24 イースター休暇


気候もスリザリンの後継者による襲撃事件も穏やかなまま、イースター休暇がやって来た。クリスマス休暇とは違い、多くの生徒が残ることを決め、ホグワーツは賑やかさを保っている。

ある者はクィディッチの練習に励み、ある者は迫る試験に追われ、ある者は地下牢教室で大鍋と睨み合いを繰り広げていた。


「エバンズ……エバンズ!」

「はいっ!」


突如響き渡る怒声に顔を上げるは妙齢の女。湯気で上気した頬を扇ぎ、声の主に向き直る。


「どうかされましたか、スネイプ教授?」


教授と呼ばれた男は、何事かと首を傾げる女に深いため息をつき、時計を指差した。


「昼食は30分前に済んだ。そのうちミネルバが乗り込んでくるぞ」

「あ!あぁー!」


一度目に上げた声は確かに時計を見ていた。だが二度目の叫び声は沸々と揺らぐ大鍋へと向けられている。


「またダメでした。んー問題はクリスマスローズのエキスではないのかも」


報告にチラリと男を見たあとはぶつぶつと独り言を呟き始めた女に、スネイプは二度目のため息を漏らす。そして彼女が大鍋の中身を少し小瓶に掬い取り、メモを書き終えたのを見届けてから、再度声をかけた。


「食事には出ろ。我輩が迷惑する」

「ご迷惑をお掛けしてます。ここまで集中して魔法薬に取りかかれるのは休暇中くらいですから、つい。スネイプ教授もたまに食事をお忘れですよ」

「我輩はたまに、だ。君は頻繁にだろう。ここに料理の匂いを持ち込むな」

「分かりました、他所で食べます。ですがこうなった原因はスネイプ教授にもあるのでは?私にクリスマスローズのエキス作りを任せるから、こうしてエキスを利用した調合にも興味が湧いて――」

「そのエキスを使い切る勢いではないか」

「また作りますのでご安心ください」


清々しい笑みの女に三度ため息をつき、スネイプは部屋を出ていった。残されたのはリリー一人。


消火を確認し、大鍋の中身を杖の一振りで消す。石の水盤で手を洗うと、入り口に置かれたトレイへと近づいた。そこには持ち込むなと言われたばかりのサンドイッチと程よく冷えたカボチャジュース。置いたのは、そう言った張本人。

心配したマクゴナガル教授に無理矢理持たされたといったところだろうが、こうして置いて行ってくれる。役に立つかも分からない私の気まぐれに部屋と備品を貸してもくれるのだから、感謝してもしきれない。

お礼にと、リリーは自生している薬草の採取を一手に引き受けた。初めこそ選別が足りないだとか乾燥の仕方が悪いだとかのお小言を貰っていたが、何度目かからはそれもなくなった。からっとした春の陽気に植物はスクスクと成長し、薬材在庫も潤ってきている。

サンドイッチを掴み上げ、手を止める。ここはついさっき飲食厳禁になった。ならば仕方なしとトレイを持ち上げ、スネイプ教授のいるであろう研究室の扉を叩く。


「リリー・エバンズです」


返事はない。しかし鍵はかかっていなかった。そっと僅かな隙間から覗き込めば、部屋の主はそこにいた。集中して気付いていないらしい。青紫の煙をもうもうと焚きながら、杖と柄杓を駆使して大鍋を操っている。

鍵をかけていない日は、入っても危険ではない日。が、流石にサンドイッチ片手にお邪魔するのは悪いだろう。彼の私室のソファを借りられないのなら、大広間か外か。5分もあれば辿り着く。

とは言え、たかがサンドイッチ2つを頬張るために移動するのも億劫だった。ひっそりと扉を閉め、壁を背にずるずるとしゃがみ込む。

一つはハムとキュウリのオーソドックスなホワイトブレッドのサンドイッチ。ホグワーツへ来て初めてハム入りのものを食べた。あっさり爽やかなキュウリを損なうことなく塩っけのあるハムが食欲をそそり、自宅でもよく真似をした。

もう一つはコロネーションチキンが主役のブラウンブレッドのサンドイッチ。ふわりと控え目なカレーにレーズンの甘さがマッチして、ホロホロと崩れるチキンがとても美味しい。

