決闘クラブの翌日、雪が窓に叩きつけられる音で目を覚ました。外は一面くすんだ灰色で、ガタガタと揺れるガラスから冷気が伝わってくる。前日に降りだした雪が猛吹雪へと成長していた。
手元の時計は6時。寝直すには遅く、起きるには早い。本で時間を潰すのもアリだが、今日はみんなが起き出す前にやりたいことがあった。
先日のふくれ薬事件で念願だったバイコーンの角と毒ツルヘビの皮を手に入れ、ようやくポッターたちのポリジュース薬に光が差した。そこで一度経過を見てみることにしたのだ。
手早くシャワーで温まり、眠気覚ましのコーヒーを一杯。いつものローブに厚手のマントを羽織り、手にはドラゴン革の手袋。念入りにマフラーを巻いて気合いを入れる。
覚悟して挑んだ廊下はどこからともなくすきま風が入り込み、足元を冷やす。辿り着いた三階で、マートルがトイレを離れた隙に奥の個室へ忍び込んだ。ジメジメと部屋の主を写し出す雰囲気がなんとも居心地悪い。
鍵のかかった戸を杖でちょいちょいとつついてやれば、難なくリリーを受け入れる。お行儀よく便座に座った大鍋を覗き込んで、独特の香りと色をチェックした。作ったことこそないものの、知識だけは頭に入っている。
ホグワーツへ来て肌で感じたのは、グレンジャーが本当にかなりの秀才だということ。貪欲な知識欲に探求心、記憶力は勿論、努力も怠らない。そんな彼女が本を片手に調合したのだから、間違えようもない。
マグル生まれの二年生だとは思えなかった。私に同じ年頃で同じことが出来たかどうか。……まぁ、本を片手になら不可能ではないはずだが。
長居は不要と慎重にトイレを後にする。まだ起きてから30分と少ししか経っていない。
この天気ではマンドレイクの極寒対策にスプラウト教授が起き出している頃だろう。厄介な作業が私に勤まるかは分からないが、猫の手も借りたいほどなら手伝わねば。 ブルリと震えて職員室へ向かった。
「リリー!良いところに……その格好は何です?」
「おはようございます、マクゴナガル教授。マンドレイクが心配で見に行こうかと」
「今し方、ポモーナが向かいました。薬草学は休講です。あなたにも手を貸してほしいそうですよ。これを」
リリーは見覚えのあるピンクの耳当てを受け取り、一礼する。マクゴナガルは空いた手で杖を出し、素早く振った。
「これで雪は凌げるでしょう。濡れた靴ほど気持ちの悪いものはありませんからね」
「ありがとうございます」
後ろ髪を引かれる思いで暖かな職員室に別れを告げ、玄関ホールで耳当てを装着する。大きな樫の扉を見つめながら、隔てた向こう側の惨状に凍え上がった。
今日はジャスティン・フィンチ-フレッチリーとほとんど首なしニックが犠牲になるはずだ。クリービーの時のように悪化が起こらず済めば良いが、油断はできない。せめて二人を一緒に居させる口実を作っておきたい。ああでもないこうでもないと頭をフル回転させながら、極寒の校庭に足を踏み入れた。
『スプラウト教授、一度休憩しませんか?まだ半分以上残っていますし、朝食は摂っておかないと身体が持ちませんよ』
外せない耳当ての代わりに筆談でリリーはスプラウトに訴える。いやいや期のマンドレイクに靴下を履かせるのは本当に厄介で、履かしては脱げ、蹴飛ばされ、マフラーは絡まり、散々だった。
『では少しだけ、朝食休憩にします』
スプラウトは渋々といった様子でローブの土を払い、歪んだ帽子の位置を直す。ずんぐりとした体型はこの吹雪でも安定感がありそうだ。二人は身を寄せ合い、真っ白になりながら玄関ホールへ転がり込んだ。
すれ違う生徒に同情の目を向けられながら席につく。掻き込むように食事を始めたスプラウトを横目に、リリーは残り少ないソーセージにフォークを突き立てた。
「リリー、私は先に温室へ戻ります」
