69 信用


今日からポッターは四年生だ。今年は三大魔法学校対抗試合がある。そして、新しい闇の魔術に対する防衛術の教授はマッド-アイ・ムーディ――いや、クラウチJr.だ。

先日ホグワーツへ事前の挨拶に来た彼は、正しくアラスター・ムーディその人だった。初対面だったが確信できる。私が歪めてしまわない限り《本》は私に嘘をつかない。

しかし今日現れる彼は、彼ではない。

クラウチJr.は試合でポッターを優勝させるため暗躍する。例え私の影響で筋書がネジ曲がろうとも、その場その場で対処するだろう。

変な話ではあるが、この点において、私は彼を信用している。彼の忠誠心と能力をだ。つまりいくら悪化しようともポッターの物語は安泰。私はやることがない。


そう、何もない。何もしない、しなくて良い


仮にあるとするならば、クラウチJr.に目を付けられないようにすること。闇の帝王の最も忠実な僕に、私を印象付けてはならない。


そんなことぐらいだ


これは人を惹き付けやすい《呪い》を持つ私にとって、一番困難なことだった。関わらないよう避けなければならないし、避けすぎても不自然。


私はごくりと喉を鳴らして雷と共に開いた大広間の扉を見つめた。

ゴツッゴツッと義足を響かせ渦中の人物がやって来る。ぐるぐると回転しどこを見ているのか掴めないブルーの目がたまらなく怖かった。

震えそうな手をテーブルの下へ隠し顔には笑顔を張り付ける。そんなリリーの様子を穏和なブルーの瞳と探るような漆黒の瞳が見つめていた。






翌日。大広間で朝食を取りながらリリーが日刊予言者新聞を広げる。ウィーズリー氏とムーディのことがリータ・スキーターの知るところとなった。

コツコツと不吉な足音が大広間を横切り徐々に近付くその音はリリーの脇で止まった。新聞に影が落ち、リリーが顔を上げる。


「おはようございます、ムーディ教授。大変だったようですね」


普通の黒い目がリリーを突き刺すように捉え、義眼はギョロギョロと忙しなく動く。


「フン、そんなものを読んで何になる?」


吐き捨てるように言うと、またコツコツと義足を鳴らしムーディが奥の席へと進んでいった。ホッと胸を撫で下ろしたいところだが、ぐるぐると回る目を想像すると息が詰まった。

取り分けたスクランブルエッグとオレンジはその半分も減っていない。先程まで魅力的だった朝食も、ムーディに生気を吸いとられてしまったかのようで萎びて見えた。

パクリと少しだけ口に放って、噛みすぎたスクランブルエッグを呑み込む。これ以上何も喉を通りそうになかった。


「エバンズ」


リリーが椅子を引いたとき、隣の空席を掴んでスネイプが声をかけた。立ち上がろうとするリリーと盛られたままの皿を交互に見て器用に片眉を上げる。


「おはようございます、スネイプ教授。あー、用事を思い出してしまって。お急ぎでなければ私はこれで失礼します」

「あぁ」


微苦笑を浮かべたリリーが去ると、主を失った取り皿は盛られた朝食ごと姿を消した。


「セブルス、休暇中にリリーと喧嘩でもしたのですか?」


そそくさと逃げるように立ち去るリリーと擦れ違い、一部始終を見ていたマクゴナガルがリリーのいた席へと座る。スネイプはお尻がムズムズとし始め、直ぐにでも地下へ駆け戻りたかったが、如何せん座ったばかりで朝食を終えるには早すぎた。それにキッと鋭い目付きのマクゴナガルが逃がしてくれるはずもない。


「いいや、ミネルバ。少なくとも我輩に心当たりはない」


お節介にお節介が重なり勝手に自分の分まで朝食を取り分けられては堪らないと、スネイプは皿を手元に引き寄せる。


「そうでしょうとも。あなたの独特な言い回しで、知らぬ内に彼女を傷つけてしまったのではありませんか?」


まさか今更になってそんな指摘をされるとは


スネイプは片眉だけで驚きを表現した。

配慮があるのかないのか『独特な言い回し』と表現されたものはスネイプにも自覚がある。寧ろその多くはわざと選んでいるものだ。そうして幾年も使い続けるうちに悪癖となり、左腕のように醜く染み付いてしまった。

