64 傷痕


8月になり、私は再び家へ帰ることになった。ダンブルドア校長の粋な計らいだ。

1年後には例のあの人が復活する。ここへ戻れるのはこれが最後かもしれないと、私は有り難くその申し出を受け入れた。

お供にはドビーとリーマス。ドビーと共に私が一足先に家に戻った数分後、リーマスはやって来るなり1ヶ月振りの再会にしては熱の籠った抱擁を私にぶつける。


「会いたかったよ、リリー」


1年前、ホグワーツで交わした時とは真逆だと思いながら、リリーが彼の背をポンポンと叩く。


「私も会えて嬉しいよ、リーマス。今日はえらく熱烈だね。何かあった?」


ルーピンらしいふわりと包むだけの腕。なかなか離れないその身体に心配が先立って、リリーは背に回した手を撫でるものへと変える。


「ホグワーツを離れる日に君が渡してくれた生徒たちの課題を読んだよ」


リリーが闇の魔術に対する防衛術の代理授業をしたときに生徒たちに出した課題。提出を自由意思に任せたそれはルーピンが去る日に相次いで、彼へと渡した。狼人間について自分がどう感じるかを書くように指示したが、殆んどがルーピンへの手紙だった。当然、わざわざそんなことをする人間は狼人間に対して好意的な者ばかり。

耳元の少し高い位置から届いてくるルーピンの熱い声に、リリーはふっと肩の力を抜いた。このむず痒い状況が心配するようなものではなく、謝意の籠められたものだと分かったからだ。


「手紙も送ってくれたね。気に入ってくれたみたいで何よりだよ」

「気に入ったも何も、手紙じゃ伝えきれないよ。直接会ってお礼を言いたいってずっと思ってた」


そう言って、ようやくルーピンがリリーを放した。ルーピンの顔色はいつもよりほんのりと良くなって、気恥ずかしそうに視線を逸らす。


「ありがとう、リリー。君のしてくれた色んなことに私は救われてるよ」


真っ直ぐリリーに視線を戻したルーピンがくしゃりと笑う。リリーもむずむずと満たされていく温かい心に綻んだ。

エゴの塊である私の行動は、しっかりとリーマスに伝わっていた。それが何よりも嬉しくて、湿り始めた目頭を隠すように背を向ける。


「前と同じ部屋を使って。何も変わってないから」

「分かった」


先を行くリリーに従って、ルーピンが階段を上る。伸ばしかけた手を止めて、ルーピンはふわりふわりと揺れる彼女のローブをつつき目を細めた。






朝起きて、古書店の仕事をして、夜になれば眠る。去年と変わらないここでの過ごし方。2、3日経って、私はその生活に変化をつけるべく行動した。


「戦い方を教えてください」


以前シリウスにも頼んだことを、今度はルーピンに願い出た。いつになく真剣なリリーに彼は顔をしかめる。


「どうしてそんなことを頼むのか、聞いても良いかい?」


遠慮がちに、けれど彼女と同じ真剣な強い目でルーピンが聞く。促され、リリーは息を吸い込んだ。


「ホグワーツはイギリス一安全な場所だけど、ここ数年はそうだと言えなくなってきてる。私はそんな脅威から生徒を守るべき立場なのに、あまりにも弱いなって痛感したんだ」




そして始まった戦闘訓練。

まずは実力の確認からと杖を向け合ってすぐ、ルーピンが信じられないものを見たと目を見開いた。ピリピリとしかめっ面のまま杖を下ろした彼に実力試しどころではなくなって、リリーも訝しみつつ杖を下げる。


「リーマス?」


何かしてしまっただろうか。いや、何かしてしまったに違いない。こんなに刺々しいリーマスを見るのは初めてだ。

不安にドクドクと脈が速まる。


「私が君と杖を交えるのは初めてだけど、私は君の戦い方に覚えがある」


続きの言葉に見当がついて、リリーはハッと息を呑んだ。


「君はずっとシリウスと会っていたね?そして彼にも戦い方を教わっていた。だからあの日、君たちは顔を合わせても平気だった。一体いつから……。クリスマス休暇、君を探しても見つからない日があった。……まさか、そんな前から?」


