23 ホグズミード


今年初めてのホグズミード日がやって来た。と言っても、教職員は必要に応じて行くことが許されているため、生徒ほど羽を伸ばすことはない。城内の居残り組とホグズミードの見回り組を適当に分け、各々ゆっくり過ごすだけ。

今日のリリーは見回り組だった。ホグワーツに保護されている身分とはいえ、敷地から出ずに過ごすのは息が詰まる。ダンブルドア校長も、そこまで五月蝿くは言わなかった。認知されていない分ポッターより安全だ、というのはリリーの見解。それに、既にこっそり抜け道からホグズミードへは行ったことがある。

学生時代のリリーにとってホグズミードは消耗品の補充をする場所だった。ハニーデュークスやゾンコには用もなく、初めてバタービールを飲んだのも七年生になってから。つまらないとは思わなかったが、別段面白くもない学生生活だった。

朝食後立ち寄った職員室で、居残り組の教授方からお使いを頼まれた。ついでだからと安請け合いし、メモは1枚から2枚へ、2枚から3枚へと次第に増える。

ロックハートの有り難い申し出により、荷物持ちを手に入れて、二人はホグズミードへと繰り出した。


「以前、私の5冊目出版記念で、羽根ペンをプロデュースしたことがありましてね。白鳥を用いた、それはそれは美しいロックハートモデルでしたよ。数が用意出来ず非常に残念です」

「孔雀ではなく、白鳥?ファンは大喜びだっただろうね」


メインが見回りであるため、早々に買い物をしては荷物になる。目的もなくふらふら歩いては、冷やかしに店を覗いた。

30分も経っていない頃、不意にロックハートの言葉が途切れた。そしてリリーではない誰かとのやり取りを始める。何かあったのかと窺えば、彼はファンの女生徒たちに囲まれていた。輪には話を聞き付けたマダムも数人いる。


そう言えば、彼はちょっとした有名人だったっけ


ボロを出した情けない姿や《本》の予言を知らない者にとって、まだまだ彼はスターだ。サインだ何だと求められるまま、その旺盛なサービス精神で対応している。


これは放して貰えそうにないかな


彼女たちとは違い、どうしてもロックハートを連れ歩きたいというわけではない。荷物持ちがいなくなるのは残念だが、割り入って座を白けさせたくもない。

輪の外からロックハートに合図して、「私は行くよ」と手を振る。一緒に行くと言い出した癖に、彼はにっこりスマイルで申し訳なさの欠片も見せずに了承の手を上げた。


さて、次はどこへ行こうか


身軽にもなったし、気になるのはホッグズ・ヘッドと村はずれの洞窟。しかしホッグズ・ヘッドには何がいるか分からず、余計な者の気を引くのは得策ではないし、洞窟への道は大雑把な《本》の記述では難しいだろう。


行く当てもなくふらりふらりと見て回る。《呪い》に当てられ寄ってきた男を適当にあしらって、ハイストリートを南へ進んだ。

ちょうどマダム・パディフットの店へ曲がる路地が見えたとき、似つかわしくない真っ黒なマントがふわりと舞うのを目にした。リリーは胸が好奇心で溢れかえるのを感じ、すぐさま後を追う。

ヒラリ、ヒラリ、入ったこともない道を、見え隠れするマントを頼りに進んでいく。そして、三度目の角を曲がった。


「我輩に何の用だ」


ギュッと心臓を掴まれた。ただ声を掛けられただけにも拘らずバクバクと主張し続けたままなのは、リリーに疚しいところがあるからだ。さして隠す気はなかったが、所謂尾行をしていた。偶然を装ったところで今更この男に通じるとは思わない。


正直に言ってしまった方が無難か


「スネイプ教授がマダム・パディフットへの路地を入られたので、興味本意でついてきました」


意味はないと知りつつも、人好きのする笑顔で答えた。探るような目を避けて、ここはどこかと周囲を観察してみると、三件先に寂れた看板が一つ。


「用があるのは薬問屋だ」


視線の先を察してか、吐き捨てるような口調でスネイプ教授が教えてくれた。知る人ぞ知る場所の、商売っけのない佇まい。目の前の男はそこに違和感なく溶け込んでいる。


「ご一緒しても?」

「路地からご一緒だったはずでは?」

「そうでした」


冷たく鼻を鳴らしながらも拒否を示さない男の背に従って、入店を知らせるカウベルを揺らす。スネイプ教授の研究室を彷彿とさせる店内に、思わず感嘆の声をあげた。

何かの臓物に、初めて見る植物。瓶のラベルを見ても頭を傾げるものばかり。馴染みのある材料もあるにはあるが、初めて見るものがその多くを占めていた。ここはそういったものが集まる店なのだろう。


