21 親のような心情


ホグワーツに降り積もった雪が溶け、芝の青さが輝き始める季節。未だ冬の名残を感じる夜の廊下を、スネイプは厚手のマントに身を包み闊歩していた。杖先に青白い灯りを纏わせて、廊下の隅から隅までを念入りに照らして見回る。地下から始め、ようやく三階へ到達したとき、どこからかボソボソと話し声が彼の耳へと滑り込んだ。

靴音を潜め、じわりじわりとその出所を追い詰める。廊下が静まり返ったあとも記憶を頼りに足を進めた。


辿り着いたのは、マグル学の教室だった。日常的に使われる、生徒が忍び込むにはリスクのある場所。息を潜め探ってみれば、確かに人の気配がする。

スネイプは扉を叩くことなく押し開けた。


「おや、気が変わり――あなたでしたか、セブルス」


一つだけ灯された松明のそばで、部屋の主が振り返る。


「クィレル、誰と話していた?」

「あなたに答える必要はないと思いますよ」


スネイプの確信した口調にクィレルは同じくハッキリと言葉を返した。その強さに舌を打ち、スネイプはぐるりと部屋を見回す。取り立てて注目すべきものもない教室。密会相手のヒントが転がっているはずもなく、スネイプは鋭い眼孔をクィレルへと向けた。


「リリー・エバンズか」

「何故彼女だと?」

「彼女はただの一生徒だ。特別なものなど持っていない。これ以上執着するのならば校長へ報告する」


無視された問いに気分を害した様子もなく、クィレルは僅かに首を横へ傾けた。


「これは私と彼女との問題のはず」

「度が過ぎれば見過ごせん」

「私はきちんと『ホグワーツの教師』という枠を守っています。守れていないのは、あなたの方では?」

「どういう意味だ」

「彼女が入学してから今日まで、あなたは教師という枠を越えた彼女の番犬です。私が何も気付いていないとでも?」


番犬などと馬鹿げた言い回し。心当たりなどあるはずもない。スネイプは舌打ちを隠すことなく視線を尖らせた。ただ自分はダンブルドアからの任務を遂行しているにすぎない。そう自らの心に確認を取った。操られたように口角を上げるだけのクィレルの笑みに苛立ち、スネイプが視線を外す。


「彼女にはキッパリと断られました。間違っても私には噛みつかないでいただきたい」

「待て、まだ話は――」


彼女が一体何を断ったのか。クィレルの中に見ることもできぬまま、彼は制止を無視して部屋を出ていった。


『番犬』


思い出すだけで腹立たしい。

ホグワーツに馬鹿犬は一匹で十分だ。






イースター休暇前からしばらくの間はクィレルの行動を監視する日が増えた。あの日以降、彼はエバンズを呼び出していない。廊下で会えばにこやかに挨拶をし、天気やマグル界などの他愛もない話を交わす。その程度。エバンズからクィレルについて話を持ちかけられることもなかった。

それどころか今年度は会話自体が格段に減っている。それもこれも彼女が『世間話』に私を使わなくなったせい。


『それで終わりか?』

『はい。疑問点はこの二ヶ所だけです。また近々お時間をいただくことになる可能性は高いですが』

『……そうか。他の教科を怠っているのではあるまいな?』

『今は好きな魔法薬学を伸ばしたい気分なだけで、他もちゃんとやってます』

『睡眠を削っても成績は伸びん』

『もしかして、心配してくださってるんですか?』

『相変わらず都合のいい頭だ』

『まだ夢は続いてますけど、ちゃんと眠れてますから、大丈夫です』


彼女は何も問題など存在しないような顔で、クスクスと気の障る音で笑っていた。

私と話すついでに魔法薬学の質問を用意していたような彼女が、ここ数ヶ月は質問をするためだけに扉を叩きに来る。彼女が来る度わざと飲んでいた紅茶を、今年はまだ買い足していない。






