29 大団円


事件解決の盛大なパジャマパーティからもう1週間が経とうとしていた。ジニー・ウィーズリーの生還、ギルデロイ・ロックハートの記憶喪失、トム・リドルの日記の破壊。勇敢なポッターとウィーズリー両少年は、《本》以上の大きな怪我を抱え、それでも笑って帰還した。


また私のせいで、人が傷ついた


マダム・ポンフリーの治療で休暇前にはすっかり治っていたが、それでも私の傷は治らない。治るべきではない。この見えない傷は、私の咎だ。永久に抱えて生きるべき苦痛。




生徒を見送ると、ホグワーツで過ごす初めての夏休みがやって来る。記憶を失ったロックハートを除きすべてが元通り。《本》の示す未来へとまた一歩近づいた。

そして元通りとならなかった存在がここにも。


「ドビー、あなたは自由な妖精でしょ?声をかけたのは私だけど、毎日私に付き従う必要はないよ。そんなに給料だって払えない」

「いいえ、リリー・エバンズ!ドビーはお給料を十分にいただいております!それに家の掃除は済ませてきました!」


零れそうな目で見上げながらにこにこと、私の背を追うことこそが幸福だとでも言いたげにドビーはペタペタと付いて回る。


ポッターが秘密の部屋から戻ったあの日、私は薬を届けた医務室から抜け出して、マクゴナガル教授の私室へと向かった。《本》の予言を最後まで見届けるためだ。ドビーがマルフォイ家から解放されることは、ロックハートが記憶を失うことより遥かに重要だった。

そして以前ポッターが投げたフィリバスターの長々花火をアシストしたように、ルシウス・マルフォイの投げた靴下を強いすきま風でドビーの手へ運んだ。

そのすぐ後(勿論ポッターには見つからないように)、私は迷わず声をかけた。『次の仕事先が見つかるまでの間、私の家に住む代わりに掃除と雑用を引き受けて欲しい』と。自由になったドビーが再びポッターの前へ現れるまでは無職の期間が続いたと《本》にあったためだ。

週に一度、家の掃除と古書店の風通し、気まぐれに配達される店への手紙を私に届けて1ガリオン。《本》でダンブルドア校長が提示したものと比較して、安すぎることはないはずだった。

いや、寧ろ高かった。《本》でも彼は給料を値切っていたが、私の場合は週に一度と言わず毎日働くと言ったのだ。




そして今、彼は起きたばかりの私の寝室へベッドメイクをしに行った。テーブルには日刊予言者新聞とゴブレットに注がれた冷たいハーブウォーター。口ではああ言ったが、有り難く奉仕は享受する。こんな生活が続けばとことんダメになりそうだ。

他の屋敷しもべ妖精と同じく普段は姿を見せない彼も、朝の挨拶だけは欠かさなかった。ダンブルドア校長の許可も取り、しばらくは律儀な彼に絆されることにする。


「ドビー?私は出てくるから好きなように過ごしてて」

「はい!ドビーは家事が好きでございます!」


寝室から飛び出してきた彼がキーキーと甲高い声と共にお辞儀する。足にはポッターの靴下を履いて、身体には私のお古のシャツ。これだけ甲斐甲斐しければ今度子供用の服を見繕っもいい気になる。

今後の私の活動において、ドビーの存在と友好関係は非常に有益だ。現在、学外において私の影響は見られていない。恐らくドビーの就職活動は難航しただろうが、こうして身を確保しておくのも策としてアリだろう。

不躾な言い方をするならば、便利な分身が出来たと言える。薄暗い私の未来に光が差したようだった。祖父の好きだった昔のヒットソングを口ずさみながら、軽やかに踊る足取りで階段を下りる。


「おはようございます」

「おはよう、リリー」


昨日は混雑していた職員室も、今はマクゴナガルがいるだけだった。夏休み中は決められた食事の時間もなく、それぞれがゆっくりとした朝を過ごしている。

フリットウィック教授曰く、毎年試験の影響で夏休み入ってすぐはてんてこ舞いらしい。しかし今年はそれがない。寮監以外の先生方はうきうきと昨日のうちにホグワーツを出ていった。


