18 クリスマス


クリスマス休暇を有意義に過ごすべく、リリーは《本》に隠されたホグワーツの秘密を探ることにした。

例えば、四階にある隻眼の魔女の像。杖で軽く叩きながら「ディセンディウム、降下」と唱えると、確かにコブが割れて道が開けた。ウィーズリーの双子御用達の抜け道はハニーデュークスの地下へと繋がり、リリーは三本の箒へ寄り道してから帰った。

例えば、暴れ柳と叫びの屋敷を繋ぐ道。入学式の翌日、暴れ柳の治療で木の幹のコブをつついて以来だった。ぽっかり空いた穴はハニーデュークスへの抜け道よりも土の匂いがきつく、初めて踏み入れた叫びの屋敷は埃っぽさと薄気味悪さが喉を刺激した。

例えば、必要の部屋。八階のバカのバーナバスがトロールに棍棒で打たれている壁掛けの向かい側に立ち、3回往ったり来たりを繰り返す。ただ見てみたいだけでは現れてくれず、結局リリーはダンブルドアを真似ることにした。

例えば、半純血のプリンス蔵書の上級魔法薬。これが一番厄介で、何せスネイプ教授のテリトリーへ忍び込む必要があった。上級生用の教室で、使い古された教科書を見つけたときには手が震えた。

どのページも書き込みや訂正で真っ黒で、試行錯誤の苦悩が伝わるようだった。男性にありがちな尖った荒々しさはなく、どちらかと言えば女性的な柔らかさを感じさせる文字。今でこそ、柔らかさは削れ少し角張った印字のような整った字を書くが、間延びした『S』や『?』マークはスネイプ教授の文字そのものだった。何より印字を気にしない書き込みや下線が、先日見た論文へのそれと全く同じ調子である。

端的に言えば《本》は全て正しい。「ホグワーツの歴史」にも載ってない秘密が明らかになるのは、言い知れぬ高揚感がある。馴れ親しんだはずの母校でまだまだ知らない場所がある。こんなに素晴らしいことがあるだろうか。

小さな冒険の数々。連日、はち切れんばかりに満たされた胸の温もりが全身に広がり、ポカポカと陽に包まれたような心地よさで眠りについた。






朝、いつもと変わらない寒さと降り積もった雪の日。ただ違うのは、今日はクリスマスだった。

グレンジャー用に用意した猫の毛入り小瓶をポケットに忍ばせ、寝室から私室のソファへと移動する。客人を迎えるように配置したL字のソファは白藍の滑らかなデザインで、背の高い木製のソファテーブルとよくマッチしていた。その上にはちょこんと可愛らしいラッピングの高そうな箱が一つ。


誰だろう?


リリーからはダンブルドアとルーピンにカードを、グレンジャーには鏡を贈っていた。しかし寂しいことに貰う当てなど一つもない。

首を傾げ、添えられたカードを開く。


「メリー・クリスマス!」


飛び出してきたのは陽気なサンタクロース。リリーを回り込むように旋回しながらリンリンと音を立てた。笑みが自然と零れる。添えられたメッセージは細長いダンブルドアの筆跡で、プレゼントは芳醇な香りも楽しいミンスパイだ。

こぢんまりとしたサイズに変えられて隅に追いやられた事務机へプレゼントを置くと、控えめなノックの音が響く。



「ハーマイオニー・グレンジャーです」


待ち人が来た。この時間を作るため、特別にプレゼントを用意したようなものだ。もちろん後々役立つ品であってほしいが。ポケットの小瓶を弄りながら扉を開ける。


「あの」

「寒いでしょ?中へ入って」


キョロキョロと興味深げに視線を動かす彼女をソファへ案内する。暖炉と向かい合う位置に座った彼女は緊張気味に浅く腰掛け、ポケットから鏡を取り出した。リリーが贈ったものだ。


