クリスマスの翌日。朝食の時間には目が覚めたものの、グワングワンと脳みそが引っ掻き回される感覚にベッドから起き上がれなかった。昼前になって、未だダンスパーティを繰り広げる脳みそに渇を入れ、ようやく動き出す。
グレンジャーの様子が気になり医務室へ向かおうとした道すがら、酒など微塵も残っていない様子のマクゴナガル教授に呼び止められた。
「リリー、ミス・グレンジャーは暫く授業に参加しません。何があったかは話したがりませんが、欠席する分のサポートをお願いしますよ」
「はい…」
「どうしたのです?」
「二日酔いで…」
「弱かったのですか?あまり呑んではいなかったでしょう」
「あーいえ、あの後二軒梯子して、ちゃんぽんしたようなもので…」
正直に打ち明ければ盛大なため息で返された。長いお小言を覚悟して身を硬くするが、意外にもあっさりと解放される。
「随分と楽しめたようですね。次からは節度を弁えるでしょう。ポッピーに薬を頼んでから、グレンジャーと授業の相談を頼みましたよ」
タータンチェックの背中を見送って、逆方向へと歩き出す。《本》の通り、ポリジュース薬は使われた。ポッターたちがどんな会話をしたかまでは把握できないが、概ね筋書き通りだと仮定しておこう。
痛む頭を抱えて医務室の扉を開けると、音を聞き付けたマダム・ポンフリーが事務室から顔を覗かせた。ツカツカと詰め寄る彼女の眉間にはスネイプ教授もビックリのシワが刻まれており、私が口を開くまでもなく見透かされているようだった。
「マダム、申し訳ないのですが、酔い醒ましの薬をいただけませんか?」
「ここは学校です!そのような薬を置いているはずがありません!」
「マダム、お願いです、声を落として…」
マダムの言い分は尤もだ。未成年だらけのこの場所で、二日酔いになる人間など他にいようか。教授方だってご自分の適量を守っているはず。犯した失態に情けなくなる一方だった。
「薬がないのが、いい薬です!」
態とらしく声を張り上げて肩を怒らせ、マダム・ポンフリーは元いた部屋へと戻ってしまった。残されたリリーは唸る頭のまま、カーテンで仕切られたベッドへと近付く。
「騒いでごめんね、グレンジャー。入ってもいい?」
中からは弱々しく気乗りしない了承の返事。そこには毛むくじゃらで縦に伸びた瞳孔を潤ませ、ベッドに腰かけるグレンジャーの姿があった。ペタリと耳を伏せ、丸めた尻尾を身体に添わす姿がなんとも労しい。
「マクゴナガル教授にも聞いただろうけど、新学期が始まって姿が戻るまでは、私がここで補講する。だから勉強の心配はしなくていいよ。羽根ペンは持てそう?」
「はい、たぶん…いいえ、先生…」
「なら杖も難しいかな。手が戻るまでは何か方法を考えるよ」
「ごめんなさい…」
「気にする必要はないよ。誰にだって失敗や後悔は付き物さ。二日酔いとかね」
肩を竦めてニヤリと笑えば、グレンジャーもクスリと控えめに笑ってくれる。授業については新学期が始まってから詳しく話すと約束して、リリーは医務室を後にした。
多少の落ち着きを見せた頭痛は、角を曲がって出会した男のお陰で一気に悪化する。
「リリー!部屋にいないので探しましたよ!」
片手を上げて制止をかけるが、ただの挨拶だと流されて、ロックハートは尚も捲し立てる。
「プレゼントを貰ってすぐ帰るだなんて、そんなに照れる必要はありませんよ!えぇ、少し呑みすぎてしまった私も悪いんですがね。起こしていただければ、」
止まりそうにない口に挙げたままの手のひらをかざし、触れるか触れないかのところまで近づける。ようやく伝わったストップに、ふぅと息をついた。
「ごめんね、ギル。二日酔いが残ってるから、また後にしてもらえる?」
小声にはなったもののまだ話し続けようとするロックハートに「心配いらないから」と三度の制止をかけ、逃げるように自室へ戻る。昼食を摂り忘れたことに気付いたが、昨日の残りのミンスパイを引き寄せ齧りついた。
自分を磨けば、有名になれば、 強大な闇に与すれば。どうしてそうも一人で突っ走ってしまうのか。振り向かせたいなら、その情熱を直接本人にぶつけるべきではないのか。自体が好転するとは言えないが(私はギルに応えなかっただろうし)、それでも逸れた道を極めるよりはよっぽど良い。…いや、逸れていると気づけないから厄介なのか。
ロックハートの告白に、《本》で知ったスネイプ教授の不器用さが重なるような気がした。
しかしどうやらロックハートは昨日のカミングアウトを覚えていないらしい。今も気持ちが続いている訳ではないとは言え、忘れているならその方が気が楽だ。
かく言う私も、記憶が朧気な部分がある。スネイプ教授と呑み始めたまでは良いが、その後がぼんやりと靄がかかり、どうやって部屋へ戻ったのか、気づけば朝だった。多少なりとも会話をしたはずだが、何を話したのやら。途中からすっぽりと抜け落ちている。
正直、スネイプ教授に会うのが怖い。ぶちまける愛があるわけでもなし、ロックハートほどの失態は犯していないと信じたい。何かやらかしていれば、次に会ったとき明らかになるだろう。先手を打って謝りに行く勇気など、レイブンクローの私にはないのだから。
すべてをレイブンクローのせいにして、暖かな暖炉に誘われるまま、私はまた微睡みに沈んでいった。
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