73 出会い


ハロウィンの今日は三校対抗試合の代表選手が決まる。ある種の呪いなのではと思うほど、ハロウィンには何かしらが起こっていた(去年は私のせいでずれ込んだが、私から見れば起こったと言える)。

そして今年も、事件は起こる。ムーディに扮するクラウチJr.が炎のゴブレットを錯乱させて、ハリー・ポッターを四人目の代表選手に仕立て上げるのだ。

着実に、例のあの人復活への階段を上っている。それでも私は、止めない。すべてを知りながら防ごうとしないのは、加勢しているのと同じだ。それでも私の意思は揺るがなかった。


医務室で老け薬チャレンジに失敗した憐れな生徒を迎えたり、ボーバトンの鮮やかな馬車を率いてきた天馬の世話を用意したりと午前中は大忙しだった。お腹はすごく空いたのに、昨夜の食欲はどこへやら、昼は大して食事が進まぬまま時間だけが過ぎていった。

午後は残念なことにルード・バグマンを交えたお茶会に出席することになっていた。私の他にはダンブルドア校長やマクゴナガル教授などがいて、他校の校長方も参加されるなら尚更私は場違いに違いない。

それまでの空いた時間を図書室で過ごそうと廊下を歩く。角を曲がろうとしたところでパタパタと後方から駆けてくる音がした。

私は歩みを止めた。


「廊下を――」


走っては危ない。そう言いきる前に、ぐっと腕を引かれ、振り返ろうとした身体に勢いが付く。フラりとよろめけば、モコモコの毛皮のマントに受け止められた。視界ではチラリと深紅が顔を出す。


「やっぱり!僕、あなた探してました!」


満面の笑みで見つめられ、思わずつられて笑顔を返してしまった。ほんのりと明るい顔色は走ってきたからか私のせいか。捕まれたままの腕をやんわりと解く。

そこにいたのは歓迎会で熱心に私を見つめてきたダームストラングの青年だった。


「何かご用ですか?」


丁寧に壁を築き、普段なら授業以外で生徒にしない固い口調を作り出す。


「僕、ソフィアン・シュティールです。あなたは?」


他の代表団よりも幾分か流暢な英語を操る彼はそう言って手を差し出した。私の質問はスルーされてしまったが、名乗らないわけにはいかない。私は手を握り返した。


「リリー・エバンズです」


余計な言葉はすべて省いておいた。腕を引っ込めようと手のひらの力を抜く。しかし彼の手は離れようとしなかった。睨む手前の細めた目で彼を見るが、にこにこと返されるだけ。


「まだ何か?」

「少し、お話ししたくて」


承諾するまで手を離さないとでも言いたげにぎゅっと右手に力が入る。軽くため息をついて時計を見た。


「少しだけなら」


こんな日の図書室に向かう生徒はよっぽど課題が危機的状況か勤勉かのどちらかだった。キラキラと楽しそうに話す他校生と珍しく笑顔を封印した教員の組み合わせを気にかける者などいない。


リリーとしては十二分に付き合って、そろそろ切り上げようかと決意したとき。シュティールの3メートル後ろを階下から浮き上がってくる半透明の靄があった。すぐそばの声にくるりと振り返ったほとんど首なしニックはリリーと目が合うと「おっと、失礼」と大袈裟に口だけを動かし再び階下へと沈んだ。






校長室へと向かう道すがら、ニックに出会した。上半身を天井にめり込ませた奇妙な状態はゴーストならしばしば見られるもの。上へ通り抜けるものと思い速度を落とさず突っ込んで行けば、気が変わったのか天井から上半身を引き抜き始め、慌てて足を止めた。


「おっと失礼、スネイプ教授。上はお邪魔だったようで」


大して興味はないが片眉を上げればニックが続ける。


「いえね、とあるダームストラング生が朝からエバンズ先生をお探しでして。私も所在を聞かれ、分からないとお答えしたのですが、無事会えたようで何よりです」


含みのある笑い方をして、ニックは立てた人差し指を上へと向けた。


何故ダームストラング生がエバンズを探す必要がある?

カルカロフの指示か?


考えを巡らせて、はたと気づく。歓迎の席で彼女を見つめる目があったことを。それはリリーを見る憎きジェームズ・ポッターの目によく似ていた。

エバンズもダンブルドアに呼ばれていたはず。あのお人好しが生徒の好意を無下にできるはずもない。まだ捕まっているようなら、貸しを作るのも悪くないだろう。

既にゴーストの姿はなく、スネイプは薄ら笑いを浮かべ、チラリと時間を確認してから踵を返した。






「エバンズ、何をしている?」


背後から聞こえた低い声に、そこにいるであろう黒衣のコウモリを想像して頬が自然と綻んだ。振り返れば想像通りの眉間のシワで、マントで隠れた腕は腰に当てられ膨らんでいる。

話しかけられたのはリリーだが、スネイプはじっとりと奥の見慣れぬ生徒に視線をやっていた。


「スネイプ教授。少し立ち話をしていました」


立ち位置をずらし、紹介するようにシュティールへと視線を戻す。彼は若さ溢れる笑みで会釈をしたが、スネイプは尊大な姿勢のまま鼻で笑い返すだけ。


「君も校長に呼ばれているのではなかったかね?まだ油を売っていたいのなら、我輩から断りの連絡をしておこう」

「いえ、行きます」


シュティールへ断りを入れて、大股で通り過ぎていったスネイプ教授を追いかける。結局図書室へは行きそびれてしまった。


「ありがとうございました、スネイプ教授」

「何がかね?」

「先程の彼です。口を挟ませないのが上手くて、切り上げるタイミングをはかりかねていました」


弁が立つとはああいう人のことを言うのだと思った。あまり人とのコミュニケーションを取らずに生きてきた私では到底敵わず、ニックが去ってからもずるずると話を続けていた。


「随分と入れ込まれているようだな。昨日の今日で?」

「私の何が良いんでしょうね」


『ズル』スネイプはかつて彼女の漏らした言葉を思い出していた。2年前、彼女は彼女を贔屓にしていた詐欺師の男を指してそう表現していた。何も意味はないのかもしれないが、どうしても引っ掛かる単語だった。


「スネイプ教授?何か仰いましたか?」

「何も」


知らぬ内に口に出てしまっていたかと、ぎゅっと強く引き結ぶ。それは校長室へと続くガーゴイルを前にしても変えず、隣で彼女が馬鹿馬鹿しい菓子の名前を口にした。







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