83 第二の課題


職員や来賓を交えて生徒の恋愛を議論する光景は異様だった。第二の課題にて湖に捉える適任者の選抜とはいえ、居た堪れない。恋愛のいざこざを終えたばかりの身には尚更だ。終始むっすりと口をつぐんでいた私に、スネイプ教授の小馬鹿にした視線が突き刺さった。


バレンタインのことが頭から消えないうちに、第二の課題はやって来た。朝食にポッターの姿はない。ウィーズリーやグレンジャーの姿もないため、三人揃ってどこかにいるのだろうというのがグリフィンドール全体の認識らしかった。

だがウィーズリーらの事情を知るマクゴナガル教授はそわそわと落ち着きがない。職員席の奥ではムーディが思案顔でぐるぐると魔法の目を回していた。きっと彼もポッターを探しているのだろう。

注視しすぎないうちに視線をマクゴナガル教授へと戻す。


「まだ時間はあります。前回はとても緊張していたようですから、どこか静かなところで食事しているんですよ」

「だと良いのですが。ああ、嫌な予感がしてなりません」

「きっと杞憂に終わります」


ポッターのことはクラウチJr.に任せておけば良い。はぁ、と胸に手を当てつっかえを吐き出しながらも、マクゴナガル教授は朝食をもりもりと食べていた。その様子を苦笑して見守っていると、彼女がどさりと私の皿にサラダとサラミを取り分ける。


「観戦にも体力は必要ですよ!」


コツッコツッと独特の足音を背後に感じながら、私はオニオンスライスを突き刺した。




観客席は湖に沿って設置した。対岸には審査員席があり、代表選手もそちら側で待機している。黄色いユニフォームはディゴリー、長いプラチナブロンドがデラクール、猫背で頻りに審査員席を見ているのがクラム。ポッターはまだ来ていない。

今回私にはマダム・ポンフリーのサポートではなく観戦が許されていた。

人が集まるにつれ密集し肌寒さの薄れる観客席で、私は祈るように指を組み、スネイプ教授の隣に座る。願ってもないことではあるのだが、どうにもむずむずと落ち着かない。私がここを選んだのではなく、スネイプ教授にむんずと掴まれ引き寄せられたのだから尚更だ。

勘違いでなければ、スネイプ教授は人波に流されムーディへと近付いていった私を引き止め、彼から離れた席に着かせてくれた。それがまた私の燻っていたものに風を起こし、ごうごうとドラゴンの吐く火柱にまで育て上げる。


「ポッター、遅いですね」

「逃げ出してなければ良いがな。やつがどうなろうと知ったことではないが、ホグワーツに泥を塗りかねん」


数列前のマクゴナガル教授は可哀想なほどに落ち着きがない。ゴブレットからポッターの名前が出てきた日のハグリッドと良い勝負だ。彼女は席についてから二度ほど立ち上がった。その度にムーディが宥めているのが私の席からも見えた。


「来た、ハリー・ポッターだ!」


誰かが叫び、波紋のように広がっていく。あちらこちらで上がるポッター到着を待ちわびた声に混じって、隣の男からもほうっと安堵に違いない息が洩れた。


「良かったですね、間に合って」


同意を促すように隣を見れば、フンと荒い鼻息で返される。

バグマンとおぼしきぽってりした男が選手へと歩み寄った。観客席の緊張感が俄に高まる。

もう間もなくだ。

リリーはいそいそと双眼鏡を取り出し覗き込む。スネイプは隣の女が取り出した雑多な機能の付いた双眼鏡を訝しみ、試合開始のホイッスルを彼女への注視に費やした。その為彼女が呟いた言葉にすぐさま反応することができなかった。

「鰓昆布」リリーの唇がそう動いたのを視認して、スネイプはようやく代表選手へと意識を戻す。そこには赤いユニフォームを着たポッターがポツリと佇み、滑稽な姿で笑いを誘っていた。スネイプの口角もクッと上がる。


「見ますか?」


リリーに双眼鏡を差し出され、スネイプは頷く前に受け取った。双眼鏡に大きく映し出されたポッターは、両手で喉を掻き何かにもがき苦しんでいる。彼の手が下ろされたとき、耳のすぐ下に大きな裂け目が出来上がっていた。


「鰓昆布」


舌打ちと共にスネイプは数分前リリーが呟いたのと同じ言葉を繰り返した。

対岸ではバグマンが事情を知らない観客向けに今回の課題について説明を始める。


「わざわざ買ったのか?」


ポッターの姿が湖に沈み必要のなくなった双眼鏡を差し出して、借りた礼を誤魔化すようにスネイプが切り出した。ピンと来ないリリーが首を傾げると、スネイプは「これだ」と双眼鏡を掲げる。


「マルフォイ氏がクィディッチワールドカップの礼にと買ってくださったんです」


にっこり微笑んで話すリリーとは対照的にスネイプの眉間はだんだん深まっていく。リリーはそれに気づいていたが理由までもは察せなかった。


「随分と羽振りの良い礼だな。余程気に入られたらしい」


それは自己顕示欲の現れで、自分は懐の深さと厚さをひけらかすために利用されたにすぎない。リリーはそう言ってやりたかったが、観客が密集しているこの場で口にするほど馬鹿ではない。この件に関してリリーは曖昧に微笑むだけに留めた。


「そう言えば、マルフォイ氏が珍しいスネイプ教授を見られたと喜ばれていましたよ」

「珍しい?」


スネイプは心当たりを探り視線をさ迷わせた。しかしさして関わりがあるわけでもないのに思い当たるものもなく、嫌な予感だけがひしひしと肌を粟立たせる。


「クリスマスパーティです。参加自体も珍しいのに挨拶だけで済まそうともせずパーティに残ったのは初めてだったと」


「あぁ」とスネイプが苦々しさを声色に出して腕を組んだ。同時に引き寄せたマントがピンと張り、苛立ちのまま力任せに手繰る。隣のドラゴン使いらしきがたいの良い男が腰を浮かせ、悪びれもせず口先だけで謝っていた。


