84 再会


私はまたポッターに余計な傷を負わせてしまった。

ウィーズリーらを湖底から救い岸に上がった彼は、デラクール以上にズタボロだった。マダム・ポンフリーにかかれば忽ち消えてしまったが、傷を負った事実だけは消えてくれない。


その週の土曜日、私はシリウスに呼び出された。


『次のホグズミード日にハイストリート奥の村はずれ、壊れかかった柵に朝一番で』


差出人の代わりに杖を持った犬と思しき独特なタッチの絵が描かれていた。こんなこともする人だったのかと、職員室にいたことも忘れてプッと吹き出したのは昨日のこと。

ぐるぐると居座り続けていたポッターへの痛切な自責が少し和らいでしまった気がした。






「お久しぶりだね、ワンちゃん」


ホグズミードの指定の場所で、壊れた柵からするりと抜け出てきた大きな黒い犬が、パタパタと大袈裟に尻尾を振ってリリーの周りを一周する。それから「こっちだ」と視線だけで示して低木の茂る上り坂へと案内し始めた。

リリーは箒を持ってこなかったことをすぐに後悔した。若いポッターたちでさえ息切れし、必死にならなければならなかった山道だ。三十路を過ぎたリリーには相当きつい。悠々と揺れるシリウスの尻尾をむんずと掴み、無理矢理休憩を頼み込むことで、なんとか終着の洞窟まで辿り着いた。


「あのくらいでへばったのか?」


先に洞窟へと入り姿を戻したシリウスが鼻で嗤いながら岩に腰かける。ランプ一つが光源の薄暗い中で見る彼は逃亡生活にしてはこざっぱりとしており、また痩せすぎてもいない。リリーの貸した杖を上手く使っているようだった。


「犬と人間とじゃ差があるよ」


シリウスから欠けたゴブレットを借りて水を飲み、落ち着いてきたリリーがやっとのことで言葉を返す。金属の擦れる音に振り向けば、お辞儀をせずともバックビークが擦り寄って、リリーに敬愛を向けていた。


「バックビークも久しぶりだね。シリウスに扱き使われてない?」


リリーはブーイングしているシリウスを無視してバックビークの喉元を擽ってやる。シリウスだけでなくバックビークにも目立つ汚れはなく、毛艶からもしっかり愛情をかけられていることが窺えた。


「無事にやってるみたいで何よりだよ」

「こいつがあればどうとでもなる」


ロックハートの杖を弄りながらシリウスが答えた。どれだけの場数をこなしたか知れないが、杖も仮初めの持ち主の隣で誇らしげに胸を張っているように見えた。


「私の事情はダンブルドアから聞いているんだろ?」

「ピーター・ペティグリューのことでしょ?聞いたよ。ここへ戻ってきた理由も察しはつく。それで?私に何の用かな?」


リリーは自身の事情へと話が流れないうちに話題を切り替える。ポッターたちに話を聞く前に聞きたいことがあるのだろうと予想したが、シリウスは整った顔に影を落としただけだった。

考え込むシリウスを待つそわそわと落ち着かない間が辺りを満たす。繋がれた鎖を目一杯伸ばして側で寛いでいるバックビークを撫でることで、リリーは場を持たせていた。


「ない……」

「え?」

「特に、ない」

「は?」


リリーはきょとんと目を丸くした。『ない』というシリウスの言葉を反芻するが、それは『ない』以外の何物でもなく、リリーは瞬きを繰り返す。


「世話になってたわけだし、戻ってきたからには顔を出しとくのが筋だろ?」


シリウスが意味もなく杖を振って、わしわしと乱暴に自身の頭を掻いた。


「まぁ、顔を出したのは私の方だけどね」


洞窟をぐるりと見てリリーがニヤリと肩を竦めた。


「……よし、決闘だ!サボってたんじゃないだろうな?本もやっただろ。成果を見てやるよ」


突如膝を叩いたシリウスが名案を思い付いたと立ち上がった。微妙な空気を誤魔化したいのはバレバレで、出来ることならリリーも乗っかりたい。しかしここは狭い洞窟で、叫びの屋敷も好奇心旺盛な生徒が歩き回る今日に行くのは避けたいところ。リリーは眉を潜め首を傾けることで難色を示した。


「外だよ、外!民家からは離れてるし、少し遊ぶくらい平気だろ。それにここで籠りだしてからストレス溜まってんだ。付き合えよ!」


シリウスは尚渋るリリーを無理矢理引っ張り立たせた。置いていかれる不満に鳴くバックビークを無視して、ずんずんと歩き出す。


「分かった、分かったよシリウス」


降参だとリリーが大袈裟にため息をつけば、したり顔のシリウスが腕を離した。洞窟よりも数十倍明るい場所で見た彼は、やっぱり顔が良い。


バチン、バチン、と弾ける音が辺りに響く。事前の保護呪文で麓までは届いていない。地形や木を利用しながらの戦闘は叫びの屋敷で行っていたときよりも実践的で、リリーは場所を忘れ巧みに杖を振るった。


「リリー」

「ん?」


湿った枯れ葉に足を投げ出しリリーが肩で息をする。またリリーの負けだった。それでも以前よりは粘れた手応えを感じ、シリウスにも余裕の笑みはなかった。


「リーマスと、何かしたか?」


リリーの隣に胡座をかいてシリウスが問うた。『何か』とぼかされリリーは数拍間を置くが、ピンと来たと同時に笑いが込み上げてくる。


「良いね、あなたたち。うん、すごく良い!」


リリーは以前ルーピンにも戦い方の癖がシリウスのものだと見抜かれていた。

またシリウスと杖を交える機会があったなら、今度はルーピンの癖があると言われるのでは、と思っていた。まさか本当にそうなるとは。かつてジリと焦がした嫉妬や羨望は湧いてこない。ただただ二人の友情に感心して、良いものを見せてもらったと拍手を送りたい気分だった。

突然笑いだしたリリーに眉を潜めるシリウスだったが、リリーがわけを話すと「当然だろ」と言いながらもむずむずと落ち着かない気持ちを玩ぶ杖に表していた。


お昼近くになって、何も持たずに来てしまったリリーのお腹が悲鳴をあげる。ムーディの目が届かない場所と立て続けの体力消費に、久々の感覚が戻っていた。

シリウスもホグズミードで何か食べたいと言い出したが、いくら髪色を変え醜男になってもそんな気苦労と一緒に歩き回っては折角の食欲も消え失せてしまう。リリーは頑なに断った(犬ならとリリーは譲歩したが、シリウスはそれを突っぱねた)。


「ストレス発散以外なら呼んでくれていいよ」


最後にそう言って、リリーはバチンと乾いた音と共に姿を消した。彼女の巻き上げた枯れ葉を見つめ、シリウスが息をつく。


「彼女は一体何者なんだ?」


昨年突如自身の元に現れた不可思議な存在は、恩師である偉大な魔法使いと命を懸けられる友の両方から絶大な信頼を寄せられている。おまけに旅の友までもが彼女にすり寄る。そんな彼女を呼び出した自分もいつしか絆されていたのだと知り、シリウスはまた大きなため息をついた。







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