34 外出


リーマスが来てからの1週間、私は温もりや笑い、感謝を一纏めに抱えたような日々を送っていた。古書店の仕事も滞りなく進む。その殆どがふくろうに頼ったものだったため、彼らには相当な負担をかけてしまった。ホグワーツへ戻る前には 高級なふくろうナッツで労ってやりたい。

帰省の最終日は午前中で店を終えた。ホグワーツから教科書リストをもらった保護者の問い合わせが相次いだが、生憎もう在庫がない。うちは古書店だ。買い手がいたところで売り手がいないことには始まらない。

お決まりの断り文句を書いた手紙をドビーに託して、使い古したドラゴン皮のスーツケースを手にする。今日はこれから本を買い取りに旧家のお屋敷へ赴く。


「リーマス!素敵、とっても似合ってる!」

「そうかな?」


付き添うに当たって、ルーピンの普段の服装はあまりにみすぼらしかった。服に興味のないリリーも、流石に旧家のお屋敷にそれでは困ると頭を悩ませ、祖父のローブを貸すことになった。


「デザインは古いけど上等なものだし、少し小さいようだけど許容範囲内かな。祖父も喜んでるよ」

「君のおじいさんはとてもセンスがいいね」


滑らかなローブが絡ませたルーピンの手にしっとりとしなだれかかる。着なれない、とぎこちなく動くルーピンを余所にローブは久々の晴れ舞台にうきうきとしているようだった。


「さぁ、行こう。時間に遅れてしまう。リーマス、姿くらましは?」

「あー、場所が分かれば」

「なら行きは一緒に。私に任せてくれる?」

「君は本当に、頼もしいね」


「どっちが護衛だか分からないな」と肩を竦めるルーピンの手を取り、ピタリとくっつく。されるがままの彼に笑うと、リリーは視線を合わせて合図を送る。


「いってらっしゃいませ!」


バチンと弾ける音に合わせて、ドビーの高い声が響いた。




着いたのは緑溢れる場所。遠くには立派な屋敷が見える。外見はいくら整えて見せても、本を売りに出すということは崩落の兆しだ。分かりやすい豪華絢爛な調度品に手をつける前に、少しの足しにと本を売る。

価値を理解せず安易に手放す者も多い。リリーとしては、滅多にお目にかかれないような本に出会える機会で嬉しい限りだった。

実は初めてだった自分主体の付き添い姿現し。自信を持って行ったものの心拍は僅かに上がり、横目でリーマスを確認してしまう。スイッと全身へ目を配り、自分にしか分からない程度にホッと息をつく。


「手持ち無沙汰だろうし、リーマスにも手伝ってもらうよ。よろしく、助手さん」

「私に出来ることなら」


生き生きと背を伸ばす雑草を踏みつけながら、依頼主の待つ屋敷へ向かう。半歩遅れてルーピンが従った。追い風が見せた彼のローブは照りつける陽を柔らかに受け止め、かつての穏和な持ち主をリリーに思い起こさせる。




屋敷での作業は夕暮れまでに片が付いた。聞いていた以上の冊数に頭がくらくらしたが同じくらいワクワクもしていた。途中、好意で用意されたティータイムを挟んで仕事を終える。付けた値段の交渉を終えて、本をスーツケースに詰め込んだ。


「お得意先かい?やけに親しげだったけど」


茜色を吸い込み項垂れる雑草を蹴飛ばしながら、二人は来た道を戻る。


「お祖父様とは面識もあるけど、お孫さんとは初めてだよ。いい人だったね?」


無理矢理同意を迫るように促した。

リリーの《呪い》は商売においてとても役に立つ。祖父はいい顔をしなかったが、その祖父はもういない。店を守るため、経営手腕を持たないリリーには使えるものは何でも使ってやるという気概があった。


「あぁ、来て良かったよ」


含みのある言い方でルーピンが軽く息をつく。その様子に苦笑いを浮かべ、リリーは足を止めた。


「ダイアゴン横町へ行っても良い?夕飯もそこで済ませよう」


リリーはクルリとルーピンに向き直り、あざとく小首を傾げてみせる。ズルさを最大限に利用するリリーのお願いは、大抵断られない。《呪い》がなくとも、彼なら頷いてくれただろうか。


「もちろん。君に付き合うよ」

「ありがとう。じゃあダイアゴン横町で」


「お先に」と残してリリーはクルリと回る。ルーピンは髪をくしゃりと撫で付け首元を引っ掻いてから、クルリと回り搾るような感覚に身を落とした。




現れたのはダイアゴン横町の端。魔法使いの集まる場所に付き物の姿現しスポット。安全性を考慮して利用が推奨されている、要は空き地だ。

バチッ、バチッとあちこちで弾ける音の中、数秒待って現れたルーピンに片手を上げて合図する。


「取り敢えず薬問屋。あとは服と文房具と鍋とふくろうナッツ……その前にグリンゴッツかな」


指折り数えた手をルーピンの前で振る。「荷物は任されるよ」と紳士的な彼に甘えてスーツケースを手渡した。


着々と買い物は進み、荷物を全てスーツケースに押し込む。至る所にシリウス・ブラックの指名手配書が貼られ、唸るように歯を剥き出し叫ぶ彼の顔が頭から離れない。ルーピンもそれを見る度に顔を曇らせていたが、リリーは気づかない振りを決め込んだ。

