49 クリスマス


自分の気持ちに気づいたからと言って、リリーの日常に何ら変わりはなかった。

リリーは既にスネイプの心がエバンズのもので、身体はダンブルドアのものだと《知っていた》。彼が何れ命を落とすであろうことも予言の《本》で読んだ。悲劇のヒロインぶって泣くこともなかったが、未来への期待や希望に胸を踊らせることも出来なかった。

ただ、時間の流れはとても早く感じた。




シリウスに食事を届け、クリスマスの飾りつけをし、ハグリッドが授業で育てていたレタス食い虫を埋葬して、バックビークの悲運に嘆くハグリッドを慰める。

スネイプ教授とは相変わらずだ。

唯一嫌な報せが、ルシウス・マルフォイからの招待状だった。休暇前には届き、クリスマスパーティに是非と書いてあった。バックビーク処刑への手筈を整えながらよくものうのうと誘えるものだ。

行く気なんて更々なかったが、一応ダンブルドア校長へ相談した。するとどうだ。校長は行けば良いと言う。

曰く、ルシウス・マルフォイはスネイプ教授にも招待状を送ってきた。そこには私をパートナーとして連れてこいと書かれていたらしい。


冗談じゃない!誰が行くものか!


そう言えたのは2ヶ月前までだ。今の私はスネイプ教授のパートナーとして参加するパーティに湧き出る興味を隠せずにいる。

結局私はダンブルドア校長のせいにして、招待を受けることにした。






イブの夜、翌日のディナーの仕込みをしていた屋敷しもべ妖精に無理を言って、リリーは一足先にクリスマスディナーを手に入れた。

向かうは叫びの屋敷。雪が多くなるにつれ、シリウスはここにいることが多くなった。


「メリー・クリスマス」


ケーキやチキンを並べ、リリーがワインをグラスに注ぐ。がっつくシリウスは既に見慣れた光景と化していた。

もっと食事を運んであげたいが、彼は痩せ細ったままの方が都合がいい。痩せていなければ脱獄も叶わなかっただろう。そして彼はもう一度、それをしなければならない。

リリーは心を鬼にした。


「箒はちゃんと手配しておいたよ。明日ポッターの元へ届けられる」

「助かる」

「太っ腹だね。値段を見てビックリした」

「今までを思えば安いものだ」

「名付け親なんだってね。マクゴナガル教授に聞いたよ。代わりにってわけじゃないんだけど、実はあなたにしか頼めないお願いがある」


シリウスの腹が満たされ気が大きくなった頃を見計らってリリーが切り出す。この2ヶ月ほどで多少の信頼関係は築けたと思うが、『お願い』と聞いたシリウスはピリピリと空気を尖らせた。