「マクゴナガル教授はいつ帰省されるご予定ですか?」

「新入生の状況次第ですが、1週間後には一旦帰れますよ。それよりも、あなたは帰る気がないというのは本当ですか?」

「えぇ、はい。私は残ります」

「私は長らく教師を続けてきましたが、あなたの古書店で教科書を用意した子を何人も見てきました。夏休みの間だけでも開けたりはしないのですか?アルバスもそのくらいの副業、お許しになるでしょう」

「売りたい方からの問い合わせはあります。ですが私は……」

「夏休み中、学校にいるのはアルバスとハグリッドくらいです。シビルとセブルスも殆んど学校にいるようなものですが」

「帰っても一人ですし、古書店はうちだけではありませんから」


帰りたいと思う気持ちはある。ドビーに本は無事だと報告されても、自分で確認したいと思うし、祖父との思い出の詰まった場所だ。キッパリと忘れ去れるはずがないし、いつかは帰るつもりでいる。

しかしたった3日の休暇ですらリーマスを煩わせてしまった。それが夏休み中ともなると誰だって遠慮しようと思うだろう。

そんなリリー心の内がついつい顔に出たらしい。望んで帰省しないわけではないと勘づいたマクゴナガルの視線が心配そうなものへと変わる。


「残る理由があるのですね?」


確信めいた強い口調に一瞬たじろいでしまう。今更繕ったところで誤魔化せそうにない目に、どうしたものかと思案する。

私が残ると知って、ハグリッドとは大々的に禁じられた森への案内の約束をしたし、スプラウト教授には温室の管理を任された。そして今日はこれから薬草の採集に出掛ける予定だ。イースター休暇中のようにスネイプ教授にお願いして、地下牢教室使用の約束も取り付けてある。決して心残りばかりではないのだ。


「何か仕事を押し付けられたのですか?」

「え、いえ、そんなことは!」

「休みに休まなくていつ休むのです!」

「お話し中のところ失礼する、ミネルバ。エバンズには先約がある」

「セブルス、あなたですか!リリーに仕事をさせているのは!」

「いえ、マクゴナガル教授、ですからこれは」

「我輩には、全く以て覚えがありませんな」


場を乱しに来たとしか思えないタイミングでのスネイプ教授の登場は、偶然ではない。薬草の採集をするにあたり、新しい自生場所への案内と最適な選別をご教授願おうと約束を取り付けていたからだ。

夏だというのに真っ黒な出で立ちの彼は、片眉を上げ肩を竦める。手にはいつかのピクニックバスケットを持っていた。






午前10時の少し前、スネイプはそろそろかといつものカゴを手に取った。長い1年が終わり、ようやく静かな夏がやって来た。

――はずだった。

毎年休暇の殆んどをホグワーツで過ごすことにしている。今年も変わらぬ年になると、そう思っていたのに、あの女は突然やって来た。

あの女――リリー・エバンズは再び地下牢教室を借り受けたいと言ってきた。イースターで飽きたのかと思えばそうではないらしい。

ダンブルドアの言葉の手前、理由もなく断るわけにはいかず、渋々了承したのが昨日のこと。礼にと薬草採りを買って出るのは良いが、物になるまで教え込むのはこの自分だというのをあの女は分かっているのだろうか。

するりと近付いてきては騒ぎの渦中に身を置き心に蓋をして躱してみせる。拙い工作のくせに肝心な部分は見せない。薄闇に生きた人間かと思えばくだらないことで笑い、嘘偽りなく生徒の安否を気にしてみせる。


まるで分からない


これはあの女への監視に他ならない。地下を貸し渡すことも、薬草採りも、すべて。


廊下にまで漏れ聞こえるかつての恩師で今は同僚の感情に走った声。ここへ入らなければならないのかと面倒さに眉間に力が入る。


「お話し中のところ失礼する、ミネルバ。エバンズには先約がある」


突如吹っ掛けられた濡れ衣の礼はたじろぐ目の前の女にあとでしっかりと返してもらおう。忍び笑いを押し殺し、スネイプは目を吊り上げる恩師に肩を竦めた。







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