22 バレンタイン


とうとう2月14日がやって来た。《本》の筋書きとしては、今晩ポッターがトム・リドルの日記の仕掛けに気づく。だがたとえそれが起こらなくとも、何れは起こるのだと思えた。

日記の移動も少し日は遅れたが、状況から考えて、私が何もしなくとも日記はポッターの手に渡ったはずだ。それに次に大きく動くのはイースター休暇明けのクィディッチ戦。3ヶ月ほどはゆっくりとした時間が流れる。その間に少しずつ話が進んでいけば良い。

寝ている間に自室に飾られていた花束と匿名のカードに無視をして、大広間への階段を下る。


「おはよう、ギル」


道中で合流したロックハートはどこに売っているのか分からない目映いピンクのローブに包まれて、同じくキラキラとした笑顔を纏っていた。


「おはよう、リリー!バレンタインおめでとう!」


バチンと音のしそうなウインクを投げられて、自然な笑顔が愛想笑いへと変わる。リリーはしげしげとピンクのローブを見つめた。


「張り切ってるね」

「特別に作らせました。ですが大広間はもっと素晴らしいですよ!」


ジャジャーン!と口ずさむロックハートの手振りに合わせて大広間を眺めれば、どこもかしこもピンクピンクピンク。席へ着くまで舞い散る紙吹雪を払い除けつつ進まなければならないので、非常に厄介だった。

いつもなら後をくっついて隣に陣取るロックハートが、この日ばかりは真ん中にいた。ダンブルドアが喜んで席を譲る姿に、マクゴナガルが険しい顔をしている。

少し遅れてスネイプがリリーの隣に座った。そこがロックハートから最も遠い席だった。顔には来なければ良かったと書いてある。教授方の痛い視線にもロックハートは気付かないまま、いつものお喋りをスタートさせた。


「バレンタインおめでとう!」


楽しそうなロックハートも、考えることを放棄した教授方の顔も、戸惑う生徒も、はしゃぐ生徒も、すべてが可笑しくなって、リリーは一人、震える肩を耐える羽目になった。視界の端で恨めしそうなスネイプの漆黒が光る。


「さぁ、スネイプ先生に愛の妙薬の作り方を見せてもらってはどうです!」


リリーはとうとう耐えられなくなって、口元を押さえた。しかし洩れ出る笑い声をスネイプには隠し通せなかった。途端、ペシッと後頭部を叩かれる。そんな挙動も今のリリーには笑いを助長させるものにしかならず、一層肩を震わせた。

朝食を終え、次々にピンク広間から解放されていく中、リリーはロックハートの肩を叩く。


「ギル。私、バレンタインって苦手だったけど、今年は楽しめそうだよ。ありがとう」


傍のマクゴナガル教授が肩を竦めたが、これは皮肉でもなんでもない。どうせ《呪い》に魅せられた偽りの好意を匿名から押し付けられるのなら、奇妙な小人が歌ったり他人の前で騒いだりしている方がエンターテイメントとして受け取れる。まぁ、青春真っ盛りの生徒たちにとっては、一世一代の大勝負なのだろうが。

朝食そっちのけでペチャクチャと喋りだしたロックハートに話し半分で頷き、早々に切り上げた。大広間の隅ではまた一人、小人の歌を聞かされ始める。

リリーは気まぐれに杖を振り、舞い落ちる紙吹雪を集めてハートを形作った。そして弓を射るような仕草と共に、ハートを破裂させる。あちこちから上がった歓声と拍手に片手を挙げて応え、一限目に世話になる温室へと向かった。

朝から大笑いするなんて数十年振りで、今、相当浮かれているのだと自覚する。

クスリと零れた笑い声は誰に気づかれることもなく、ひっそりと校庭に消えていった。




お昼になっても、大広間は相変わらずのピンクだった。紙吹雪は止まっていたが、小人の行進には時折鉢合わせた。すっかり慣れた様子の生徒たちは、自分の聞いた小人の歌について嬉々として情報交換している。初々しいカップルも誕生しているようだった。

玉子サンドと豆のスープで昼食を済ませ、午後の魔法薬学の準備をするべく地下へと向かう。大広間に姿がなかった担当教授は既に教室にいるのだろう。

コツコツと一人分の足音は次第にドタバタと複数のものとなり、眉を潜めて振り向く。しかし目線の高さはいつも通りの地下廊下。音は下から聞こえていた。


また出た。小人たちだ。


午前の薬草学で、リリーは既に二曲分聴かされていた。今度は休み時間なだけましだろうと足を止める。が、当の小人たちは止まらない。どうやら届け先は違ったらしい。


では誰に?


この時間のこの場所に、人がいるとしたらそれは一人だ。リリーは目的の教室前で屯する小人たちを押し退け、扉を開いた。案の定、そこにはセブルス・スネイプがただ一人。


「セブルス・スネイプ、あなたにです!」


小人たちは金色の翼を机にぶつけながらハープを掻き鳴らした。余計なものを持ち込んだと、今朝のロックハートを見るかのような眼光のスネイプ教授に、私は関係ないと肩を竦めて見せる。


♪深い闇に包まれたあなたの瞳 湖の奥底のよう
 お揃いの黒い髪 寒い冬の星空のよう
 背伸びしたって近付けない あなたは先生
 厳しい眼差しに隠された 優しい心♪


幾度となく降り下ろされたスネイプの杖にも負けず、とうとう小人たちは歌いきった。他人事だとこうも楽しいものかと、リリーから惜しみない拍手と口笛を受け、小人は退場する。

残ったのは、バレンタインのバの字でも発した瞬間、口にネズミを詰め込んでやると息巻いたスネイプ。リリーは弧を描く口角を無理矢理への字に曲げて、両眉を上げたまま未だ歯を剥き出しに威嚇している男に背を向けた。


「準備、進めます」


声は少し震えていた。誰かの想いを笑ったわけではない。ただ小人を見た瞬間の教授の顔や、大人げなく止めようとむきになる姿が、どうしようもなく笑いを誘った。

普段、生徒に厳しい彼だが、こうして目を曇らせることなく(盲目にはなっていても)見てくれている人がいる。求める愛を与えられることなく生きる彼に、愛を与えたい人がいる。荒野に一人生きようとする彼にも照らす陽がある。その事実にじんわりと胸が温まった。


彼の優しさに気づいているのは、私だけではなかった。


嬉しい反面、少し寂しい。喜ばしいのに、チクリと何かが胸を刺した。


午後の初めの授業は三年生のレイブンクローとハッフルパフ。いつも以上に不機嫌な彼の理不尽な減点三昧の理由を知るのは、私だけ。







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