「私に戦闘訓練をつけてほしい」

「何故だ?」

「それは聞かない約束でしょ」


先学期の初めにマルフォイを助けきれなくてから、一人で呪文の練習はしていた。しかし一人で行っても上達しているのか、果たして咄嗟に使えるのかが分からない。

シリウスは伸びた髭をざりざりと撫で、考え込んでいた。時折リリーを見てはその真意を探ろうと目を細める。


「私には何のメリットもない」


「そうかな?」と前置きをして、リリーがシリウスの前に右手を出した。


「第一に、通報されずに済む」


リリーが人指し指を立てる。いきなりの脅しにシリウスは眉を潜めた。


「第二に杖に触れることができる。第三に……ストレス解消になる」


指を三本立てたリリーがにこりと笑って「どうする?」とせつく。


「私に杖を渡して良いのか?」

「良いよ。あげられはしないけどね。その都度返してもらう」

「私に頼むってことは、それなりにやれると知ってのことだろう。黙って従うと思うのか?」

「逆に聞くよ。何の対策もなしに杖を渡すと思う?」


シリウスはまた黙り込んだ。やがて意思を固めた目でリリーを見据える。


「つけてやるよ、戦闘訓練。私もアズカバンにいて鈍ってるだろうし、丁度いい」

「決まり!じゃあ、明後日から。都合は私に合わせてもらうよ。そっちは暇でしょ?」

「私はネズミを追うのに忙しい」


それは食糧か、仇か。ボリボリとパサついた髪を掻いて、シリウスが遠くを見つめた。






クリスマス当日。

リリーはお昼をルーピンの部屋で過ごしていた。彼は満月以外にも体調が不安定になり、運悪くそれがクリスマスと重なってしまっていた。


「私は寝ているから君はランチへ行った方がいい」


ルーピン曰く、ただの重い風邪のような感じ。けれどリリーはベッド脇の椅子から立とうとせず静かに本を読んでいた。


「私は本を読んでいるからあなたは寝た方がいい」


ルーピンの言葉を捩ってリリーが返す。

彼女が先程から熱心にページを捲る本は、ルーピンが贈ったクリスマスプレゼント。リリーからの高級なチョコレートはサイドテーブルでルーピンの全快を待ち望んでいる。


「他人を気にかけるくらいスネイプ教授の薬が効いてるなら、今のうちに寝といた方がいいよ。追い出さなくったって、私は夕方には出なくちゃならないし」

「どこへ?」

「ルシウス・マルフォイがパーティの招待状を寄越してね。気乗りはしないけど、行くって返事しちゃったから」


本から顔を上げ、リリーは刻んだ眉間をルーピンに向ける。


「君が誰かをそんな風に言うなんて珍しい」

「会いたくなくて」

「ハグリッドのことかい?」

「そんなとこ」


大きなため息をついて、リリーは再び本へ意識を戻す。ルーピンはそんな彼女を見てクスリと笑った。

暖かなベッドと彼女の心遣い、そして効果抜群の不機嫌な男の煎じ薬。ルーピンは次第に瞼が重くなり、やがて落ち着いた寝息を残して意識を沈めた。

リリーは寝入った友人の規則正しい寝息を確認し、パタリと本を閉じる。水差しに補充呪文を唱えて静かに部屋をあとにした。




世間では家族や恋人が寄り添いご馳走を囲んで団欒しているであろう時間、リリーは大きな屋敷の前にいた。

淡いブルーのタイトなドレスに身を包んだリリーはどこのパーティに行っても見劣りしないほどの華やかさを纏っていた。一方、隣で眉間にシワを寄せるスネイプは去年見た真っ黒のドレスローブで、珍しく清潔さそのものに髪を整えている。


「行くぞ」


気だるげにスネイプが腕を差し出す。驚いて固まるリリーに舌打ちをして、ギロリと睨み付けた。


「パートナーをエスコートする心得くらいはある」


これ以上待たせると容赦なく置いていきそうなスネイプの雰囲気に、慌ててリリーが指を絡ませる。一気に近付いた距離に跳ねた心臓が煩い。




「セブルス、そろそろだと思っていたよ。こちらの素敵な女性を紹介していただけるかな?」


ホールに現れた不機嫌な黒と美しい青のアンバランスな組み合わせに、目敏くルシウスがやってきた。


「リリー・エバンズ。ホグワーツで助手をしている。こちらはルシウス・マルフォイ。ドラコの父親だ」


仕方なく、といった態度でスネイプが簡潔に二人を紹介する。それを合図にルシウスはリリーの手を取り馴れた仕草で甲にキスを落とした。


「初めまして、ミス・エバンズ。まさかこんなに美しい女性が来るとは」

「今日はお招きいただきありがとうございます、マルフォイさん。このように素敵な場は不慣れなもので、緊張してしまいます」


緊張、というわりには堂々とした振る舞いでリリーが言った。


「ドラコの件だがね、あなたには妻共々とても感謝している。あなたの行動がなければ、息子は自身を守る間もなく引き裂かれていたことだろう」

「いいえ、私が至らないばかりに彼に怪我を負わせてしまいました」

「それは愚鈍な大男と凶暴な獣のせいだと判明している。それなりの処分が下ることを期待しているよ」


リリーの表情が一瞬曇ったことに、スネイプだけが気付いた。ルシウスは機嫌を損なうことなくにこやかに挨拶をし、去って行く。リリーはチラリと隣の男を窺った。


「スネイプ教授……」

「顔に出すな。いつものように笑顔を作っておけ」


まるで私がいつも作り笑いをしているようだとか、自分は笑わないくせにとか、言いたい言葉をすべて飲み込んで、リリーは口角をぎゅっと上げた。

やっと落ち着いてホールを見渡すと、キラキラと上品な装飾を纏った壁に感嘆の息が洩れた。立食形式のディナーや、開かれたスペースではダンスを楽しむ人もいる。リリーの知っている顔もあった。


