85 墓掘り


翌日の午後、カラッとした淡い陽光の下。リリーはハグリッドと共に小屋のそばでスコップを握っていた。脇に置かれた木箱からはごそごそとニフラーたちの動き回る音がする。


「耕すのはこの範囲だけだ。深く掘る必要もねぇ。だがリリー、本当にソレで良いのか?ソッチでも構わねぇんだぞ?」


ハグリッドは『ソレ』と言いながらスコップを指し、『ソッチ』と言いながらリリーのローブの胸元を指した。そこには杖が備えてある。


「ハグリッドの頼みなら善処するけど、呪文じゃ大きな落とし穴作っちゃいそうで。明日の授業まででしょ?予定が詰まってないならのんびりやろうよ」

「俺はお前さんが手伝ってくれるだけで助かっちょる。日が落ちる前に終わるとええんだが」


『この範囲だけ』と表現していたわりには弱気なハグリッドにリリーが淡く微笑む。そして深々とスコップを突き刺した。


ザクッ、ザクッ、と掘り起こす度に湿った土の匂いが舞う。3月も目前の暖かな気候ではマントはすぐに邪魔者となった。じとりと気持ちの良い汗が額を伝う。さわさわと50メートル先の木立が囁き頬を拭った。


「セストラルが繁殖期に入った。――言うとらなんだか?ちぃとばかし気性が荒くなるから、お前さんも森へ入るときは気を付けた方がええぞ」


リリーの二倍はあるスコップで軽快に掘り返しながらハグリッドがレプラコーンの金貨を撒く。


「もうそんな季節か。分かったよ。テネブルスは元気?」

「あぁ、元気にしちょる。あいつは古参の年寄りだが、まだまだ長生きするぞ!」


森から飛び出してきたふくろうが宙で輪を描きふくろう小屋へと飛び去った。乱された煙突からの煙が方々に揺らめき冷風に拐われていく。

リリーがスコップに体重をかけるとボコッと土塊が浮き出した。それを脇へ滑り落とすと、ゴロリと転がり出てくる白い物が目に映る。


人骨


ザワリと嫌な気配が肌を撫でた。リリーは反射的に身を引いて、自分をきつく抱き締めた。肩を上げ、無理矢理に胸を張る。喉を広げ、パカリと口も開けた。息はこうやってするものだったはず。しかし肺がぺしゃんこになってしまったように上手く酸素が入ってきてくれない。

スコップの倒れた音でハグリッドが振り返った。


「リリー?お前さんどうした!真っ青だぞ!」


異変を感じた彼が駆け寄り、ゆるゆると首を横に振るリリーを覗き込む。リリーは細くなった息で「大丈夫」と呟くことが精一杯だった。


「小屋で休んだ方がええ。医務室へ行きてぇなら運んでってやる。どうだ?ん?」


力加減を間違えがちなハグリッドの手が、今は優しくリリーの背を擦る。彼女は目を瞑って肺を膨らませようと落ち着いた息を繰り返した。


「もう大丈夫。変な虫が出てきた気がして驚いただけだよ。心配かけてごめんね」


引き攣る頬を無理矢理上げたリリーの笑みは到底納得できるものではなかったが、ハグリッドはそれ以上深く聞こうとはしなかった。彼女の様子から何か嫌なものを見たことには違いないだろうと察する。

リリーは震え上がった原因を見つめていた。ほんの2メートルほど先に転がり出た石。白く滑らかなそれはよくよく見るまでもなく人骨ではない。何故見間違えてしまったのか。とても歪な形をしている。

それにまだここには金貨しか埋められていない。


『まだ』――


先程までは授業の準備をしていたはずなのに、気分はすっかり墓掘りだった。抱き締めたままの指をぎこちなく腕から剥がしてスコップを拾い上げる。しかしどうにも続ける気にはなれず、ハグリッドに謝って私室で休むことにした。


ずっとお守りとしてベッドサイドテーブルに置いていた瓶を振る。たぷたぷと揺れる水音が心地よかった。栓を開け、ぐいっと一気に煽れば、ほうっと安らぎをもたらす息が出る。ラベルに記されたスネイプの文字が一層リリーを内から温め穏やかにさせた。




いつの間にか寝ていたらしい。外は既に日が沈み、いくつもの星が争うように輝きを誇らせている。安らぎの水薬ではなく眠り薬だったのではと思うほど、ぐっすりと眠っていた。

リリーはぼんやりと室内の暗闇を見つめる。さざ波もない、朝凪のような心地だった。

頭がしっかりと覚醒すると、聴覚が冴えてきた。闇夜のシンとした世界でボソボソと声が聞こえる。それは隣の部屋からで、もちろんそこもリリーの部屋で、自分は入室を許可していないのに中で誰かが話をしている。

リリーは慎重にベッドを抜け出した。話しているからには向こうは二人以上いる。ローブの上から杖を確かめて、扉に耳をつけた。

一方はキーキーと高く、聞き取りやすかった。独特な謙り口調、ドビーだ。もう一人は低く声を張らないタイプなのかリリーに気を使っているのか正体が掴めなかった。だがドビーがいるなら安心だろう。