「コーヒーでもいい?」

「はい、ありがとうございます」


グレンジャーと背中合わせに立ち、カチャカチャと手早くコーヒーを淹れながら、リリーは手にした杖を彼女に向ける。掬うように杖を動かし、慎重な動作でポケットから浮かび上がらせたのは、彼女の持つ小瓶。背筋を伸ばしてくれているお陰で、幾分か抜き取りやすい。

リリーの用意した小瓶と見比べても大差ない。これならバレないだろう。一安心し、同様にすり替えた小瓶をポケットに戻す。何食わぬ顔で「どうぞ」とコップを置けば、鏡を握りしめグレンジャーが口を開く。


「プレゼント、ありがとうございました。カードに『みんなには秘密』とあったので、マクゴナガル先生に部屋を伺って、お礼を言いに来ました」

「あのスネイプ教授でも、生徒にクリスマスプレゼントは贈らないだろうからね。上手く使って」


グレンジャーに贈った鏡は「閃き鏡」と名付けられた、遠い昔にリリーが貰ったもの。「思い出し玉」が忘れ物を知らせてくれるように、鏡は閃くことを手助けしてくれる。これから並外れた困難に立ち向かう彼女の最後の一押しになってくれればと、校長に無理を言って屋敷しもべ妖精を家へ取りに向かわせてもらった。

コーヒーがなくなるまで、他のプレゼントやマグルのクリスマスについてお喋りで時間を潰した。言いづらそうにロックハートとの関係を問われたのには大笑いしたが、「同寮の後輩だよ」との返しに彼女は満足したようだった。


「ありがとうございました、先生」

「えぇ。グレンジャー、頑張って」


言おうとした言葉はどれも余計にしか思えず、結局は月並みで漠然とした言葉が口をついて出る。意味を汲み取れず困ったように笑う彼女の頭に手を置き、誤魔化すように撫でた。丁寧に一礼して出ていく彼女を見送る。時刻は11時を回っていた。




クリスマス・ディナーの時間になり大広間へ向かうと、ある人物のサプライズに出会した。それも嬉しくない方の。


「メリー・クリスマス、リリー!」

「…メリー・クリスマス、ギル。どこかの豪邸でパーティは?」

「私ほどになると、パーティは珍しくありませんね。えぇ、えぇ、分かります。大きなパーティでみんなを喜ばせるのがスターの義務だろ、ロックハート!そうお考えですね?ですが私にも過ごす場所を選ぶ権利がある!」


久々に目にするロックハートはいつも以上にキラキラと輝いていた(何の比喩でもなく現にそういったドレスローブを着ていた)。彼のウインクを受け、助けを求めた視線の先で、他の教授方は清々したとそれぞれのお喋りに戻っていった。頼みの綱のスネイプも姿を見せず、リリーは渋々ロックハート担当を拝命する。

七面鳥のローストやチポラータ、クリスマス・プディングに舌鼓を打ち、ワインで気の大きくなった教授方の酔余の所業に腹を抱え、絡んでくるロックハートにはクラッカーから飛び出た珍妙な三角帽子を被せて、パーティは大いに盛り上がった。

お腹も気分も十分に満たされ、一人また一人と席を立つ。グレンジャーに追われてポッターとウィーズリーも大広間を去り、少し間を置いてからリリーも玄関ホールへ向かった。


「マルフォイ?どうしたの?」

「いえ…」

「お友達は、もう寮へ戻ったと思うけど」


両眉をピクリと上げ、何故分かったのだと言いたげな顔に、にこりと笑みを返す。《本》がなくとも様子を見れば明らかだ。このくらいなら直接的でも構わないだろう。黙って手を振れば、彼は向かって左の地下への階段を降りて行った。


「リリー、私の部屋でもう一杯しましょう!あなたにお渡ししたいものもあるんですよ」


「さぁ!」といきなり腕を取り、昇り階段へ誘うのは、先程まで隣にいた男。面倒臭いと思わないわけではなかったが、断るのもそれはそれで面倒臭い。

結局酒で大きくなった気を抱えたまま、二人はロックハートの私室で呑み直すことになった。







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