「君に連れ回されていただけだ」

「その節はありがとうございました」


深まる眉間にクスクスと笑ってリリーが軽く頭を下げた。


どよめきが聞こえた。周囲の関心を辿り湖を伺うと、水面にたゆたうプラチナブロンドが見えた。デラクールだ。ホイッスルから半時間と経たないうちに、彼女は一人で岸に戻ってきた。マダム・マクシームとマダム・ポンフリーに挟まれふらつく足取りを見せているが、彼女の意識はしっかりしている。傷だらけの白い四肢が痛々しかった。


「デラクールは棄権するようですね」

「大方、グリンデローにやられたんだろう。やつらの指は脆いが水中な上、数も多い」


他校の棄権者に興味はなくとも話しかけられればスネイプは返した。だというのにリリーに会話を続ける気はないようで、顎に手をやり「うーん」と唸っている。


「角って色々と使われていますよね。マグル界でも利用価値は大きいみたいで。ユニコーンの角などは魔法薬にも使われてますが、グリンデローの角に利用価値はないんですか?」


この女は四六時中魔法薬のことを考えているのか。スネイプは洩れそうになったため息を呑み込んだ。彼女の目はいたく真剣で、雑談というよりは読み込んだ論文について議論しているような、そんな雰囲気を醸し出していた。


「ないとは言い切れん。だが少なくとも魔法薬としての効果は期待できない。過去に君のような人間が調べている」

「そうでしたか……残念です。でもそれって、人間に対してですよね?純粋な、ヒトの?」

「あぁ、そのはずだが……?」


リリーの問いかけに不審さを感じ、スネイプの顔は次第に険しくなった。何を企んでいるのかと問い詰めようとしたとき、リリーが「あっ」と声を上げる。


「ディゴリーですよ、チョウ・チャンもいます」


周りの観客による咆哮のような歓声とは違い、リリーは妙に落ち着いていた。チラリとも喜びを見せない彼女は寧ろ表情を曇らせる。時計はタイムリミットの5分前を示していた。

ディゴリーへの賛辞が鳴り止まないうちに、今度はクラムが水面から頭を出した。そばには長い髪を散らばらせキョロキョロと周囲を観察するグレンジャーがいる。


「残りはポッターだけですね」


リリーの声がじっとりと緊張に満ちていた。タイムリミットを告げるバグマンの間延びした声が無情にも湖に響き渡る。


「鰓昆布の効果はきっかり1時間ですか?」


湖を見つめたまま、リリーがスネイプに問う。前方の席ではマクゴナガルがスプラウトに詰め寄る勢いで話しかけていた。


「専門家でも意見の分かれるところだが、塩分濃度、溶存酸素量、水温、様々な条件で変化するようだ。だが、1時間を越えることはないと言うのがおおよその一致だな」


また5分が経った。

リリーはスネイプの説明に気を落とすまいと必死に耐えていた。膝の上で祈るように組んだ指先を白くさせ、浅い呼吸を繰り返す。

スネイプはそんな彼女の様子に、正直に答えるべきではなかったと口を引き結ぶ。結んだところで今更なのは承知の上だった。

嘔吐し、悪夢の中でポッターに謝り続けていたあの日の彼女がありありと脳裏に浮かぶ。彼女が何を抱えているにしろ、それはポッターに深く結び付くもので、彼女は自分と同じくあの子を見守るためにここにいる。――いや、自分以上に彼女は彼を案じ、それ以上の感情を隠し持っている。

スネイプは逡巡したのち、リリーの固く組んだ両手にそっと自らの右手を被せた。何故こんなことをしようと思ったのか。スネイプは自分でも信じられず一驚を喫した。だが湖だけを捉えスネイプの行動を気にかける素振りのないリリーを見れば、らしくない慰めが口を突く。


「何かあればマーピープルが動く。ダンブルドアとの取り決めを違うようなことはしない連中だ。だから――」


スネイプの声は歓声に沈んだ。

ワッと観客席全体が沸いて、二つの影が水面に現れる。スネイプは我に返ったように口を縫い付け湖へ意識を向けた。立ち上がる周囲に釣られたリリーがスネイプの手を取り彼をも巻き添えにして立ち上がった。


「ポッターはまだ?!」


浮かんできたのはウィーズリーとデラクールの妹だけだった。二人はダンブルドアの呪文によりタイムリミットに関係なく命の保証がされている。リリーが危惧するのはポッターただ一人。


「ポッターだ!!」


誰かが叫んだ。目立つための演出かのようなタイミングで浮かぶ頭が三つになった。ポッターは噎せるように頭を揺らしているが、キョロキョロと見回す余裕がある。

リリーはふっと力が抜けて、ぺたんと椅子に座り込んだ。スネイプは握られたままの腕をクンッと引かれ、誘われるまま自らも腰を下ろす。

自分が手を取りあっているなどと、奇っ怪なものを見る好奇の視線があるのでは。スネイプは周囲に目を走らせるが、みな一様に湖と審査員に釘付けだった。それはそれで気にした自分が自意識過剰だとまざまざと突き付けられたようで、居心地の悪さに内心舌打ちをする。


「あっ、ごめんなさい!」


座り直して一瞬視線を合わせた後、ばつが悪そうにリリーが手を離した。はにかむ彼女に苦言を呈するどころかスネイプの口角は僅かに上がり、目は眩しいものを見るように細められていた。







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