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★ ☆ ★




やってしまった。
相当疲れていたらしい。何もせずに眠ったのはいつぶりだろうか。
陽光で意識が浮上してすぐ目に入るのは同じベッドの上で気持ちよさそうに眠る晶太くんの姿。
僕の体温が心地良いのか体を丸めながらこちらに身を寄せる。
その長い睫毛が頬に影を落としている光景から目が離せなくて、恐る恐る手を伸ばすと頬にまだ残ったままの涙の痕に触れた。

「晶太くん」

ずっと彼に触れることを躊躇していたのは壊してしまいそうだったから。
けれど「寂しい」と訴えながら泣き続ける彼はまるで勇気のない僕を叱り付けているようで、長い眠りから目が覚めたような心地がした。
頬に触れていた親指を徐々に滑らせてゆっくりとその唇に触れる。
しばらくその柔らかさを堪能していると彼がくすぐったそうに身じろいだ。
力の抜けていた彼の手が何かを探すようにこちらに伸びてきて、僕の服を掴む。
起きたのかと思ってその顔を覗き込むと、まだ濃紺は隠れたままだった。
ふわりと微かに漂う彼の香りに懐かしさすら感じた。

「何か、思い出したんですか?」

もちろん彼から答えはない。
昨日酷く混乱した晶太くんの怯えきった瞳は僕ではない何かを見ていた。
何かが原因で記憶が一部だけ戻ったのかもしれない。
もしそうならばそれはおそらく彼が記憶を無くした原因に関わること。
赤井が電話越しに伝えてきた、「晶太を1人で外に出すな」という忠告もずっと引っかかっている。
あいつは何を知っているんだ。そして、晶太くんは一体何を思い出したのか。

「ん…う…あ、むろさ…?」
「晶太くん。ごめんなさい…起こしちゃいましたか?」

彼の体が身じろいだことで思考が現実に戻ってくる。
微睡んだまま僕の名前を呼んだ彼は、潤んだ濃紺の瞳をゆっくりと動かしてこちらを見た。
視線が絡み合う。
彼は僕を見ながら泣きそうな顔で目を細めると、困ったとでも言いたげに眉を下げて、嬉しそうに口元を緩めて微笑む。

「安室さん」

悩まし気に吐き出された吐息と共に呼ばれる名前。
高鳴る心臓。感情が抑えられなくて、目を見開いた。
記憶を無くしてから初めて自然に笑う晶太くんを見た気がする。
目を離すことができない。
しばらく僕の顔を見ていた彼の瞳から涙が一粒零れ落ちるのを合図に、止まっていた時間が動き出したような気分になった。

「夢…じゃ、なかった…」
「へ…?晶太、く…」

透き通った涙が深海のような瞳からとめどなく溢れて、重力に従って流れ落ちる。
言葉を失うほどに綺麗だった。
微笑みながら泣く晶太くんは僕の服を更に強く握りしめる。
真っ白なシーツに吸い込まれていく涙が勿体なくて、唇を寄せそうになるのを懸命に我慢した。
代わりに手を伸ばして、光に反射する粒を親指で受け止める。

「晶太くん。目、腫れちゃいますよ」
「安室さ、…あ、むろさ…ん」
「うん。ここにいますよ。僕はどこにも行きませんから」

後で冷やしてあげないと。
そう思う間にも、彼の涙は止まらない。声も出さずに静かに泣き続ける。
酷く儚い晶太くんを壊してしまわないよう抱きしめて、優しく耳元で囁いた。
白かった肌が少しずつ血色を取り戻して、ほんのりと耳が赤くなっていく。
次第に落ち着きを取り戻したのか腕の中で大人しくなった彼が子供のようで、思わず笑ってしまった。
すると腕の中に納まっていた体制から勢いよく顔を上げながら僕の方を見て、涙で濡れたままの瞳を大きく見開いた。

「あ…」
「ど…どうしたんですか」
「安室さん…わ、らった」

寝起きで温かい彼の手が伸びてきて、確かめるように頬に触れた。
見開かれた濃紺が太陽の光を取り込んでいつもより明るい青色に見える。
震えた声に何度も名前を呼ばれるとなんだかくすぐったくなった。
一体何に驚いているのか分からないけれど、彼にとっては大きなことだったようだ。
自分はそんなに笑っていなかっただろうか。笑えているつもりだった。
晶太くんはベッドから起き上がると、瞬きを繰り返しながら僕の顔を見下ろす。
彼と同じように体を起こすと、透き通るような肌に手を伸ばした。

「晶太くん?」
「もう、辛くない…ですか?」
「…え?」
「お、れのせいで…笑って、くれなかったから…ごめんなさい…」

変わってしまったのは晶太くんではなくて僕の方だった。
自分はずっと、記憶がなくて不安な彼を傷つけ続けていたのだ。
この子のために何かしてあげたい。
前よりも細くなった手首を引いてやると、抵抗することなく腕の中に納まった。
目を瞑れば、密着した体から少し早くなった鼓動が伝わってくる。
染めてからしばらく経って色の抜けた髪が、視界の端でふわふわと揺れる。

「晶太くん。僕、今日お休みなんです」
「お、やすみ?」
「はい。何かしたいことありますか?」

僕の言葉に反応して再び綺麗に笑った晶太くんが、懸命に希望を考えるその様子を目に焼き付けるように見守った。


明日だけを見て 

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