夜の奇妙なお茶会はスネイプ教授の見回り当番によってお開きになった。
なかなか寝付けなかったものの少し休めば落ち着いて、クラウチJr.のことも冷静に考えられた。しかし結局スネイプ教授が何を言いたかったのか、単に私の彼に対する態度を確認したかっただけなのかは分からない。朝に顔を合わせたとき、昨夜のことはなかったことになっていた。
ボーバトンとダームストラングから代表団が到着する今日、生徒はみな一様に心ここにあらずだった。その空気は職員室にも蔓延している。生徒たちのような浮かれきったものではなかったが、そわそわと落ち着きのない教職員が目立った。
かく言う私も、雰囲気に呑まれてしまっていた。
「リリー、何を呆けているのです?妙な手紙でも来たのですか?」
ずいっとマクゴナガルがリリーのデスクに顔を寄せる。ぼんやりとしていたリリーを気にかけてのものだったが、彼女は確かに机上にて広げられたままの手紙へと視線を走らせた。
「マクゴナガル教授!あの、大丈夫です、なんてことありません」
慌ててリリーが手紙をしまう。その一瞬に、マクゴナガルは『いずれそちらに行くことになるだろう』としたためられた文を見た。それを逢瀬の誘いだろう、とマクゴナガルは解釈する。しかし三校対抗試合のある今年、バタバタと忙しいホグワーツで人一倍周りに気を使うこの子が休みを取りたいなどと言い出せるはずがない。マクゴナガルはお節介だと分かりながらも手紙へと話を向ける。
「もし何か入れたい予定があるのなら、遠慮は必要ありませんよ。試合が何です、プライベートの方が大切に決まっています。ホグワーツの教員はたくさんいますが、リリーは一人ですからね」
突然の熱弁にリリーはきょとんと目を丸くした。
差出人を見られたのではと焦ったが、そうではないらしい。恐らく彼女は最初の方だけを見たのだろう。手紙はシリウスからで、イギリスへ戻ったことと折を見てホグワーツへ向かうつもりであることが書かれていた。
「ありがとうございます。ですがその必要はない手紙ですから」
にこりと笑って手紙と共に薬草学の分厚い本を抱える。都合良くでもシリウスに頼られ、マクゴナガル教授には気にかけてもらって、今日はとても良いスタートを切れた。
リリーはポカポカと一人春を先取りしたようだった。お気に入りの曲を口ずさみながら校庭を温室へ向かって歩く。冷たい風にマントを引き寄せるとくるりとその場でステップを踏んだ。よたよたとしたところを同じく温室へ向かうスリザリン生が笑っていた。
18時になり、城の前には代表団のお出迎えで全校生が集まっていることだろう。
しかし私はそれどころではなく、ハグリッドの小屋の側にあるカボチャ畑でたくさんの尻尾爆発スクリュートと格闘していた。スクリュートは既に1メートルほどに成長しており、それがお互いを攻撃し始めたのだから大惨事だった。
私が魔法で用意した木箱に一匹ずつスクリュートをハグリッドが押し込んでいく。箱の大きさだとか材質だとか、魔法生物に関してハグリッドは遠慮がなかった。
「リリー、次で最後だ!」
「あぁ、やっと終わる。さぁ、ハグリッド、ここへ」
結局無傷で残ったのは二十匹足らずだった。
「ハグリッド、怪我の手当てをしないと」
リリーがハグリッドの右手を指して言った。彼の薬指と小指からは血が滴っている。
「ん?あぁ、こんな傷、何てことねぇ」
平気なとこを見せつけようとハグリッドが手を振った。しかし滴る血液が飛び散るだけで傷を余計に酷く見せる。リリーが片眉を上げると、ハグリッドが巨躯に似合わずしょんぼりと肩を落とした。
「医務室の薬は俺には合わん」
巨人の血を引いているから。ハグリッドは言わないが、そう言うことなのだろう。
「なら傷口を清潔にして、止血だけでもさせて」
手を差し出せば、倍ほどもある大きなハグリッドの手が重ねられる。ゴツゴツと硬く、豆だらけの手だった。
「ありがとよ、リリー。強めに巻いてくれて構わねぇぞ。ぎゅっとな」
手を取り合うことにくすぐったさを見せながら、ボソボソとハグリッドが言った。
「エピスキー(癒えよ)」
一応治癒呪文も使ってみるが、ハグリッドには何の効果も現さなかった。
「あー、ウン、お前さんが悪い訳じゃねぇ。ただちっとばかし俺が頑丈にできちまっとるんだ」
ハグリッドは本当に申し訳なさそうに言った。肩身が狭そうに縮こませる姿はとても気の毒だ。
「気にしないで。テルジオ(拭え)……フェルーラ(巻け)」
血が滲んでこないのを確認して手を離す。ハグリッドは包帯の白に彩られた自身の手を見てはにかんだ。
「ウン、こりゃあええ。助かった」
「どういたしまして」
料理がなくならないうちに大広間へ向かおうとした矢先、両手いっぱいにシングルモルト・ウィスキーを抱えた屋敷しもべ妖精が現れる。キーキーと甲高い声で天馬の説明をしながら代表団を出迎えた城前を指差した。
仕事がまた一つ増えた。
10分ほど遅れた歓迎会の席で、私は見たことのない料理と生徒たちに心踊らせていた。日頃の食欲のなさもこの日ばかりはなりを潜め、私に心地のよい満腹感を与えてくれる。
ふと隣のフリットウィック教授に突かれて顔を上げた。
「そろそろ視線に気付いてあげては?スリザリンテーブル、真ん中辺りのダームストラングだよ」
「視線、ですか?」
上擦ったはしゃぐようなキーキー声に促されてそちらを見ると、かの有名なビクトール・クラムの隣に陣取る男子学生と目が合った。途端、パチンと音が聞こえそうなほど流暢にウインクを投げられる。
「他校で成人したとはいえ、生徒だからね?程ほどに!」
「きょ、教授……」
『程ほど』とは。寧ろハッキリと禁止してくれた方が断りやすくてありがたいのに。私はブイヤベースに舌鼓を打つフリットウィック教授に苦笑いを向けた。
名も知らぬ真っ赤な服の彼はまだこちらを見ていた。街で会っていたなら無視一択だが、生憎彼はお客様。無下にもできず、私は曖昧に微笑むことでこの場をやり過ごした。
面倒なことこの上ない
単に《呪い》が悪影響を及ぼしているだけなのに
誰にでも愛嬌を振り撒いて惹き付けるわけではないが、きっと彼は特別相性が良い。でなければこんな遠くから顔を見ただけで気に入られるほどの力はないはずだった。
恐らく彼は年上好きで、私の容姿にも気に入るところがあったのだろう。俗な言い方をすれば、好みど真ん中、一目惚れといったところだろうか。
私はため息をつきたいのをギリギリで耐え、ブラマンジェをスルリと飲み込んだ。隣ではハグリッドが身を乗りだして、ボーっと職員テーブルの中心を見つめていた。そこまでしなくても彼女は頭一つ以上飛び出ていて眺め放題だろうに。彼女もまた、淡い色のブラマンジェを口に運んでいた。
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