35 議論


ホグワーツへ戻ってからも、ドビーのお陰で古書店の仕事は細々とふくろう便のみで続いた。リリーは指示を出すだけで、実際の作業はすべてドビーがこなしてくれている。


新学期まで一週間を切り、続々と集まって来た教職員を巻き込んでの会議が職員室で開かれる。ここ数日堂々巡りとなっているその会議の議題は、リーマス・J・ルーピンを闇の魔術に対する防衛術の教授にするか否か。

既にダンブルドアは手紙を送り、ルーピンから「受け入れてもらえるのなら、喜んで引き受けたい」との返事があったと言う。そこへストップをかけているのがセブルス・スネイプ。他の教職員は喜んで受け入れるとまではいかないものの、ダンブルドアの推薦に首を縦に振った。


「セブルス、君の言い分はよく分かった」

「いいえ、校長!あなたはお分かりではない!」

「セブルス。これ以上は他の先生方にご迷惑じゃ。校長室で話そう」


優しく微笑んでダンブルドアがスネイプの怒った肩に手を伸ばす。触れられれば嫌なものが移るとでも言わんばかりにスネイプはその手を躱し、先に部屋を飛び出していった。


「リリーも来て貰えるかね?」

「はい、もちろん」


了承しながらも疑問符を飛ばすリリーに、ダンブルドアは行き場を失った手を伸ばす。そしてリリーの肩に乗せると扉へと歩き出した。


「セブルスが何故あんなにも頑なになるのか、きみは知っておるのじゃろう?」


こちらに興味を示す者がいないと分かると、ダンブルドアが切り出した。リリーは頷き一つで肯定する。


「それを踏まえてわしの助けをしてほしいのじゃ」

「私が助けになれるとは…」

「二人では平行線のままじゃろう。それにセブルスには脱狼薬のこともある。命じれば従う男じゃが、それは最終手段に取っておきたい」

「…はい」

「思ったことを言えばよい」


二人が校長室への最後の扉を開けると、檻に入れられた獣のようにうろうろとスネイプが待ちわびていた。ダンブルドアの後ろにリリーの姿を認めると、何故ここにいるんだと険しさを増し眉ごと目を見開いた。


「新学期まで残り少ない。わしとしては何としてもリーマスを迎え入れたいと思うておる」

「ではご命令なされば良い。いつものように何も考えず自分に従えと!」


リリーの存在は無視することにしたらしい。いつもの椅子に座り続きを始めるダンブルドアに、スネイプはマントを翻し向き直った。机へ両手をつき、唸るような声で顔を寄せる。しかしその威嚇もダンブルドア相手では意味をなさない。


「わしはそうしたくはない。尤も、このまま続くようならそれも辞さぬ考えじゃ。」

「あいつは、人狼です。私がどのような目に遭ったか、あなたもご存知のはずだ!」

「リーマスは在学中の七年、上手く隠し遂せた」

「私のことは?!」

「あれはリーマスの意思ではないと分かっておるはずじゃ」


ぎゅっと《本》の内容が胸を締め付ける。彼はシリウス・ブラックに唆され、死の恐怖を味わった。ジェームズ・ポッターに救われたのもまた、彼の苦い思い出だろう。


「リリーはどうじゃ?リーマスと過ごしてみて、出来ぬと思うか?」


急に振られて、顔を上げる。燃え上がる漆黒の瞳と目があった。何も悟られまいと奥のブルーの瞳に意識を向け、息を吸う。


「満月の日の彼を知りません。ですが日頃の彼は世間一般に語られる狼人間像とは駆け離れています。それに今は脱狼薬があります」

「ほう…狼人間を庇うとは。あいつの何を知っている?残忍で、愚かな、猫被り!絆されたか?そういうずる賢いところもあいつらのやり口だ!」

「では何故!リーマスが家へ来た日、教授は帰られたのですか?ダンブルドア校長の指示だと言う彼の言葉を信じ、私を彼と二人、家に残したのですか!」


今度は真っ直ぐにスネイプを見つめ、リリーが叫ぶ。過ごした時間は短いが、色眼鏡ではない真実のルーピンを見ていたという自信がリリーにはあった。強い意思を宿したその瞳に、スネイプはほんの僅かに視線を逸らす。