「行くぞ」


ものの5分で買い物を終わらせたスネイプに連れられて、カランコロンと響かせる。何を買ったのかは見えないが、抱えた紙袋からはガラスの擦れる高い音がしていた。


「お持ちしましょうか?」


辞令的に声はかけたが手は下げたまま。寧ろ持ってほしいのはこちらだ。今からお使いを遂行して帰らなければならない。運よくフリーになったロックハートを拾えたりはしないものか。


「持つ気がないなら言うな。手が足りんのはそちらの方だろう 」

「ご存じでしたか」

「とんだお人好しだな」

「下っ端ですから」


カサリとポケットから取り出したメモを見る。ダービッシュ・アンド・バングズ、スクリベンシャフト、ハニーデュークスに三本の箒。

取扱い注意の魔法用具を抱えながらバタービールの瓶二本をぶら下げるのか。手軽に浮かせてしまいたいが、それを許されていない生徒の面前で使いたくはない。


「では、私はこっちなので」


真っ直ぐ城へ帰るであろうスネイプに、リリーは反対方向を指差して別れを告げる。しかし彼は立ち止まったまま器用に片眉を上げ、ため息をついた。


「何か?」


小首を傾げ問うと、「何も」と短く返しそのまま彼はハイストリートをメイン通りへ向かった。人混みへ溶けていく背を見送りながら、先程の彼の様子が脳裏を去来する。


何だったんだろう……


ジャリ、と目的の店に足を向けて、はたと気づいた。まさか――いや、きっとそうだ。

私は何度も彼の優しさに触れてきた。直接的ではない故に気付かず流してしまったとは。慌てて駆け出した足は人の往来を縫うように進み、ひょろ長いコウモリを探す。


「スネイプ教授、スネイプ教授!」


視界を掠めた黒いマントに振り向いてほしい一心でかけた声は思いの外響き、無関係の人間まで巻き込んだ。ぐいと引かれた腕によろめくと、通りの端に引きずられる。覗き見た横顔に安心してされるがままついていくと、僅かに顔を赤くさせ、キッと睨み付ける目がこちらを刺した。


「こんな場所で叫ぶな!好奇の目に晒されるのは我輩だ!」

「申し訳ありませんでした、スネイプ教授。それで……あの、買い物、付き合っていただけませんか?」


怒らせた後に頼み事など、成功率は限りなくゼロに近い。今日は色々と失敗したなと反省しながら断りの言葉を待つ。


眉尻を下げた諦めきった顔で窺われ、スネイプは返事に戸惑った。別れる前は確かに乞われれば貸しを作るのも吝かではなかったが、名を叫ばれた瞬間その情けも消え去った。

――はずだった。

スネイプは返事の代わりにリリーの腕を掴み、無理矢理方向を変えさせた。そしてぐいと強めに背を押す。踏み出した足はハイストリートの奥、ダービッシュ・アンド・バングズの方角。

リリーが勢いよく振り返れば、いつもの眉間を一層深くさせたスネイプに歩けと首の動きで促された。


「ありがとうございます」


緩む頬を隠すように前を向き、付いてくるゆったりとした足音をBGMに買い物をスタートさせた。

真っ黒な男を隣に従えての買い物はとてもスムーズだった。自分で抱える荷物は減るし、通りではぶつからないよう然り気無く誘導してくれて、おまけに生徒は自然と避けていく。

影のようではあったが、ハニーデュークスにだけは入りたがらず、クスリと笑っていつもの睨みと眉間のシワのセットを向けられた。生徒で溢れかえるポップな店先に立つ黒い姿も、それはそれでなかなかに目を引くものがあった。


ホグワーツへの帰り道。偶然居合わせたロックハートに薬瓶以外の荷物を押し付け、スネイプは滑るようにペースを上げて歩き出した。リリーは慌てて後を追い、ハニーデュークスで買った小箱を差し出す。


「今日はありがとうございました。これ、甘くないのでお茶請けにしてください」


無言ながらもスネイプ教授は受け取ってくれた。足を止めたリリーの横を、今日一番の風が暖かさを孕んで吹き抜ける。







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