50 休暇


冬休みの多くをリリーはシリウスと共に過ごした。和やかさはなく、大抵は火花を散らしながらひたすら杖を振ることに集中していた。

シリウスに貸した杖はロックハートのものだ。忠誠心云々の話をするなら、私かもしれない。彼が記憶を失った日に返しそびれてしまって、それからずっと持ったままになっていた。

初めてシリウスに杖を渡したときは良さそうだと言ったものの、癖が強いだとか張り切りすぎるだとか散々文句を言って、最終的には「ハンデとして丁度いい」と納得していた。

実際、私はシリウスに全く歯が立たなかった。杖のハンデをもらっても尚負けるのだ。上達を感じない私を嘲笑うように、シリウスは長年のアズカバン生活で鈍った腕を磨いていった。


「悔しい!私ばっかり床と仲良くしてる」


リリーが今日だけで五度目のダウンを取られ喚く。シリウスに助け起こされながらぶつぶつと不満を洩らすリリーに、彼はニヤニヤと悪戯が成功した子供のように笑った。


「まだまだだな」


シリウスは教師としてはイマイチだったが手本としては素晴らしかった。大振りのアクションから放たれる繊細な呪文はどれもリリーの隙を的確に突く。


「お前、イイ子チャンだったタイプだろ?」

「かもね。理想の優等生をしてたと思うよ」

「何て言うか、それが攻撃にも出てる?」

「いや、私に聞かれても」


シリウスは杖をくるくると回しながら声を出して笑った。

最近彼はよく笑ってくれるようになった。瞳の奥の鋭さは残したままだが、それでも心を開いてくれたような気がして嬉しい。


「頭を使いすぎるから鈍るんだ」


訓練を受け初めてから何度も聞いた言葉を今日も言って、シリウスが杖を投げ返す。


「今日もありがとう」

「何と戦うつもりか分かればもうちっとアドバイス出来るんだがな」


質問したわけじゃないと背を向けながら、シリウスが呟いた。リリーは背中越しに彼が気配を窺っているのを感じ、聞こえない振りをする。


「新学期が始まるからまた暫く間隔が空くと思う。無茶しないで」


シリウスは聞こえない振りをした。

冬休み中はホグワーツを空けすぎた。マクゴナガル教授やリーマスには「探していた」と言われ、スネイプ教授からも何か探るような視線を感じる。しばらくは大人しくしていなければ。

リリーは暴れ柳を通る隠し通路を避け、ホグズミードの一角に姿現しをした。踏みしめる度にキュッと雪が悲鳴を上げる。






今年の冬期休暇は残る生徒が一際少なかった。休みを満喫したい同僚も次々に帰省していった。残るのは寮監か変わり者。リリー・エバンズは変わり者だった。

前回、前々回と、長期休暇中に彼女は地下に押し掛けては大鍋を弄くり回していた。今回も同じように過ごすのだろうと見返りを考えていたが、とうとう彼女は来なかった。

夏に自分用の大鍋を買ったのだと嬉々として見せに来ていた。しかし結局大して使わずに、今度こそ飽きたのだろう。用意した見返りを自分で処理する羽目になるとは面白くない。

加えて腹立たしいのは残った同僚たちだった。




ある日は、


「セブルス、リリーは何処です?」


珍しく地下へ下りてきたマクゴナガルは開口一番そう言った。まるで私が隠しているような、行動を管理しているような、そんな口調だった。


「我輩が知るはずもない」

「そう、一緒に紅茶でもと思ったのですが……セブルス、彼女が来たら伝言を頼みましたよ」


何故私が。苦言を呈する前にマクゴナガルは地下を去っていった。


またある日は、


「やぁ、セブルス」

「臥せっていれば良いものを」


自然に力の入った眉間ですぐに出ていけと扉を開けるが、ルーピンは気にせず居座った。


「君のお陰でこの通りだよ、ありがとう。それで、リリーは?奥にいる?」

「ここにはいない」


こいつもか。何故ここにいると考えるんだ。


「この雪の中、薬草摘みにでも行かせたのかい?」

「知らん!出ていけ!」

「分かった、分かった。彼女が来たら、私がクリスマスの礼をしたがっていたと伝えてくれるかな?」


スネイプは鼻を鳴らし、了承とも否定ともとれる音を出す。ルーピンはまだ青白さの残る顔でにこりと口角を上げ、去っていった。




リリー・エバンズはクリスマス以降地下には来ていない。朝夕に大広間で食事をしている姿を見るくらいだ。


一体どこで何をしているのか


ハグリッドと森やパブで遊び呆けているのかと思えば、あの男が食事時に同じ質問をしているのを聞いた。彼女はのらりくらりと躱して、何か用事かと男の追及を逃れてみせた。

何か隠しているのは明らかだった。


私が気にかけるべきはルーピンではなくあの女なのか?