加えるなら、そんな『独特な言い回し』をせずとも言葉で人を傷つけられることくらい、ずっと昔に知っている。この身をもって、未だ抜けることなく返しの付いた刺のように深々と居座り続けているのだから。


「今でこそリリーは明るく振る舞っていますが、本来は寡黙で繊細な子なのですよ。あなたたちが親しくなって、私がどれだけ嬉しかったか」


朝食の席で周りが団欒と過ごす中の話題にしては重すぎる。スネイプはすっかり失せた食欲を取り返そうと皿のソーセージを突き刺した。じゅわりと隙間から漏れ出る汁が明かりを反射する。

エバンズが繊細だというのは、隣で話し続ける同僚よりも自分の方が知っているに違いない。彼女が先日安らぎの水薬を飲んだばかりだと、マクゴナガルは知らないはずだ。

それに彼女は明るく振る舞っているのではなく、元来明るい質なのだ、と思う。去年の夏にうっかり開いてしまった彼女の幼い頃のアルバムでは、間違いなく屈託のない笑顔を見せていた。それが何らかの事情で昔も今も蓋をされている。

マクゴナガルがそう振る舞っているだけだと思ったのは、エバンズが常に笑顔であろうとして、笑う必要のないときにまで無理矢理口角を上げるせい。

彼女の本来の笑顔は、とても甘く――。

ふわりと浮かんで、かぶりを振った。

彼女の綻ぶ笑顔と共に何故かルーピンが思い起こされた。苛立たしいヘラヘラとした食えない男の顔に、緩い締め付けのようなやわやわと心臓を弄ばれる不快感とどす黒い靄が肺を満たす。

親しげだと勘違いしたのも、魔法薬という関係で繋がっているにすぎない。現に彼女は魔法薬の調合が好きなのだと言っていた。

しばしばお節介な鋭さを発揮するマクゴナガルの観察眼も大したことはないようだ。

ただエバンズを傷付けたという点においては否定できない。先日の反応は確かに地雷を踏み抜いたに近い。しかしそれもなかったことになっているはずで、今更言及するべきではない。


「セブルス、聞いているのですか?」

「えぇ、もちろん」


思いに更ける間も続いていたマクゴナガルの小言にスネイプが適当な相槌を返す。


「リリーは秘密主義な部分があります。殻に閉じ籠って弱味を見せてはくれません。あなたには、話しているのですか?」


飲み込んだ豆が行くべき場所を誤ったような、ぐっと詰まる感覚に、スネイプは眉間のシワを深くした。肺に渦巻く靄が色濃くなる。


「いや、何も」

「そうですか……」


マクゴナガルは当てが外れてがっかりとし、あからさまに肩を落とした。


「彼女はあなたを頼りにしていると思いますよ、セブルス。歳も近く友人として接しやすいのでしょう。あなたは嫌がるでしょうが、たまには彼女の話を聞いてあげてはどうです?」

「えぇ、はい」


気のないスネイプの適当な返事にもマクゴナガルは満足したように頷く。最後にスネイプの皿へくし形切りのオレンジを乗せ、彼女は颯爽と立ち去っていった。

エバンズの話を聞く気は、ある。これは彼女がホグワーツへ来た日から変わらない。だがその姿勢は随分柔和したと認めざるを得ない。それもこれもダンブルドアが寄せる絶大な信頼のせいだ。

恐らく彼の下について長いのは私の方。しかし闇に与した私よりも、彼女の方が信頼されているに違いない。彼女はあの男に『闇に触れようとも染まることはない』と断言させたものを持っている。


私と違って


存外、監視されていたのは私の方かもしれない。ポッターが入学した年、見計らったかのようにクィレルが闇の帝王を憑けて来た。それを受けて、ダンブルドアが彼女を私に寄越した。魔法省にいたなら、私の汚点を把握していても不思議ではない。

だとしたら、彼女が頼るのは私ではなく、気が置けない他の人間だろう。私はそういう男を一人知っている。

彼女が誰に話すにしろ、私でないのは確かだ。マクゴナガルは勝手に期待しているようだが、その思惑は叶わない。

既に私の申し出は断られているのだから。

自分が他者を信じないことを棚に上げ、左腕をギリッと締め付ける。ふと視線を感じて顔を上げれば、テーブル奥のムーディと目が合った。黒と青の両方でこちらを見据えられ、居心地の悪さに席を立つ。


結局、私はソレに値しない存在だった

誰にとっても

それだけだ







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