか、覚えてて…それで、」
「…?…はい」
「すぐ、思い出す…と、思う…から…だから、」

だから、病院なんていいから、そばにいて欲しい。
伝えようとしたその言葉が音になることは無く、静かな部屋に吸い込まれていく。
自分で勝手に全部忘れてしまったくせに。
さっきまであんなに彼を怖がっていたくせに。
今までずっと一人だったはずなのに、こんな時に限って今度は一人になるのが怖いだなんて。
都合の良い、身勝手な頭が嫌になった。

「病院も、…べつに、その…」
「…?晶太くん?」
「なんでもない…です」

これ以上、彼に迷惑はかけられない。
心配そうにこちらを見る彼の視線から逃げるように俯いて、膝の上に置いていた両手を握り締める。
1人は慣れている。
これから生活していくのに何の支障もないはずなのに、どうしてこんなに胸が痛いのだろう。

「そんなに不安そうな顔、しないでください」
「…っ…ぁ、ちが…」
「晶太くん、こっち向いて」
「…あ、むろさ…」
「君が怖くなければですけど…僕の家に来ますか?」

そう言いながら眉を下げる彼は、頬を掻きながら俺の頭に手を伸ばして髪に指を通す。
まるで俺の心を読んだかのようなその言葉と、優しくて温かい手が不安を吸い取っていくようだった。
なんで、そんなに優しくしてくれるの。
俺の気持ちなんか、気が付かないふりをして帰ることだってできるはずで。
こんなに素敵な友人を忘れてしまうような最低な人間なのに。
じわじわと目に溜まっていく涙が視界を奪っていって、鼻の奥が痛くなった。

「…っ、晶太くん、泣かないで」
「あ、れ…ご、め…なさ…止まんな…」
「こら擦っちゃダメです」
「ごめ、なさ…あむろさ…ご、め…」

ぽたり、ぽたりと自分の意思とは関係なく瞳から次々と溢れる温かい水が、冷えた頬を流れては床を濡らしていく。
胸が痛くて、不安に押しつぶされてしまいそうだ。
彼を傷つけて嫌われてしまうのが怖い。
何度謝ったって、こんなに尽くしてくれる彼に何かしてあげられるわけではないのに。
こんな時、彼の知っている森山晶太ならどうやって解決するのだろうか。
どんなに考えたって、記憶は真っ黒に塗りつぶされたままだ。

「晶太くん、手を離して。顔を上げてください」
「でも俺、安室さんのこと…忘れ、て…」
「すぐ、思い出してくれるんでしょう?」
「っ、…!」
「信じてますよ」

その言葉にハッとして勢いよく顔を上げると、真剣な表情の彼が俺の目を真っ直ぐ見つめていた。
一瞬だけ息が止まるのと同時に、涙の粒が一つだけ頬を流れていく。
そんなこと、初めて言われた。
この人はこんなにどうしようもない俺を本気で信じてくれている。

「ぁ…あ、あむろ…さん」

急に鼓動が早くなって、沢山走ったあとのような感覚が全身に伝わってくる。
胸元で思い切り握りしめた両手が少し痛かった。
彼の期待に少しでも応えたい。
俺に出来ることなんて限られているけれど、とにかく頑張らなければならない。
そう思った。

「安室さん!俺…約束っ、する!」
「でも無理はしないでくださいね。何かあったらすぐ僕に言うこと」
「うん…頑張る!…だから…」

俺の事、嫌いにならないで。
その時どうしてその言葉を言わずに飲み込んだのか、自分でもよく分からなかった。


空席を見つけた 

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