問いかけの形を取りながら、ルーピンは自分の持つ情報を整理していった。そして組み立てが終わり浮き上がってきたのは、あまりにも無謀で許容しがたいもの。


「リーマス――」

「君は殺人鬼として追われる真っ只中のシリウスに杖を渡して、更には自分に攻撃させていたのか?!」


そう叫んだ後ルーピンは文字通り開いた口が塞がらないのかパクパクと音にならない言葉を紡ぐように動かして、信じられないとばかりにゆるゆると首を横に振る。

宥めようと伸ばしたリリーの手をはね除けて、ルーピンは荒くリリーの両肩を掴んだ。指先が白くなるほどの力にギリッと鈍い痛みが走る。

肩の痛み以上に彼を心配させたのだと思うと、とても振り払う気にはなれなかった。無実を知っていたとは言え、無謀なことをした自覚がある。


「君はどういうつもりでそんな――いや、聞きたくない。何を知っていて、どんな事情があろうと、だ。無茶はしないで……。私のような者にとって君みたいな存在がどれほど貴重で大切か分からないだろう?もう、失うのは懲り懲りなんだ……」


13年前、エバンズとポッターが残した傷痕は未だ多くの心に残っている。生き残った男の子に、贖罪に生きる男に、そして多くの友にも。みんな心に爆弾を抱えながら、ギリギリで生きている。


肩を掴んでいた手から力が抜け、ルーピンが膝をつく。存在を確かめるようにするりと腕を辿った彼の手が背に回り、グッとリリーを引き寄せた。いつになく強引な手付きによろめいて、余裕のない彼の心にそっと寄り添う。


無茶をしない約束は出来ない


そう遠くない未来で危険な任務に就く彼に同じ言葉をかけたとしても、彼は私と同じ結論をとる。狼人間の彼にしか出来ないことがあるように、私にしか出来ないことがある。

彼を安心させる言葉を返せない代わりにと、リリーは優しく彼の柔らかなとび色を梳く。指先から慈愛が伝わり、ルーピンは肩を震わせた。

ルーピンは無言を貫くリリーの意図を理解していた。情けない醜態を晒す現状に思いが及んでも、しばらくはリリーの温もりとトクトクと続く心音に甘え、深呼吸を繰り返す。こんなことはこれが最初で最後だと言い聞かせながら。






翌日。

リーマスとの間にあったことはスネイプ教授のときとは違ってなかったことにはならなかった。

顔を合わせるなりふわふわと逃げる目線に、ドビーが心配そうな表情をしていた。それもお昼になれば薄れ、ティータイムの頃にはリーマスから訓練のお誘いがあった。

1週間ほどの訓練で、リーマス曰く私はぐんと成長した。生徒は褒めて伸ばすタイプの彼だから鵜呑みにはしていないけど、それでもやっぱり嬉しいものだ。

シリウスの癖は私にとって隙が出来るだけで抜いた方が賢明だとリーマスに勧められ、私は大人しく従った。今度シリウスと杖を交える日があるなら、その時はリーマスの戦い方だと驚かれるのだろうか。

私にはない二人の強い絆が羨ましくて、無い物ねだりの嫉妬をしてしまう。何の影響も及んでいない、本物の友情。母からの《呪い》によって人を惹き付けやすい私には得られないものだ。

私とリーマスの間に友情が芽生えても、それは純粋なものではあり得ない。

いつもは優しいばかりのリーマスも戦闘訓練だけは容赦がなくって、それが私には都合が良かった。 立ち込める影を振り払うように、私はリーマスとの訓練に打ち込んだ。







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