夏の気配がそこかしこに蔓延し始めた頃。リリーは珍しくスネイプの私室に居座る姿勢を見せた。


「今日は質問をして終わりではないのか?」


彼は杖を振り紅茶を淹れながら、片眉を上げて返答を促す。一方彼女は眉尻を下げ苦笑した。


「実は、将来のことで悩んでるんです」


彼女から何度も驚くべき話を聞かされてきたスネイプだが、今回のものは彼の想像し得る範囲に収まった。談話室には就職候補のパンフレットがいくつも並び、寮監との進路相談も行われている。彼自身、スリザリンの五年生との進路相談を行っていた。


「ならばマクゴナガルと話せば良い」

「そのマクゴナガル先生が保護者と話してみるのも良い、と」


日頃から力の入るスネイプの眉間が一層深まった。

その言葉を投げた同僚が悪いわけではない。彼自身も同じ事を言った経験がある。だが比較にならないほど長く教師生活を営んできた彼女以上の言葉が、自身の口から出てくるとは思えなかった。


「何を話せと?私個人がまともな就職をしていないことは君も知っているはずだ。卒業してすぐも、ここにいる経緯も、参考になる話などない」

「ですが私より遥かに世間を知っています。私の抱える事情も。それこそ、私がここにいる経緯は特殊です。この先どうすれば良いのかとか、道を好きに選んで良いのかとか、色々考えちゃって……」

「誰にも止める権利はない。たとえダンブルドアが渋い顔をしようと、好きに選んでやれば良い。尤も、その余地があるかは君の成績次第だが」


スネイプの言葉に、リリーはホッと安堵を溢した。


「私、闇祓いを目指そうと思ってるんです」


彼女の望んだ先は最難関とも言える道だった。毎年何人かが志望して、何人もが打ち砕かれる。最後に受かったのは数年前のハッフルパフ生一人。そのときも数年ぶりの採用で、沸き立つ職員室にスネイプも身を置いていた。


「ずっと考えていました。予言を話して終わりにしたくないって。この先も、責任を持ち続けていたいんです」

「責任?君はそんなものを背負っている気でいたのか。実際に変えたのは我々だ。君は妄言を垂れ流したに過ぎない」

「そうだとしても、関わり続けていたいんです」


エバンズが闇祓いを望むのは、十中八九「彼」の幽閉が彼らの管轄であるため。「彼」の指示により、私は何度も闇祓いへ杖を向けてきた。時には緑の閃光で貫くことも辞さずに。私のような人間が、まだ何人も息を潜めて、その復活を目論んでいる。


「君は闇祓いの仕事を理解できているのか?その点ばかりを気にかけて、本来の彼らを見落としているのではないかね?よもや、死ぬことが趣味なのではなかろうな」

「なっ、違います!危険な仕事であることは承知の上です!」


リリーは膝の上に置いた手をグッと握りしめ、声を荒げた。全身に力を入れて、心外だと訴える。しかしスネイプはゆったりと足を組み、空になったティーカップを部屋の隅へと追いやった。


「関わりたいだけなら『奇跡の予言者』として正体を明かせば良い。ダンブルドアの口添えで簡単に特別枠が手に入る」

「そんな関わり方は望んでいません!好きに選べと、その権利があると仰ったのはあなたです!」

「ああ、言った。私が何を言おうと最終的に決めるのは君だ。今の君が持つべきは、将来の自分に対する責任だけだ」


彼女は「はい」とだけ返事をした。


「これは教師ではない私個人からの意見だ。保護者としても、闇祓いは薦めない」


彼女が退室すれば、またいつもの地下室が蘇る。暖炉で弾ける薪の音とどこか遠くから時折漏れ聞こえる人の気配。

彼女が闇祓いを目指したいと言ったとき、クィレルとの縁は切れるに違いない。そう確信した。やつが何を企んでいようと、彼女が流されることはない。

これは番犬というよりも、寧ろ、本当に親のような心情なのでは。


「馬鹿馬鹿しい」


私にはそんな親も親代わりもいなかったのだ。知りようがない。

スネイプは今しがた久しぶりに淹れたばかりの茶葉の缶を呼び寄せる。大して減りもしていない中身に大きく息を吐き、ぐっと固くその蓋を閉じた。







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