43 研究


木曜日。

《本》の通り、ドラコ・マルフォイが退院した。しかし怪我の具合は同じとはいかないようだった。

ポッター視点の曇った印象なのかもしれないが、《本》での彼の怪我は長引くようなものではなかった。けれど現実は、マダム・ポンフリー曰く完治にはまだしばらく時間が必要らしい。


私のせいだ


謝罪とお見舞いへ医務室へ訪ねたとき、彼は私に礼を言った。父に言えと言われたからと、不服ながらの言葉だった。


私は何をしているんだ

こんな風に礼を言わせて、怪我を長引かせて


私にもっと力があれば、《本》の予言程度に収めることが出来たのではないか。弱々しい盾ではなく、もっと強固なものであったなら。予言の都合上、完全に防いでしまうのは憚られるが、その加減くらいできたのでは。

私には予言通りにレールを敷くだけの能力がない。

去年のアクロマンチュラだってそうだ。結果的になんとか救えたが、ギリギリだった。そしてボガートも。

今更ながらにそれを痛感して、歯を食いしばる。




複雑な思いの中で参加したリーマスの授業は素晴らしいものだった。おおよそ《本》の通りに進行して、リーマスはボガートからポッターを庇ったし、グレンジャーはリーマスの怖がる銀白色の球を見た。


ルーピンの授業が右肩上がりに評価を得る一方、ハグリッドの授業はどん底だった。殆んどすべての授業でレタス食い虫が使われたし、沈んだどんより顔は空に広がる雲より暗く分厚かった。




「マルフォイの怪我はまだ完治していないそうですね」


地下牢奥の研究室で、ごぼごぼと泡立つ大鍋をかき混ぜながらリリーが問う。すぐ横にいるスネイプはお喋りよりも研究に集中したい素振りを見せながら、それでも口を開いた。


「ヒッポグリフの鉤爪は強力だ。仕方あるまい」


スネイプが煙の上がるゴブレットを置き、メモのポテトと記された部分に打ち消し線を引く。初めて満月を迎えてからというものずっとこの作業の繰り返しだった。

『食べ物――影響』かつてのメモ通り、二人はホグワーツで用いられる食材すべての脱狼薬に対する作用を調べていた。これはとても根気のいる作業で、薬を煎じては用意した食べ物を入れてルーピンの髪で効果を確認する。

食べ物の数だけ髪を取られるルーピンも堪ったものではないだろう。それでも文句を言わず協力するのは、スネイプとリリーが自分のためにしていることだと分かっているからだ。


初めての満月は念のため叫びの屋敷で迎えた。

スネイプの提案でわざと満月を浴び、薬の効果を確かめた。ルーピンには鉤爪や牙が生え全身をふさふさの毛で覆われたが、それでも彼はルーピンだった。

薬の効果は確かだ。そこで一旦脱狼薬の改良は止めて、食べ物との影響を調べようということになった。


「ハグリッドは落ち込んだままです。授業もレタス食い虫ばかりで、何と声をかけていいのか……」

「レタス食い虫の粘液は使える。礼でも言っておけ」


どうでもいいと鼻を鳴らしてスネイプは新たな食材を手に取った。淡々と同じことを飽きもせずに続けられるのは研究者の気質故。便利に使える手がある今は効率も二倍で実に都合が良かった。


「ルーピン教授は最近調子が良さそうですね」

「下弦だからな」


よくも次から次へと話題が出てくるものだ。スネイプは柄杓の回る大鍋の色を横目で確認し、ため息をついた。


「次は私室でも構いませんよね?」

「寝室で捨て犬のように縮こまっているなら」

「教授、煙が出始めました」

「代わろう」


リリーは一度だけ脱狼薬の調合を一からすべてさせてもらったことがある。結果は見事、失敗。武器にするにも扱いに困りそうな劇薬が誕生し、それからリリーは簡単な作業をするに留まっていた。

不満はない。スネイプ教授の調合技術の凄さを再認識するに至っただけだ。リーマスは彼が身近にいて本当に運がいい。


静寂が訪れた。

スネイプが脱狼薬の調合に集中している間は話しかけてはいけない。リリーはスネイプの作業を引き継いで、すでに完成させた脱狼薬をゴブレットへ注いだ。順に用意した食べ物を調べていく。

レタス、キャベツ、トマト、ホウレン草。野菜はどれも問題なし。次は何を調べようか。リーマスの食生活を見抜いたスネイプ教授によって、既に砂糖の調査は済んでいた。


時間は経過し22時過ぎ。寝るには早いが睡魔が顔を出し始める。大きく頭を振って睡魔を吹き飛ばし、新たな研究の結果を書き込んだ。

両目をグリグリと手のひらでマッサージして、顔を上げる。すると飛び込んできたのは真っ黒な影。


「――何っ?」


言うと同時に破裂音。

思わずビクリと震えて肩を竦めた。この音には聞き覚えがある。脱狼薬が完成する瞬間に突然沸騰するときのあの音だ。


「トリカブトを入れるなら仰ってください!」

「目が覚めただろう」


目の前の黒い影が振り返る。不満げに漏れたリリーの声をニヤリとスネイプが一笑に付した。

見られていたとは。恥ずかしいやら申し訳ないやら、顔が熱くなるのを感じながらも謝っておく。

呪文で突沸の液跳ねを抑えるなら態々庇う必要はなかっただろうに。そもそも煎じ薬を被るほど近くには立っていない。不意打ちを狙ったがため、一応庇ってくれたのだろうか?面倒なんだか紳士なんだか。


少なくとも、たまに見られる優しさの部類には入れたくない


「今日は切り上げておけ。我輩もそうする」


スネイプは凝り固まった筋肉を解して首や腕をぐるぐると回す。

彼は自分も切り上げるように言うが、提出物の採点だとかできっとまだ休まない。これは私を帰すための声かけなのではと思うのは、考えすぎだろうか。


こっちは本当に、たまに見られる優しさなのでは


「スネイプ教授も今日の仕事は終わりですか?」

「君が気にすることではない」

「今年はルーピン教授の薬があってお忙しいかとは思いますが、きちんとお休みになってください」

「嬉々としてルーピンを引き入れたのはそちらではなかったかね?我輩の負担などどうでもいいのでは?」


言葉がなかった。

片眉を上げた諦めきった笑いに私は吸った息をそのまま吐いた。固く口を結びスネイプ教授の批判を受け止めるしかできない。


「人の心配をする余裕があるなら、作業中に居眠りせぬよう休んでおきたまえ」

「…はい」

「どのみち君に任せられるような仕事は残っていない」


気落ちしたリリーを横目に、スネイプは杖を振って片付けを始める。

授業の準備も片付けも提出させた煎じ薬の採点でさえ、この女は出来ることは全部横から掻っ攫っていった。残っているのは教科担当の自分がするべきものばかり。


休むべきはどちらだ


私にはこの女の仕事量は分からないが、それでも少なくないことは知っている。居合わせた職員室で同僚たちの感心する声が聞こえるのは1年前から変わらない。

私の負担は確かに増えたが騒ぐほどのものではない。今の研究が終わればもう少しゆとりも出来るだろう。ルーピンに恩恵が行くのは気に食わないがこの際仕方がない。

スネイプはため息をついてリリーを追い立てる。研究室の扉を閉めるとき、律儀に就寝の挨拶を残すリリーに「おやすみ」と返すと、スネイプは眉間のシワを緩めて呆れたように笑った。







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