33 手紙


封筒から出しまず目についたのは、二つ折りにされた手紙とおぼしき紙。それを横にずらすと、奥にあるのは写真だった。

リリーが前後を入れ換えると、途端に写真に目を奪われる。カッと見開いた両目の先で一組の男女が赤子を抱いていた。一人は知っている。母だ。つまり彼女が抱いているのは私で、この男が、


「お父さん…」


遠い昔の記憶。物心つく頃には思い出せなくなっていた顔が、そこで笑っていた。母の肩を抱き、私の頬をつついて、こちらに手を振る。幸せな家族写真。

愛に溢れていた頃の写真を名残惜しくそっとテーブルへ置き、同封されていた手紙を開く。


『ですからどうか、二人を頼みます。私は私の進む道を見つけてしまいました。彼と一緒ならば、私は未来に希望が持てる。

愛する二人の明るい未来を。

ですが彼は、険しい道に未練を持ち歩くことをお望みではないのです。勝手なのは承知の上です。お義父さん、私の代わりに二人を見守ってやってください。矛盾しているとお笑いになるかもしれません。それでも私は行くのです。

ただ、二人には真実を伝えないでください。私は自分の都合で一方的に二人を残して行くのです。どうか、どうか、二人が私の愛に縛られることのないように。

お願い致します。


あなたの馬鹿な息子より』


手紙は途中から始まっていた。名前の載らない手紙。それでも父が祖父に宛てたものだと分かる。

悲痛な叫びを綴った私の知らない父の姿。私を愛する父の姿。彼は何をしようとしていたのか。彼とは?

読み終わったとき、私は涙を流していた。ぐいっと乱暴に頬を拭う。頼まれた通り、祖父は私たちを見守り、父のことを秘密にしていた。私はこうして知ることが出来たが、母は知らずに逝った。


父の愛を知っていれば、母は死なずに済んだかもしれない…


いや、止めよう。今更だし、後悔したのは私よりも祖父のはず。だからこうして祖父は私に残した。

答えのないものをわざとこねくり回して考えると、冷静になっていく自分がいる。


この手紙を置いたのはスネイプ教授だろう。きっとこの部屋を使う上でどこからか出てきた。

私はずっと祖父の部屋を片付ける気にはなれずにいた。この手紙に気づくのは何年先、何十年先、或いは知らずに終わったかも知れない。

あんな風に出ていくことになっても、彼はこの手紙をテーブルに残して行ってくれた。私が気づけるように。


スネイプ教授にお礼を言いたい


次第に高まり沸く感謝の気持ちがじーんと胸の奥から迫り上がる。リリーは素早く手紙と写真を封筒に戻すと、大切に懐に仕舞い込んだ。


「ホグワーツに行ってくる」


顔を出したキッチンで、不安そうな二人と目が合った。夕食を待っていてくれた二人に心の底から謝って、リリーは微笑む。


「大丈夫。スネイプ教授にお礼を言ったらすぐ戻るから」

「お礼?」

「帰ってきてから話すよ」


「じゃあ」と質問を打ち切るように扉を閉めた。移動する手間も惜しく、リリーはその場で回転する。バチッという独特の音が、キッチンにいる二人にも届いた。






スネイプは校長室から地下の私室へと向かっていた。ルーピンのことを問い質すつもりでいたが、これも計算のうちかダンブルドアは留守だった。

日が沈んだとは言え生徒のいない城内に灯りはなく、杖を頼りに廊下を闊歩する。スネイプの足音だけが支配する空間。心音のようなリズムに、満ち溢れていた憤りもいつしか鳴りを潜めた。

玄関ホールから地下への階段を下り一分も歩かぬうちに、自分の出す布ずれと靴音に混ざり誰かの声が聞こえた。高く細い聞き覚えのあるそれは一人の女を思い起こさせたが、ここにいるはずはないと考え直す。

スネイプは息を潜め足を忍ばせ奥へと進む。女の持つ杖からの灯りが、見知った輪郭を浮かび上がらせた。


「何故ここにいる、エバンズ」


スネイプの眉間にある深い渓谷が不満しかないと告げる。すぐに追い返してやる。顔を照すように持ち上げた杖を眩しそうに避け、リリーはにこりと口角を上げた。


「お礼を言いに来ました」

「お礼?」


つい今し方、ここへ来る直前に聞いたばかりの言葉に笑いそうになるのをグッとこらえ、リリーが続ける。


「祖父の残した封筒です」


スネイプは思い当たるものがある、と眉間を一瞬緩めたものの再び力を入れ、連動しているかのように口を真横にぎゅっと結ぶ。


「スネイプ教授が、見つけてくださったんですね?」

「…さよう」


間に返答への躊躇を見せ、やがて観念したかのようにスネイプが答える。


「ありがとうございます!」


暗がりの中お互いをよく見ようと平素より近づいていた距離を、スネイプは半歩下がることで勢いよく下げられたリリーの頭を躱した 。


ありがとうございます?


その言葉には心当たりがないと訝しげな視線を目の前の後頭部に送るが、一向に上がる気配はない。


「おい、頭を上げろ」


声をかけ、肩を杖先でつつくことでようやく頭が上がる。リリーは薄暗い中でもハッキリと分かるほど晴れ晴れとした表情で、スネイプを真っ直ぐ捉える。


「スネイプ教授が教えてくださらなかったら、私はこの手紙の存在を知らずに生きていくところでした」


そう言われ、ようやくあれが彼女の祖父からの手紙だったことを知る。他人には言えないような過程で見つけたものを、こんなにも感謝されようとは。見つけられることを望んだ手紙に、大して考えもせずテーブルへ投げ出した。あれが正解だったのか。


「この中には、私の知らない父がたくさん詰まっていました。私たちは父を誤解していた…。本当に、本当に、ありがとうございます!」


少しでも多くこの感謝が伝わりますように。リリーは側にあったスネイプの杖腕を引き寄せ、杖を握るその上から、両手で包み込んだ。

振りほどかれなかったことに安心したリリーが僅かに力を込める。ビクリと、手のひらの中が震えた。グッと力が込められたのを感じ、振りほどかれてしまう前に手を離す。


「帰ります。お時間取らせてしまってごめんなさい。一週間で戻りますので、その時また伺います。では、失礼しました」


言いたいことを一方的に投げ掛けて、軽く頭を下げたリリーはスネイプの横を抜ける。ふわりと浮いた髪から垣間見るリリーの瞳は勇ましく、力を漲らせていた。


地下に残されたスネイプは、ここではないどこかに置き去りにされたように錯覚した。杖を下ろせば、目を閉じているのか開けているのか分からない闇が襲う。

何も見えない黒の世界に、彼女の強い目だけが浮かんでいた。







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