心に灯った疑問がかき消えぬうちに校長室の扉を叩いた。


「よく来た、セブルス。はて、お茶の誘いではなさそうじゃのう?」


書斎で往復していた足を止め、ダンブルドアが椅子へ腰かける。スネイプにも椅子を勧めるが彼は座ろうとはしなかった。


「校長、あなたにはお分かりでしょうな?その聡明な頭脳と類い稀なる先見の明で、この休暇中エバンズがどこで何をしていたかなど?」

「おぉセブルス、休暇中にどこで何をしようとも、それは個人の自由だとわしは思うておる」


ダンブルドアは組んだ腕を机上に置き、目を細めて笑った。


「私は常々ご忠告申し上げてきました。ルーピンがシリウス・ブラックを手引きするやも知れぬと」


ダンブルドアがコクリと頷く。


「ですがここに新たな可能性を考慮すべきです」

「なんとなんと」

「シリウス・ブラックが城内に入り込んだ2日前、あの女は早朝に箒を持って外を彷徨いていました」

「散歩かのう?わしもよくする」


低く重い声での訴えもダンブルドアの飄々とした声にかき消されていく。スネイプはヒクヒクとこめかみを震わせながらも冷静さは失うまいと、目の前の半月眼鏡の奥を見据えた。


「あの女が手引きしたとは考えられませんか。ルーピンを隠れ蓑にして」

「理由がない」

「そんなもの捕まえてから直接聞き出せば良い」

「入り口は吸魂鬼が見張っておった」

「彼女はルーピンと懇意にしている。吸魂鬼を一時撤退させる術くらい身に付けているでしょう。現に!あの殺人鬼がグリフィンドール寮の入り口に立っていた!」


これ以上の証拠はないと、スネイプがダンブルドアに詰め寄った。二人を隔てる事務机がスネイプの体重を受けて軋む。


「ここ数日、彼女は朝食後に忽然と姿を消しています。ホグズミードへ向かうこともありましたが、姿くらましでどこかへ行っているようです。次の企てを――」

「尾行たのか?」


眼鏡の奥の鈍い光にスネイプが噤む。そして僅かに視線を逸らしてから、再びブルーの目と向き合った。


「如何にも」


ダンブルドアは瞼の奥を見据え、何か考える素振りを見せてから、大きく息を吸う。


「セブルス、前にも言うたと思うが、きみとリリーは同じじゃ。目指す場所も、取る方法も。1年と少し、きみのことだから彼女をよく見てきたはず。今更何を疑うことがある?」

「教えてはくださらないのですか」

「言えぬ」

「あなたは私を信用なさろうとしない!」

「セブルス、きみにもわしの口を封じた事柄があるはずじゃ」


スネイプはヒュッと息を飲んだ。言葉がすべて喉に貼り付き出るのを拒んでいるかのようだった。

過去にしきれない自分の想い。それをスネイプは決して明かさないとダンブルドアに誓わせていた。


「リリーに何か思うところがあるのなら、それはすべてわしの命で動いていることと考えよ。例え彼女が闇に触れようとも、染まることはない」


「きみと違って」スネイプはダンブルドアが最後にそう付け足したような気がした。


「彼女は何の覚悟もなく突然背負わされてしもうた。故に、脆い。じゃがセブルス、きみが見ていてくれるのなら心配なかろう」




校長室を飛び出して、スネイプは階段を駆け下りた。

足任せで着いた先は中庭。新雪が誰にも犯されることなく僅かな光を反射していた。

踏み出そうとして、宙で止める。この先に用事があるわけではない。ただ真白に輝き続ける姿を、かき乱して汚してやりたかった。けれど浮かせた足は時が遡るように元の位置に戻る。


そんなことをして何になる。ただの雪ではないか…


そして大きく迂回して、中庭の端にあるベンチを陣取った。雪に冷された木がスネイプから熱を奪っていく。

リリー・エバンズは何らかの任務を受けてここにいる。

納得したわけではない。しかし疑いを否定されたとき、ホッと力を抜いた自分がいたことに、スネイプは自身で気がついていた。


私は彼女を信じたいと思っていたのだろうか?


「スネイプ教授?」


幻聴だと思った。今日は散々彼女について頭を痛めたから、脳が誤作動を起こしたのだと。


「スネイプ教授」


今度は声が近づいた気がして、馬鹿らしいとは思いながらも振り返ってみる。


「こんな場所で珍しいですね」


幻聴ではなかった。


「鼻が赤い教授は初めて見ました」とクスクス笑って、先程スネイプが遠慮した新雪を容赦なく踏み硬めながらリリーがベンチの側に立つ。

スネイプは平素より大きく開いていた目を細めて、注視しても分からないくらいに口端を上げる。気紛れを見せたのは空も同じで、雲の切れ間から覗くように顔を出した太陽が、滑らかな白に反射した。

リリーが照り返しの眩しさに目を細める。


そんな彼女の様子がとても輝いて見えて、スネイプは顔を背けて立ち上がる。後を追う軽い足音に日常を感じ、スネイプの鳴らした鼻は満足げな音を孕んだ。








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