70 ケナガイタチ


「触るな!」


ムーディの低くドスの効いた声が玄関ホールから階段を上がり私の耳にまで届いた。その一言で、私は状況を察知する。

きょろきょろとマクゴナガル教授の姿を探すが、彼女はまだ来ていない。このまま彼女が来ないようなら、私が止めなければならない。かなり、気は進まないが。


「ロングボトム、この状況は?」


さっと階段を駆け下りて、輪の外側にいた丸顔の男の子に話しかける。


「エバンズ先生!あの、僕、あー、ドラコがハリーに攻撃して、そしたらバチッと音がして……ムーディ先生がドラコをイタチに……」


驚いたロングボトムの声でざわざわと少しずつ私の存在が輪に認知され始める。その中心ではムーディがケナガイタチをボールのように跳ねさせていた。チラリ、チラリ、と白い姿が視界を掠める。まだマクゴナガル教授は到着していなかった。


「ムーディ教授!お止めください!」


致し方なく、生徒を掻き分け輪の中心へと躍り出る。杖を振ってムーディとマルフォイの繋がりを断ち切り、床に這いつくばるケナガイタチを庇うように抱き上げた。人を動物に変えるのも戻すのも、並大抵のことではない。一先ずそれは後回しだ。


「本校ではこのようなやり方、許されません」

「やぁ、エバンズ先生。わしの考えでは――」

「ムーディ!エバンズ!一体何事です!」


ムーディの言葉を遮るように、ようやくマクゴナガルが飛び込んできた。輪の中心で睨み合う教員二人を見比べて、さっとリリーの胸に抱かれるケナガイタチへと視線が走る。


「教育だ。一発厳しいショックで――」

「なんてこと!生徒なのですか!?ホグワーツではこのような教育はしないと校長から説明があったはずです!」


さして気にも止めない風に顎を掻く男を横目に、リリーはぐったりとしたケナガイタチをマクゴナガルへと差し出す。


「ドラコ・マルフォイです」


マクゴナガルが反射的に伸ばしていた手をさっと引っ込めた。驚きに目を見開いて、出した杖で床を指し、そこへ置くようにと指示をする。

バシッと大きな音がして、マルフォイがその姿を現すと、真っ赤な顔に復讐に燃える目を滾らせてよろよろと立ち上がった。手を貸そうと寄ったリリーまでもを睨み付けて。


「ムーディ!本校での罰は居残りか所属寮の寮監へ話をするだけです!こんな、変身術を使うなど、あり得ません!」


怒りで息も絶え絶えになりながら、マクゴナガルが肩を震わせる。それをあっけらかんと聞くムーディだけが異様だった。


ムーディとマルフォイはもうひと悶着起こして、やがて地下へと消えていった。見物人も大広間からの匂いに誘われ中へと吸い込まれていく。


「ムーディにも困ったものです。校長に再度忠告していただけるよう進言しておかなくてはなりませんね」


リリーは曖昧に笑って返す。


「リリーがいて助かりました。しかし、まぁ、イタチだったとはいえ、男子生徒を抱え込んでいたのは如何なものかと思いますが」


しかめた顔を同僚から母親のようなものへと変えて、マクゴナガルがリリーの胸元に残る白いイタチの毛を摘まみとった。


「あなたならマルフォイを戻すくらい出来たでしょう」


過大評価ではなく、適正に評価した上でマクゴナガルがそう言った。それがリリーにはうれしくて、緩む頬を誤魔化すように視線を落とす。


「生徒に杖を向けるわけですから、何かあっては困ります」

「あなたはもっと自信を持って良いのですよ。でなければアルバスもここへは呼ばないでしょう」

「ありがとうございます」


これには緩んだ頬が少し引きつってしまったが、幸いマクゴナガル教授には気付かれなかった。ダンブルドア校長は優秀だから私をここへ呼んだのだと彼女は鼓舞してくれる。

でも、実際はそうじゃない。

学生時代を勉学に費やし首席を張ったプライドはある。それに見合うだけの努力も続けている。ガッカリさせないように、《本》以外でも役に立てるように、存在意義を求めるように。

でも結局は《本》の予言を知るから私はここに引き止められた。


私は弱い


《本》の予言通りに事を進めるのも、一人でやり遂げる力も、魔法薬の研究も、古書店の経営も、すべてが中途半端。

スネイプ教授なら、当たり前だと嘲笑ってくれるのだろうか。すべてを追うから何も得られないのだと。分不相応なのだからと。


マクゴナガル教授に背を押され、私の足は大広間へと動き出す。にこりとあがった口角は他人のもののようで、そこだけが浮いているような奇妙な感覚だった。

ムーディとの対峙ですっかり食欲は消え失せていたが、口へ運び咀嚼し飲み込む一連の動作は何とか機能した。隣で話すマクゴナガル教授に首を縦に振ったり横に振ったり、それすら徐々に自分の感覚と離れていくのが分かった。

自分の身体をゴーストとなって上から見下ろしているような、不思議な感覚。頭は冴えているのに、ふわふわと纏まりのない海に漂流しているよう。コツッコツッと確かめるまでもない足音だけが、ストンと耳に入り込んでいった。


ふわふわと浮いた感覚を無理矢理自分の身体へと手繰り寄せる。そうして向かった地下では不機嫌さ丸出しのスネイプ教授が待っていた。触らぬドラゴンに祟りなし。私は示された仕事をこなすことだけに集中した。

途中、ぐぅとお腹が悲鳴を上げる。控えめに、だがそれでも朝よりは詰め込んだのに、萎びた無花果が美味しそうなドライフルーツに見えた。

研究室には私一人で、一続きの私室に聞こえるはずがないと知りながらも、ほんのり顔が熱くなって辺りを見回す。


たとえスネイプ教授に何を言われてどう思われていようと、私が安心できる場所はここしかない。するりとテーブルを撫でれば、ここでの記憶が蘇る。

初めて与えられた試験のような調合の仕事、

脱狼薬について実験した日々、

スネイプ教授の寝顔。

胸一杯に積もらせれば、クラウチJr.のことなど忘れて作業に没頭出来た。









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