リリーの元にはルシウスのパーティに初めて参加したにしては多い数の挨拶があった。知らない者もいたが、多くは昔の職場関連の知り合いだったり古書店の客だったりで、終始笑顔を絶やさずにいるのはとんと疲れた。

しかしこれでも早く済んだ方だ。私の人を惹き付けやすい《呪い》とスネイプ教授の眉間のシワで相殺されたのだと思う。逃げたそうな教授の腕をぎゅっと掴み、時たま会話に巻き込みながら何とか耐えきった。


「随分と顔が広いようだな」

「人気者は困りますね」


貼り付いた笑顔のままリリーが心を込めずに言う。スネイプは片眉を上げ、馬鹿にしたように鼻で嗤った。


そろそろ帰りませんか。リリーがそう提案しようとしたとき、プラチナブロンドを靡かせて再度主催が近付いてきた。無意識に力の入ったリリーの指にスネイプがチラリと意識を向ける。


「セブルス、パートナーを借りるぞ。ミス・エバンズ、もし宜しければ一曲踊ってもらえるかな?」


丁寧な誘いに反して、ルシウスは断られることなど微塵も想定していない振る舞いでリリーに手を差し出す。リリーはチラリとスネイプを窺い、どうか断ってほしいと願いを込めた。


「好きにしろ」


願いは無駄だった。断る方が面倒だというのは私とスネイプ教授で意見が一致するだろう。仕方なくごてごてと装飾の並んだ手に自分の飾り気のないそれを重ねる。




ルシウスに引きずられるようにホールの真ん中へ進む淡いブルーの背中を見送って、スネイプは手近のワインを煽った。一度彼女と離れてみれば、自分に話しかける者など誰もいない。


スネイプはこれほどまでにルシウスが毛嫌いされているのを見たことがなかった。

学生時代から彼を知っているが、自分とは違い社交的で人好きのする笑顔の得意な男は常に人を集めていた。社会に出てからもそれは変わらず、所帯を持っていてもその顔と権力で女が集まって困るとルシウスが自慢気に話すのを聞かされたことがある。

そんな男を疎ましいとこぼす女が、先程まで自分の腕は掴んで離さなかった。スネイプは並々ならぬ優越感を感じ、心なしか胸を張った。


スネイプが「帰りたい」と全身で語りながら壁に凭れてワインを呑んでいると、ルシウスと別れたリリーが逃げるようにこちらへ向かってくるのが見えた。スネイプは世話になった壁から離れ、グラスを返すついでにリリーへと歩む。


「良かった。先に帰られてしまうのかと思いました」


そう言ってリリーはそこが定位置になったようにスネイプの腕へと指を絡める。

そうだ、帰れば良かった。あれほど帰りたいと思いながらそれでも留まっていたのは何故だ。

横目で確認すれば、彼女は何か用があったのだろうかと小首を傾げた。


「ここの酒は上等だからな」


絞り出した理由は滑稽なものだったが、彼女は納得したらしい。クスクスと口元を手で隠し笑っていた。


「おいとましようと思って奥様とご子息にもご挨拶してきたんですが、教授はまだ残られますか?」

「いや、帰る」


チラリと長いプラチナブロンドを探せば、灰色と目が合った。会釈をして帰ることを示すとルシウスが何か口を動かすのが分かる。通常ならある程度判別出来るものの、この距離では無理があり眉間にシワを寄せた。しかしルシウスは一方的に口を動かして満足したらしく、すぐに背を向けてしまう。


どうせ碌なことではない


「スネイプ教授?」


呼び掛けと共に軽く腕を引かれ視線を手元に戻した。


「いつまで腕を掴むつもりだ。付き添いは行きだけだと言ったはずだろう。帰りは一人で姿くらましをしたまえ」

「あっ、はい、もちろんです」


ジトリと腕を睨めばすぐさま手が離される。仄かに感じていた熱が外気と共に急速に冷えていった。

リリーの回転と共にふわりと浮いた淡いブルーを見届けて、スネイプもバチンと音を立てる。二人を避けるように舞っていた雪がその痕跡を覆い隠していった。








Main



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -