80 指輪


1月の半ば、今年最初のホグズミード日が来た。ハグリッドを誘ってはみたが断られてしまい、結局リーマスと二人で会うこととなった。

待ち合わせまではまだ時間がある。私はふらふらと見回りを兼ねて歩くことにした。屋根や道端の雪が重苦しく残り、マントを引き寄せてもまだ寒い。どんよりと太陽を覆い隠す雲は風に流されても途切れることがない。

ハイストリート通りを奥へと進む。

ゾンコを過ぎ、羽根ペン専門店を過ぎ、ダービッシュ・アンド・バングズを過ぎ、とうとう村外れまで来た。閑静な住宅街、と呼ぶには寂れた場所だ。人通りがない分雪も多く放置されたまま。

この先にはシリウスが隠れる洞窟がある。彼はいつ頃ここに来るんだったろうか。今一度《本》を確認しておかなければ。近々ポッターが卵の秘密を聞くはずだ。あの日なら、確実にクラウチJr.の気が逸れている。箱ごと寝室に移動させておいた方が便利かもしれない。

そこまで考えて、時計を見た。待ち合わせまでもう10分もない。リーマスのことだから早めに着いて待ってくれているだろう。

ジャリ、と雪ごと小石を踏みつけ振り返る。

そこには招かれざる客がいた。

ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる男が二人。浮浪者に見えない程度には整ったローブに髭や指先には多少の清潔感すら窺える。年の頃は私と同じくらいか少し下だろう。彼らの背後には三人分の足跡があり、尾行られていたのだと悟る。

母から授けられた《呪い》はこういった輩も惹き付けてしまう。こうした面倒事は初めてではなかった。


「何かご用ですか?」

「用があるのはお姉さんの方でしょ?こんな人気のないところにまで誘ってさ」


まともに話そうと試みた自分が馬鹿だった。じわりじわりと近づく距離に、常々してきたように姿をくらまそうと息を吸う。


いや、ここはホグズミードのすぐそばだ


吸った息はそのまま吐き出した。

生徒たちのいるすぐそばで、こんな柄の悪い男たちを放って置くのは危険ではないだろうか。何か決定的なことが起こったあとで捕まえて、魔法警察に突き出すのが教師の役目なのでは。


「生憎、人と約束があるんです」

「女友達なら一緒に迎えに行こうよ」


一人の男が2メートルほどの距離にまで近付いた。男は杖を手にリリーを上から下までじっとりと舐め回すように観察している。しかしリリーは不思議と落ち着いていた。ため息一つで断固とした拒否を纏い、すぐ側の男を睨めつける。


「軽そうに見えるなんて、心外。それにあなたたちの相手にしては、私は歳を取ってると思うけど?」

「一人で寂しそうなお姉さんには優しくしないと、なぁ?」

「そのきつい目を落とすのがイイんだ」

「おっと、両手は大人しく挙げておいた方が身のためだとは思わないか?」


男はふらふらとさ迷わせていた杖先をリリーへ向けた。ここで抗うメリットも見えず、リリーはローブへ伸びた手を指示通り宙へと離す。

これも実践。だが命のやり取りではない。だからか。妙に凪いだ心に合点がいって、微笑みすら浮かぶ。

シリウスは何と言っていたっけ?あぁ、こうやって頭で考えてるからダメなんだと言われたんだった。リーマスとの訓練では――


「あ……」


リリーは絶妙なタイミングで建物の影から飛び出してきたルーピンと目が合った。彼はその瞳に激情を灯し、既に構えていた杖をリリーに近付いていた方の男へ向けて素早く回す。


「エクスペリアームス(武器よ去れ)!」


弾かれるように振り返った男たちは残りの杖をルーピンに向けた。が、その一本も軽くルーピンに取り上げられてしまう。無防備な杖なしの男二人は顔を見合わせバチンと乾いた音を立て続けに残し、この場を去っていった。


「リリー!大丈夫かい?怪我は?何かされた?」


初めて見た彼の激昂した顔は、男の姿と共に溶けて消えた。目の前にあるのは、不安に揺れ私よりも苦しげに歪む顔。触れるのを躊躇うような彼の手が見えない壁を伝う。キョロキョロと案ずる目が私のあちこちを確認し忙しなく動いていた。

そんなリーマスに、ふっと力が抜ける。抜けて初めて、力が入っていたことに気がついた。頭は冷静さを保とうと善処していたが、身体はそう上手くはいっていなかった。現に杖を抜くことも出来ていなければ、リーマスのサポートも出来ていない。彼が駆けつけてくれたとき、足手まといにならないよう男たちから距離を取るくらいはするべきだった。