大広間に着いて10分もしないうちにスプラウトが立ち上がった。食事中もそわそわと落ち着かなかったが、これ以上は耐えられないといった様子だ。
「トーストを食べ終わってからでも?」
「えぇ、寒いですからね。スープも飲んでからいらっしゃい。では、温室で」
「すぐ追いかけます」
駆け出したいのを無理矢理抑えているような足取りで、スプラウトは大広間から出ていった。リリーは湯気の立つスープを飲み干すと、かじったトーストを皿に残して席を立つ。
今の内に、ほとんど首なしニックとジャスティン・フィンチ-フレッチリーを引き合わせる手立てをしなくては。
「ニコラス!」
決まった居場所のないゴーストを探し出すのは無謀かと思ったが、彼は運良く二階の廊下を漂っていた。慌てて引き止めれば、歩くように上下しながらプカプカと引き返してきてくれる。
「どうされました?」
「ジャスティン・フィンチ-フレッチリーを見かけませんでしたか?」
「さぁ、見てませんね。ご学友なら、彼の噂話をしていましたよ。なんでも、次の犠牲者候補だとか」
「見かけたら、私が探していたとお伝えいただきたいのです。彼、一限が休講だからどこかに――ごめんなさい、もう行かないと」
「分かりました。私がお探ししておきますよ」
「助かります。もし可能なら彼と話してあげていただけますか?きっとすごく心細いでしょうから」
「彼が私をお嫌いでなければね」
首をぱっくり開きながら滑らかに移動するニックにもう一度礼を言って、リリーは温室へ急いだ。
これが正解かは分からない。しかしあとはもう待つしかない。不要な犠牲の出ないことを願いながら、彼らの希望に靴下を履かせる。
一限を丸々使って、ようやくマンドレイクは靴下とマフラーの着用を受け入れた。やっとスプラウトの顔にも笑顔が戻り、二人は意気揚々と城内へ戻る。
ガチャリ、と職員室への扉を開けた。綻んでいた顔は一瞬で引き締められる。そこには重苦しい空気と共に集められた教職員の苦々しい表情が並んでいた。
「ポモーナ、リリー、また新たな犠牲者が出ました。今度は二人同時にです。石になっているところをポッターが発見しました」
「誰なの、ミネルバ?」
「ニコラス卿と……ジャスティン・フィンチ-フレッチリーよ、ポモーナ」
二人してハッと息を呑んだ。スプラウトは自寮の生徒に起きた惨事を憂いて、リリーは未来が《本》の示す方向へ動いたことを了知して。
「幸いにも近々休暇が始まります。生徒は安全な我が家へ帰ることでしょう。保護者がどうお考えになるかは分かりませんが、校長はホグワーツを閉じるべきではないとお考えです」
「失礼、当の校長は何処に?」
「先程魔法省へ向かわれましたよ、セブルス。今回の事件についてお話しするためです。……さて、我々教職員は生徒の不安を煽らぬよう行動せねばなりません。加えて、引き続き夜の見回りを実施いたします。大変ですが、生徒のためです」
解散が告げられると、スプラウト教授が真っ先に飛び出していった。医務室へ向かうのだろう。何の反応もない塊を見つめたところで意味はないが、一目見ずにはいられない。ハッフルパフの寮監らしい温もりがそこにはある。
「エバンズ、どうやら君のご友人は生徒が襲われた程度の些細なことには興味がないらしい」
聞こえたのは不快感に嫌味をたっぷり混ぜた低い声。確認するまでもなくリリーの隣にはスネイプが立っていた。言葉の意味を捉えるのに数秒、理解しため息をついて更に数秒。文字通り頭を抱えてリリーはようやく口を開く。
「ロックハート教授には私からお伝えしておきます」
「手綱はしっかり握っていただかねば困りますな」
スネイプはお得意の片眉を上げた表情でリリーを見据えると、クルリと扉へ姿を消した。
「あの、バカ」
リリーの気持ちと呼応するように、暖炉で木が勢い良く爆ぜた。
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