37 赴任


9月1日。スネイプ教授にやらかしたことは寝て忘れたことにして、新たな一年が始まった。一足先に出されたふくろう便により、ホグワーツ特急内に吸魂鬼が現れたとの報せが舞い込んだ。《本》の予言がまた現実となった。


「だから吸魂鬼は嫌だと言ったのです!リリー、ポッピーに生徒が到着したら私の事務室へ来るよう伝えてもらえますか?」

「はい、マクゴナガル教授」


沈んだ空気で話すマクゴナガルとダンブルドアを残し、リリーは医務室へと小走りで向かった。職員席に着けば嫌でもスネイプ教授と顔を合わせてしまう。避けるのを止めてほしいと言いに行ったはずなのに、今避けているのは私の方だった。向こうにとっては好都合だろう。

マダム・ポンフリーとの雑談で時間を潰し、リリーが医務室から玄関ホールへ戻る頃にはパラパラと生徒たちが到着していた。ギリギリまでここで粘ろうと笑顔で彼らを迎え入れる。

お揃いの黒いローブに身を包んだあどけない顔を何十人も眺めたとき、頭ひとつ突き出た白髪混じりの草臥れた顔が見えた。見覚えのある継ぎ接ぎローブを着こなす男はリリーを見つけるとにっこりと微笑む。


「リーマス!」


後ろでポッターとグレンジャーを呼ぶマクゴナガルの声がした。生徒の波を縫うように進み、リリーはひょいと踵を上げてルーピンの背に腕を回す。そしてここ数日のストレスを誤魔化すようにきゅっと力を込めた。

まるで数十年来の親友のような包容にルーピンは目を丸くする。遠くで肩を竦めるかつて世話になった寮監に促され、ルーピンはおずおずとリリーの背に手を回した。


「生徒たちがビックリしてるよ」


ポンポンと優しく叩けば、「ごめんね、嬉しくて」と苦笑しながらリリーが離れていく。歓迎されることに慣れないルーピンは身体中がむずむずとするのを耐えなければならなかった。

ゴホン、と咳払いをしてリリーが姿勢を正す。


「ようこそホグワーツへいらっしゃいました、ルーピン教授」

「おっと、ホグワーツでの顔だね?私にはさっきの熱烈な君で構わないよ」


クスリと笑うルーピンに釣られて、リリーがニヤリと笑った。奇妙な絵画でも見るように通り過ぎていく生徒の数も減り、リリーは時計を確認する。


「新しい教授を遅刻させるわけにはいかないな。行こうか」


大広間へと入る二人を見送った影が、ぬるりと多分に空気を孕んで動いた。


「ハグリッド教授、随分と緊張されてますね?」

「リリー!お前さんいつからそんなに意地が悪くなった?」

「去年は私がいくらお願いしても畏まってエバンズ先生呼びだったでしょ」

「その話は夏休み中に終わっちょる!」

「つい。ごめん、ハグリッド。いよいよだね?もっとリラックスしないと」


リリーはクスクスと笑ってハグリッドの肩を叩く。「あぁ、分かっちょる」と返す彼に覇気はなく、しきりに指を弄ってはふらふらと視線をさ迷わせていた。

リリーが近くの席に座ると、ルーピンがハグリッドに挨拶する声が聞こえる。そのまま順に教職員席を回り食事前に軽く言葉を交わしているようだった。

奥の職員席を横目で確認し、気掛かりな黒いコウモリの影を探すがまだ姿はない。リリーは安堵して、喜びと少しの不安を交換し合う生徒たちに目を向ける。


あんなに期待に膨らんだ胸は私にはなかったな…


懐かしい過去の思い出に浸っていると、ポンと肩に手が乗った。リーマスが挨拶を終えて戻ってきたのかと笑みを携え振り向けば、目と鼻の先、三十センチも離れていない距離に高い鉤鼻をぶら下げた漆黒の瞳が迫っていた。

振り向くなり思いっきり身を引いたリリーにスネイプはぎゅっと眉間を寄せる。そして肩を叩いたかさついた手を上方へ移動させ、ガシッとリリーの頭頂部を鷲掴んだ。


「え、教授?!あの!?」


リリーの抵抗虚しく元の位置に引き戻された頭は生徒テーブルへと向くように首を回される。お行儀よく座った初めの状態へ固定するとスネイプは満足したように鼻を鳴らし、掴んだ手はそのままにリリーへ顔を寄せる。


「服用は今日からだ。その気があるなら食後そのまま研究室へ来い」


近すぎず遠すぎない、適度な耳打ちの距離でボソボソとスネイプ教授の低い声がする。口元を隠すのに丁度良い彼の黒髪が肩に触れくすぐったいと身を捩るが、頭はしっかりと掴まれたままだった。

スネイプは一方的な伝達を終えると乱暴にリリーの頭を離し、大股で奥の席へと向かう。リリーは乱れた髪を手櫛で整え、彼の言葉を思い返した。


服用は今日から、食後そのまま研究室


間違いなく脱狼薬調合への誘いだ。もちろんその気はある。昨日彼の中でどんな思考が繰り広げられたのかは知らないが、再び私を招いても良いと結論付いた。

魔法薬の新たな一歩に携えることが無性にワクワクして緩む頬を制御できない。休暇中のお遊びのような実験ではなく、確かな一人に救いをもたらす大きな一歩だ。


「随分と楽しそうだね?」

「あぁ、リーマス。ちょっとね」

「セブルスに頭を掴まれていたときは心配したけど、何でもなかったみたいで良かったよ」

「あれには私もびっくりした」


ふと目を向けた生徒テーブルで、スリザリンの五年生と目が合った。先ほどのスネイプとリリーのやり取りに好奇心を刺激された一人だろう。ちらほらリリーは視線を浴びるが、同じ視線でスネイプを見るものはいない。鋭い眼光の畏怖の象徴は健在だとリリーは一人笑いを噛み殺した。


やがてダンブルドア号令のもと新入生が入場し、組分けが始まる。それが終わるとマクゴナガルが生徒二人を引き連れ大広間へ入り、食事の前にダンブルドアから吸魂鬼への注意と新任教授の紹介がされる。リリーは人一倍大きな拍手でルーピンを迎え入れた。


ここまでは《本》の通り。すべて順調に進んでいる。ポッターが三年生になった今年は、例のあの人の脅威がない。安心はできないが、昨年度に比べて生徒たちの身の安全は保証されるはずだ。


例え私が障害となろうとも


一つ一つ確実にこなしていくしかない。まずは隣の男から。バチリと目が合って微笑み合う。無理矢理背負わされた苦労を受け入れるしかなかったリーマス。彼は今何を思っているのだろう。脱狼薬が少しでも彼の支えになるように、スネイプ教授の手足となって頑張りたい。


透き通った目の前のスープが今日は少し塩っぱい。美しい赤身を誇るローストビーフがやけに目について、私はそっとレタスを被せた。







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