「ドビー?」


リリーが寝室から顔を出すと、そこには真ん丸の緑の瞳を輝かせるドビーと難しい顔で腕を組むスネイプの姿があった。


「リリー・エバンズ!元気になられましたか?夕食の用意が出来ています!」


嬉しそうに耳をパタパタとさせながら駆け寄って、ドビーがリリーの腕を引く。ソファに押し付けられながら、リリーは手で髪を梳いた。そして変な寝跡が付いてやしないかと頬へ滑らせる。

スネイプはそんな二人のやり取りをじっと見ていた。主にリリーの顔色を、足取りを、一通り目を配って腕を解く。そしてマントを翻した。


「用は済んだ」

「え、あの、スネイプ教授――」


リリーは自分の部屋へ来ておいて自分と会話もせず『用は済んだ』と言う男を引き止めようと腰を浮かせる。しかし拳一つ分も離れぬうちにドビーに押し戻されてしまった。声は聞こえただろうに無情にも扉は閉まり、彼は去っていった。


「リリー・エバンズは栄養を摂らなければなりません!」


さぁさぁとスプーンを握らされる。テーブルにはチキン入りのオニオンスープや温野菜、麦芽パン、ゼリーなどが並べられていた。そして異質さに一際目を引いたのが、少し離れて置かれた中瓶。ラベルには神経質そうな整った筆跡で『安らぎの水薬』と書かれていた。


「これは、スネイプ教授が?」


リリーの膝にナプキンを敷いていたドビーの手がピタリと止まる。


「すべてセブルス・スネイプがドビーに『お願い』なさったのでございます。あの方が言います

『エバンズはどうしてる?』

ドビーはベッドにいるリリー・エバンズを見に行きました。

『リリー・エバンズは薬を飲んで寝ていらっしゃいます』

『安らぎの水薬か?』あの方が聞きます。

『そうです』ドビーは答えました。

あの方は『何か栄養のつく食べやすいものを彼女に用意してやってくれ』とドビーにお願いします。

ドビーは『もちろんです!』と答えました!」


リリーはこんこんと湧き続けるスネイプへの切ない恋慕が突然激流となって襲いかかって来るのを感じた。容赦なく胸を満たし頭までもが熱めのお湯に浸かっているようだった。

リリーが逆上せそうになったとき、ずいっと目の前20センチの距離にドビーの拳大の目玉が現れた。そこに映る恋煩いに嘆く思春期の子供のような顔に、ハッと身を引く。


「リリー・エバンズは嫌いな料理がありましたか?」

「いや、ないよ。ありがとう、ドビー。スネイプ教授にもお礼を言わないとね」


リリーはスプーンを握り直し、スープへ潜らせる。ほこほこと出来立てを保ち続ける料理が胃に染み渡っていった。






翌日、リリーは朝食に一番乗りだった。そして乗り気になれない食事へ人一倍時間をかけて取り組む。途中、礼をすべき黒衣が視界の端に映ったが、リリーは真っ直ぐグリフィンドールテーブルに意識を集中させた。

ふくろう便の時間になると、様々な個体が各々届け先を見極めて荷物を置いていく。グレンジャーの元は多くのふくろうで賑わっていた。


「グレンジャー」


リリーはスネイプさながらの大股で闊歩して、手紙に手を伸ばすグレンジャーの背後に忍び寄る。肩を震わせ手紙を取り落とした彼女からすべての手紙をかき集めた。


「エバンズ先生?あの……」


ポカンと眺めるポッターとウィーズリーの間でグレンジャーがどうしたものかと手をさ迷わせる。


「こういうのは開けるものじゃないよ。いい?見てて……」


リリーは一度杖を振り、すべての手紙を覆うように透明の盾を作る。そしてもう一度振ると、ドームの中でパカパカと封が切られ始めた。

そのうちの一つがぶるりと震え、別の一つが金切り声をあげる。プシュッと振った炭酸の瓶を開けたような音がして、ベットリと盾の存在を知らしめるように黄緑色の液体が張り付いた。


「エバネスコ(消えよ)」


盾もろとも手紙を消すと、ふわりと辺りに石油のような残り香が漂った。


「腫れ草の膿……」


ポツリとグレンジャーが呟く。悲嘆というよりは怒りに満ちている彼女の声にリリーの口が弧を描いた。


「私の友人もこれで苦労してね」


リリーがチラリと職員テーブルに視線をやると、そこにはベーコンにかぶりつくハグリッドがいた。三人は納得したと頷いて、酷い仕打ちには納得出来ないと悲しみに眉を潜める。


「ありがとうございました」


綺麗なままの両手を膝に乗せ、グレンジャーがにっこりと笑った。リリーは何も悪化しなかったことに胸を撫で下ろし、まるで善人のような自身の行動に内心嘲笑する。そして「どういたしまして」とその場を立ち去った。







Main



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -