74 選抜


炎のゴブレットからハリー・ポッターの名前が出ると城中に激震が走った。ガヤガヤと騒ぐ生徒たちを寮へ返し、私は職員席後方の小部屋で繰り広げられているであろう議論を思う。

記憶は朧気だった。ムーディがここへ来て以降、まともに《本》を確認できていない。彼の魔法の目が気になって碌に私室の下にある隠し部屋へ下りられていないのだ。

一度ダンブルドア校長に聞いてみたことがある。彼の目はどこまで見透せるのかと。ほしい答えは得られなかった。実際のところは目を持つ者にしか分からない。


教職員はみんな職員室で待機していた。ポッターの行方をそわそわと落ち着きなく待つしかできない。

一番身体を揺らしていたのはハグリッドだった。その大きさから目立ってしまっているだけかも知れないが、職員の中でポッターと一番仲が良いのは彼だ。


「ハグリッド、座って。落ち着かないと」


呼び寄せた丸椅子を大きく変えて、彼の後ろへと置く。


「ハリーはまだ四年生だ!無謀過ぎる!リリーも課題の内容は知っちょるだろう!第一の課題は――」

「ドラゴン。分かってるよ。でもゴブレットが選んだからにはきっと魔法契約がある」

「そんなもの、ダンブルドア校長先生がどうにかしてくださるに違いねぇ!ハリーはちぃとばかし突っ走っちまうところもあるが、ゴブレットに名前を入れるほどの無謀さはないと思っちょった!」


へたり込むように丸椅子へと座ったハグリッドの膝に手を置き、もう片方は肩を撫でる。


「彼は名前が呼ばれたときすごく驚いてた。選ばれた嬉しさなんて少しもない顔で戸惑ってた。そうでしょ?それにダンブルドア校長の年齢線を越えるなんて不可能だよ。だから――」


志願したわけではないかもしれない。そう続けようとしたとき、バタンと職員室の扉が開いた。楽しそうなバグマンや複雑そうなマクゴナガル教授らを率いてダンブルドア校長が入ってきたのだ。ハグリッドは弾かれたように立ち上がり、我先にと校長へ駆け寄っていく。

私はというと、ハグリッドの巻き添えをくらい、バランスを崩して尻餅をついていた。心配したフリットウィック教授がキーキー声でハグリッドを責めているが、彼には届いていない。

眼前に長くかさついた指が差し出された。手首まで隠した真っ黒な袖を追って見上げると、無愛想な顔でこちらを見下ろすスネイプ教授がいる。「早くしろ」と言わんばかりに手を揺らされ、私は慌ててその手を取った。

ぐいっと遠慮なく引き上げられる。


「ありがとうございます」


フン、と鼻で返された。スネイプ教授の視線の先でハグリッドを宥め終えたダンブルドア校長が口を開く。

ポッターは四人目の代表選手として参加が決定した。






ポッターにとっては地獄のような日々だろう。何日経っても彼に向けられる目は変わることなく、味方が増えることもなかった。

ある日の午後、魔法薬学の授業へ向かう最中、教室の前に人だかりができていた。空いていないのかと思えば育ちすぎたコウモリはその輪の中心にいて、何事かを話している。


「医務室へ」


低いバリトンがそう告げて、私はハッと思い至る。そして駆け寄った。グレンジャーの伸びた歯が晒されたとき、間に合った私はスネイプ教授の袖を引く。


「――っ!……何だ」


喉まで出かかった言葉を無理矢理飲み込んだような呻きを上げて、スネイプが勢いよく振り返る。減点してやろうと睨み付けた先にいたのはリリーで、スネイプは幾分か落ち着かせた声を捻り出した。


「あー……グレンジャーを医務室へ連れていきます」


止めたはいいがその先を何も考えていなかった。「勝手にしろ」と吐き捨てて、スネイプ教授がマントを引きずり教室へと消える。後を追う生徒たちが止まったままの私とグレンジャーを避けていく。


「行こうか」


グレンジャーは口元を隠しコクりと頷いた。

道すがら、彼女はモゴモゴと伸びすぎた歯に邪魔されながら拙い口調で礼を言った。私はそれを黙って微笑みで受けとる。

彼女を庇ったわけではなかった。私がただ、彼女を侮辱する彼を見たくなかっただけ。一層嫌われる瞬間に立ち会いたくなかった。それだけ。すべて私のため。持て余した感謝の言葉はチクチクと胸に留まり続けた。




シュティールは食事の席で朝晩必ず私に話しかけてきた。全校生の集まる大広間でのやり取りに、噂になるのは早く、収まるのも早かった。偏に、私の素っ気ない対応のお陰だと思う。

ハッキリと迷惑だと言ったこともあった。私の立場を考えてほしいと。それでも彼はめげずに私を訪ねた。

ただひたすら真っ直ぐな好意を何週間もぶつけられ続けると、情が湧いてしまうものだと思う。《呪い》のせいにしても、こんなに続くことはなかった。私も最初より多少は彼の言葉に耳を傾けるようになった。周りでそれを見ている教授方はまるで私までティーンに戻ったように微笑ましげに見守っていた。


初日にクラムの隣に座っていただけあって、彼はクラムの友人でありファンだった。しかし私がクィディッチに興味がないと悟ると話は母国や学校へと移る。

最終学年で代表団として来るだけの実力がある彼に教えられることなど大してない。しかし魔法薬だけは私の方が何枚も上手で、私が魔法薬の話には乗るものだから自然と魔法薬についての会話が増えた。

いつまで経っても飽きない様子の彼。もしや冷たくされるほど燃えるタイプなのでは、と一度羞恥の許す限り甘い対応をしたことがある。が、それは失敗に終わった。大人びて振る舞う彼の熟れたリンゴのような顔に、不覚にも可愛いなどと思ってしまったのだ。

もう打つ手がなかった。甘えてはならないとスネイプ教授を訪ねる回数は控えていたが、それが事もあろうに男子生徒へ変わっただけだった。直向きに語りかけてくる彼に意識を向ければ、クラウチJr.のことは考えずにいられた。

夜、ベッドに潜り込んで1日を振り返り、自嘲的な笑みを浮かべる。そんな毎日の繰り返しだった。







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