ここまで生徒や顔見知りは見かけたがポッターの姿はなかった。もう漏れ鍋に泊まっているはずだと《本》を思い返しながら石畳を歩く。

時間も遅いため、良い子で部屋に戻ってしまったのかもしれない。《本》の内容と悪化を確認するためにも会って直接話を聞きたかった。部屋は分かっているが流石に乗り込むわけにもいかない。


「夕食は漏れ鍋で良い?トムさんに話もあるから」

「私はどこでも。何でも美味しいから」

「甘いものは特に美味しいみたいだけどね」

「違いない」


ははっと二人で笑い声を上げ、レンガのアーチを潜る。真っ先にリリーに気付いたトムが抜けた歯を見せるように口を歪ませ、恭しく頭を下げる。


「ご無沙汰してます。席はありますか?」

「お顔を見るのはお祖父様のお葬式以来かと。こちらへ、ご案内します」


リリーへ向けた目を後ろへずらしルーピンを連れだと認識すると、トムは奥まった二人用のテーブルへと導いた。

メニューを一瞥し、何年も変わらない並びに淡い安らぎを覚える。リリーが適当に注文すると、ルーピンもそれに従った。


「私、トムさんと話してくるからリーマスは座ってて」

「……分かった」


オーダーを通しに厨房へと入る曲がった背中を指差してリリーが言う。ルーピンは自身の席からカウンターが見通せるのを確認して、首を縦に動かした。

ルーピンの置いたスーツケースを手にして、リリーはカウンターへと向かう。漏れ鍋へ来た理由の一つを遂行するためだ。再び現れたトムを引き止め、スーツケースから一冊の本を取り出す。


「今日手に入りました。とてもトムさん好みだと思ったものですから、店へ置く前にお話をと思いまして」


遠い昔に絶版となった分厚い古書。表紙を見るなりトムの粘っこい視線が少年のように輝いたのをリリーは見逃さなかった。当たりだ。丁寧にページを捲るトムに金額を提示すれば、理想の金額で商談が成立する。


「ところでトムさん。うちの生徒がここで世話になっていると聞いたのですが……」

「あぁ、今はホグワーツにも席を置かれているのでしたね。えぇ、ポッター様が……噂をすれば」


そう言ってトムはしわしわの細い人指し指を二階の宿から食堂へと続く階段へと伸ばす。リリーが振り返ると、示された先には俯きどこか不安げなポッターの姿があった。


「ポッター!」

「エバンズ先生!?」


見知った顔に分かりやすく安堵して、ポッターが慌てて駆け降りる。この1ヶ月でまた背が伸びたかもしれない。

癖のある髪に手を乗せて、チラリとルーピンを見る。彼は驚きと喜びと後悔と不安と歯痒さを一纏めにしたような複雑な表情で、それでもポッターから目を離すことはなく見つめていた。


「今から夕食?」

「いえ、僕、少し喉が乾いて」

「トムさん、ポッターに何か飲み物を」

「サービスしておきますよ」


大事そうに古書を抱えながらトムがニヤリと笑い、奥へと引っ込む。不思議そうにポッターがリリーを見上げるが、リリーは多く語る気はないと笑顔で牽制した。「副業でね」とだけ言えば、「古書店」とポッターが呟く。優秀な両親の血を受け継いだのか、記憶力は良いらしい。


「随分と派手な家出をしたんだって?」

「……はい」


色々と思い出すことがあったのだろう。ポッターは視線をさ迷わせ、苦々しく頷いた。


「どうやってここまで来たの?」

「ナイトバスです」

「へぇ、知ってたんだ?」

「僕、知りませんでした。なのにどうして来たのか……」

「あれは杖腕を挙げると呼べるんだ。マグルにもそんな乗り物があるんだろう?」

「あぁ、タクシー!」


「なるほど」と頬を掻きながらポッターが呟く。


「何か怖いことでもあった?」

「――っ!いえ、何も、特には……大丈夫です」


ポッターは笑ってみせたが嘘を吐いたのは明らかだった。魔法を使ってしまったことも、魔法大臣に会ったことも、ここに一人でいることも。十三歳の彼には怖くて当然だろう。そしてそこにはグリムとの出会いも含まれていると、《本》を知る私は感じた。

ポッターに冷たいジュース瓶とゴブレットが運ばれ、ルーピンの座るテーブルにも料理が運ばれていった。


「じゃあね、ポッター。連れを待たせてるから」

「はい、先生。また学校で」


大人だらけの場所では居心地が悪いのか、瓶とゴブレットを掴むとポッターはそそくさと階段を上っていった。

日に日に大きくなるその背中を見つめ、リリーは目を細める。誰よりも背負うものが大きい選ばれし背中を。そして重荷になっている自らの存在を呪う。


ごめんなさい、ポッター

ごめんなさい

償えるとは思えない

それでも私は精一杯あなたを守るから


最期にはあなたを頼らねばならない大人たちを、許してください







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