「貴様がどうなろうと我輩の知ったことではない」

「いいや、セブルス。相手に不信感があったなら、きみは去るべきではなかった。わしとの約束は、そういうものじゃった」

「ルーピンさんは忌むべき存在ではないと、スネイプ教授も感じていらっしゃるはずです」

「ならばシリウス・ブラックはどうだ!」


形勢は不利だと悟ったのかスネイプは矛先を変える。両手を大袈裟に振り回し自分こそが正しいと演説して回る政治家のように揺れ、ダンブルドアを睨み付ける。


「あいつはポッターを殺しに必ずここへ来る。ルーピンが常にあいつの肩を持っていたのはあなたも知っているでしょう!再び手を組むことはないと言えるのですか!?それともポッターを餌に誘き出そうとでも?!」

「あの子は餌などではない。不本意じゃが、じき吸魂鬼も派遣される。ホグワーツの守りは万全じゃ」


スネイプの感情そのもののような色のマントを揺らし、バンッと両手を机に押し付ける。ガシャッ、と机上の機器が悲鳴をあげようとお構いなしに、合いの手のようにスネイプは机を叩きつけた。


「ルーピンさんは、手引きをしないと思います」


落ち着き払ったリリーの声は激情まみれのこの部屋で嫌に響いた。バッと音がしそうなほどの勢いでスネイプがリリーを睨み付ける。平素なら竦み上がりそうな彼の憤然も、今は心を掻き乱しはしない。


「シリウス・ブラックの写真を見る彼の目は、旧友を懐かしむようなものではありませんでした。あったのは後悔と悲墳」


そして、憎みきれない葛藤。


「狼人間贔屓の主観など当てにならん」


口端をヒクヒクさせながら、スネイプが嘲笑たっぷりに鼻を鳴らす。そしてマントを引き寄せるように腕を組み、ゆったりと二、三メートルの往復を繰り返し始めた。




当初の推察以上に、三人だけの議論も平行線を辿った。

スネイプ教授に譲歩の意思がないのだからそれも仕方のないことのように思える。もう私に言えることは何もない。いくら《本》の真実を披露しようと、察するのはダンブルドア校長だけ。スネイプ教授に届かなければ意味などない。

しかし議論は突然終わりを迎える。


「そこまで仰るのなら、」


スネイプはそこで区切り、上がったままの息を整え深く吸い込む。


「勝手にすればいい。ただし私はしかと忠告致しました。リーマス・J・ルーピンは危険人物であると。努々お忘れ召されるな」

「脱狼薬も任せてよいな?」

「城内の者への被害を防ぐためです」

「もちろんじゃ」


これまで何度も苦汁を嘗めてきたような顔のスネイプを気にもかけず、ダンブルドアは今にも鼻唄を始めそうだった。これ以上なく眉間を寄せたスネイプはマントをはためかせ、バンッと扉で怒りに任せた音を響かせる。


「何もお役に立てませんでした」

「いいや、立った。わし一人では折れさせることは出来なんだじゃろう」

「ですが納得されたわけではありません」

「根深ーーい問題なのじゃ。二十数年かけて凝り固まったものはおいそれと溶けたりはせん。多少は理性的になったと思うておったが、考え直さねばならんの」


机上で組んだ指を玩びながら、どこか遠くを見るようにダンブルドアが話す。最後の方は呟くような声で、自分に投げ掛けられたわけではないとリリーは悟った。


「では私もこれで失礼します」

「リリー、頼んだぞ」

「?はい。スネイプ教授は頷いたことを違える方ではないと思いますが…」

「いや、そうではない。そうではないのじゃ…」


「そうではない」とは言いながら、ではどうだと言うのだと見返した視線に返ってくるものは何もなかった。終わりを告げる微笑みに押され、リリーは黙って立ち去ることを余儀なくされた。


《本》を読んだがためにすべて知った気になっているが、結局のところダンブルドア校長の心中など分かるはずがない。引っ掛かりを残しながらも、数分前にスネイプ教授がしたようにそれらを丸っと飲み込んだ。

校長室を守るガーゴイル像から自室を通り過ぎ、向かうは地下の奥底。追い返される可能性は高いが脱狼薬の相談を兼ねて一応声はかけたかった。

こんなことをしなくても《本》の流れに乗って進んでいくことは容易に想像できる。ならば、何故?何故私は向かうのだろう。自分の行動に不自然さを感じつつも足を止めることはない。

通った男のピリピリした空気がまだ残っているような暗い地下を歩く。外はからっとした晴れ模様であるのに湿度を纏ったような重苦しさが続いた。


コンコン


叩いた音に返事はない。


コンコンコン


絶対中にはいるはずなのに、何度叩いても、話しかけても、扉の向こうは無言を貫いた。虚しいノック音が滑稽な響きを奏でる。







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