「大丈夫、触れられてすらいないよ」


反省を隠しにっこりと微笑むと、くしゃりと彼の顔も歪む。笑顔とは違うその表情に首を傾げると、リーマスが倒れ込むようにこちらへ動いた。

がばり、と包み込むように抱きすくめられる。


「肝が冷えたよ……間に合ってよかった」


吐息混じりの安堵の声に、想像した以上に心配をかけてしまったことを知る。申し訳なくなって「ごめん」と溢せば、彼の温もりが離れていった。


「リリーが謝ることなんてないよ。でも……あー、ちょっと話は聞かせてほしいかな」


瞬時に表情を曇らせたリリーにルーピンがふっと笑う。


「さ、早くここを離れよう。彼らの杖はここに残ったままだしね」


ルーピンは手にした二本の杖を遠慮なく真っ二つにして、汚れのない真っ白な雪の上に投げ捨てた。ぎょっと目を丸くするリリーに「当然の報いだよ」と言った彼の目だけは笑っていない。

温厚で優しい顔ばかりを見せていた彼の一面にリリーが呆気に取られていると、彼女の手にルーピンが触れた。まるでそうするのが当然だという自然な動作に、リリーは振り払う選択肢を失ってしまって手を繋ぐ。

そのまま優しく手を引かれ、地面に縫い付けられた足が一歩前へ歩み出た。震えてこそいないもののその動きはとてもぎこちない。私よりも私を見てくれているのではと、前で靡くとび色に微笑みかける。


「ありがとう、リーマス。まさか来てくれるとは思わなかったよ」


ハイストリート通りへ戻る途中、まだお礼を言えていないことに気づいたリリーが切り出した。まだ待ち合わせた時間から30分も経っていない。色々加味しても、10分かそこらで探しに出てくれたことになる。


「獣の、勘かな」

「獣の?」


照れたように頬を掻くルーピンにクスクスと笑って、リリーは喉元を擽る真似をする。ペットにするような動作にも彼は目を細め、ゴロゴロと喉を鳴らすように返してみせた。

二人でプッと吹き出して、声をあげて笑う。安心感からか、ハイストリートに戻ってからも笑いはクスクスと残り続けた。


一人で人気のない場所に行ったこと、逃げずに自分を餌にして捕まえようとしたことなどにリーマスからのお叱りを受けた。それでも久々の再会に楽しい話題も尽きず、結局夕方まで三本の箒に居座ってしまった。


城に戻ったのは夕食間近の時間で、リリーはその足で大広間へと入る。やけにチラチラと視線を感じる気がした。


十中八九、これかな


視線だけを下げ、リリーは左手を確認する。薬指には今朝はなかったはずのリングが輝いていた。ルーピンの薦めで買った不埒な輩撃退用の魔法道具だが、嵌めた指にはヒソヒソと囁かれるような意図もある。

職員席に座ると、丁度料理が現れた。私はマッシュポテトを掬いながら大広間の噂話へと耳を傾ける。

みんなは指輪をリーマスに贈られたものだと勘違いしているらしかった。ホグズミードで一緒にいたところも見られており、タイミングからして当然だろう。


「噂の的だね、リリーは」


独特の高い声が下から聞こえて視線をやると、フリットウィック教授が右隣の椅子にクッションを積んでいるところだった。慣れた動作でクッションの頂上に座るとゴブレットに水を注ぐ。


「根も葉もありませんけどね」

「そうなのですか?」


左隣の椅子を引きつつマクゴナガル教授が会話に加わった。信じる気などない様子で眉を上げ、サラダを引き寄せている。


「当人が言うのですから間違いありません」

「去年1年、ずっと仲良さそうだったの、みんな見てたからね」

「ギルデロイやダームストラングのあの子とは対応が大違いですよ。まさか無意識だと言うつもりはないでしょうね?」

「友人とそれ以外では接し方も変わります。当たり前のことですよ」


青春真っ只中な生徒たちならともかく、人生の色々を経験してきたであろう二人にまで言われては、苦笑いを貼り付けるしかなかった。


「リーマスもリーマスです。指輪に何もこんな道具を選ばなくても良いでしょうに」


下ろしていた手をマクゴナガル教授に掬い上げられマジマジと観察された。彼女にはお見通しらしく、すぐに普通の指輪ではないと見破られる。


「これは私が買ったんです。彼は一緒に選んでくれただけですから」

「ここを離れることになってしまったからね。彼も心配なんだろう」


茶化すようなフリットウィック教授にため息をつきそうになって、ざわりと背後の空気が揺れる。視界の端に靡く黒衣を捉えた。いつも通りの大股で、スネイプ教授はテーブルの一番奥へと腰を下ろしていた。







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