最後にカボチャジュースを飲み干して、一息つく。そろそろ午後の活動へ戻ろうかというとき、右隣の扉が開いた。顔を覗かせたのは他でもない、スネイプ教授。


「何をしている」


正確には、「何故ここで食べている」。何をしているかなど一目瞭然だ。それに眉間のシワの数が知りたいのは「何を」ではないと言っている。


「強いて言うなら、消去法です。サンドイッチ、ありがとうございました」


一見成り立っていない会話も、自分たちが通じていればそれで良い。流石に以心伝心は夢を見すぎだが、このくらいの疎通なら交わせるようになった。勿論、私が一方的にそう思っているだけの可能性は大きい。


「声を掛ける程度の頭も働かんとは嘆かわしい」

「随分と集中されていたようで。気になさらないでください。どこで食べても料理の味は変わりませんから」

「……我輩が部屋にいる間、ソファくらい勝手に使え」


ほら、伝わった


嫌味な言い方も、タイミングを見誤らなければ怒られることはない。応酬も手慣れたものだと思う。


「ありがとうございます。次はお借りします」


すっと立ち上がり、ローブの砂埃を叩いた。午後も研究の続きをするつもりだったが、ふと今日は朝から地下牢教室に籠りきりだと気付いて予定を変える。


「天日干し中の薬草の様子を見てきます。他にお仕事はありますか?」

「ない。休暇中は休め」

「十分好きなことをさせていただいてますよ」


実際、これで良いのかと不安になるほど伸び伸びと過ごしている。ハグリッドとセストラルの個体数を確認したり、温室の一角を借り受けハーブを育て始めたり、ダンブルドア校長主催のちょっとしたお茶会にも参加した。


地下を出て向かったのは城の西側、温室や野菜畑のすぐ側。シートの上に広げられたニワヤナギ、トモシリソウ、クリスマスローズらが太陽を燦々と浴び風に晒されていた。

リリーの気配に気付いた少女がパタンと本を閉じ、立ち上がる。


「こんにちは、グレンジャー」

「こんにちは、エバンズ先生」

「もしかして探してくれてた?ごめんね、今地下牢教室に籠りきりだから、訪ね難いでしょ。何か質問かな?」

「はい。三年生の選択科目を私、全部受けようと思ってるんです。それで、エバンズ先生は12OWLだと聞いたので、話を伺えればと……」

「あぁ、なるほど。座って」


透明な魔法のベールを杖で救い取り、カラカラになった薬草を裏返しながら、何を言ったものかと考える。バラしたのはロックハートかフリットウィック教授だろう。グレンジャーはグリフィンドールだから、マクゴナガル教授の可能性もある。隠す必要はないが、こういった相談事はとんと苦手なのだ。


「分かっているだろうけど、大変だよ。大変だし、大変さを周りに理解してもらえない。全部自分で管理するんだ。勿論、教授方はサポートしてくださる」

「被った授業はどうやって受ければ良いですか?」

「それは選択が決まり次第、マクゴナガル教授が教えてくださるさ」

「…………」

「ちょっと不安?」

「はい、少し。先生はどうしてすべての科目を受けようと思われたんですか?」

「勉強以外にやることがなかったから」

「え?」

「友達もいなくてね、陰気なガリ勉ちゃんだった。他に打ち込むこともなかったから、お陰で首席さ」

「そんな、先生は素敵な人です!」

「ありがとう。グレンジャーならきっとこなせるよ。でも気が変わったら、すぐにマクゴナガル教授に相談すること。私が言えたことじゃないけど、学生は勉強が全てじゃないからね」


ポッターと近しいが故に、彼女は他より多くを背負うことになるだろう。だが彼女の武器は学びの中にもある。彼女の頭脳なくして話は進まない。


「ありがとうございました」

「参考になれなくてごめんね」


眉尻を下げて笑うリリーに、グレンジャーは首を横に振り、ニッコリと笑った。パタパタと駆けていく彼女を見送って、十代の子供が背負うには重すぎる《本》の予言を憂う。

それでも、彼らはやり遂げるだろう。イギリスの、魔法界の未来を拓く。私が、足を引っ張りさえしなければ。

もうすぐ休暇も終わる。5月にはクィディッチ戦があり、グレンジャーは5ヶ月ぶりの犠牲者となる。


気を引き締めなくては


安穏とした春の陽気を遮るようにローブを翻し、気の抜けたままの地下牢教室へ立ち寄った。油断を切り捨て、調合道具の汚れと共に洗い流していく。

リリーの急な行動にスネイプは驚きと疑念の目を向けたが、リリーはそれを笑って躱した。

ビーブズの歌声も何かの破裂音も、今は遠くに聞こえる。忍び寄る夏の香りだけがすぐ側でせせら笑っているようだった。







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