20 自身と他者との関わり


ホグワーツ城の最上階に程近いグリフィンドール寮。男子禁制の女子寮からはカチャリとガラスの擦れる音がする。リリーはベッドを囲むように取り付けられたカーテンの中で、数多の小瓶を眺めていた。


また一つ、減ってしまった


『消失』と書かれた木箱には、もう何本も小瓶が移されていた。その透明の小瓶の中で漂う銀色の靄。見つめていても、私の中にその記憶は探し出せない。

魔法というものはつくづく便利だと思う。こうして失う前に記憶を取り出しておけば、また見返すことができる。けれどそれは他人の人生のようで、何とも不思議な感覚だった。自分のことなのに、楽しいことも、悲しいことも、感情がついてこない。笑ったような気がする。愛していたような気もする。客観的な記憶の閲覧は、思い出を情報に変えてしまっていた。


「リリー?起きてる?」


カーテン越しに声をかけられて、自分の憂いもろとも木箱へ蓋をする。ニッと笑顔の練習をしてから顔を覗かせれば、ゆったりとしたウェーブの髪にブラウンの瞳を備えた親友と目が合った。


「おはよう、ハーマイオニー。どうかした?」

「音はするのになかなか顔を出さないから、どうしたのかと思ったわ」

「ちょっとぼんやりしてただけ。それより、見て!」


リリーはパジャマのままベッドから下りて、出しっぱなしの旅行鞄からお目当てを引っ張り出した。覗き込むハーマイオニーへレンズを向けて、パシャリと一枚。


「きゃっ、リリー!」

「カメラ、買っちゃった!記念すべき一枚は寝起きのハーマイオニー」


リリーがクスクスと笑えば、ハーマイオニーの手がカメラへ伸びる。


「貸して。あなたも撮ってあげる」

「え、いいよ私は。自分の顔見たって面白くないし」

「馬鹿ね、みんなで撮るのよ」


聞きつけたルームメイトが集まって、偶然顔を出した他の子も参加してみんなで写る。談話室に下りても話題はカメラのままで、寝癖の付いたハリーやよれた服のロンをも巻き込んで写真を撮った。

今までにないほど賑やかな朝。


「平和だ……」

「それ、久しぶりじゃない?私の好きな口癖」






「その時の写真がこれです!」


陽の差すグリフィンドール寮とは正反対の地下で、リリーが笑い声の聞こえてきそうな写真をヒラリと取り出す。そして他の現像したものと一緒にスネイプの前へと置いた。しかし彼は心底興味なさそうに湯気を吸い込みティーカップを傾けるだけ。

それなら、とリリーは自前のティーカップを取り出して、ティーポットへと手を伸ばした。彼の視界から外れていたはずのその手は、一回り大きな男の手にピシャリと弾かれてしまう。


「意地悪ですね」

「こうして君の話に付き合ってやってるだけありがたいと思え」

「それはもちろん思ってますよ。私に割いてくださる時間は出会った頃と比べ物になりません」

「…………」


素直に認めれば、彼の想像とは違ったらしい。言葉を呑み込み口角を下げる様子に、私は震える頬を本で隠した。


「付き合いついでに、もう一ついいですか?」

「断る」

「せめて聞いてから断ってくださいよ」


そう言って、リリーは本をカバンへ入れるついでにカメラを取り出した。スネイプからは「やっぱりな」と言わんばかりのため息が落ちる。彼の杖に合わせ現れたハンカチがふわりとカメラを覆った。


「一枚でいいんです。撮らせてください」

「ここにある写真で十分だろう」

「先生との思い出も残したいんです。ほら、笑ってください」


レンズ越しに覗いた彼の表情は固いまま。視線を下げて、またティーカップへと口付けていた。


「君は常々嗤うに値する滑稽さだが、笑えと言われて私が笑うとでも?」

「ただの決まり文句ですよ」


彼らしい真っ黒なハンカチを脇へ置いて、私は不機嫌なままの彼へカメラを向けた。そしてパシャリと軽快な音のシャッターを切る。眉間が深々と沈んでいる彼は、写真の中でそっぽを向くのかもしれない。そんな想像をして、心がぽかぽかと温まっていった。


「思い出とは、自身と他者との関わりで作られる」


ふっと緩みそうになる頬を引き締めていると、セブルスが突然そんなことを言った。確かにそうだな、なんて納得しながらも、滅多にない類いの言葉に首を傾げる。しかし返答は得られず、代わりに彼は私からカメラを取り上げた。


「何をっ――」

「こうする」


スネイプはポイとカメラを頭上へ放り投げた。放物線を描くかに思われたそれは二人を見下ろす位置で静止する。リリーが目を見開きポカンと開いた口を放置していれば、パシャリと、彼女にとって聞き慣れた音が振ってきた。


「へっ?」


静かにリリーの膝へカメラが着地する。何が起こったのかと目の前の男を見れば、彼は懐へ杖を入れていた。


「これで満足したはずだ。よって――この写真は廃棄する」


机上に放置されたままの騒がしい朝の写真たち。その中から一枚を引き抜くと、彼は躊躇うことなく真っ二つに引き裂いた。大広間で朝食を摂るセブルスがチラリと見える。


「あーっ!」

「OWL試験から逃避するのもほどほどにしておけ。直前で慌てても身に付かん」

「わ、分かってますよ。今年度になってから先生方はみんなその話ばっかり」


スネイプの手から離れた写真はふわりひらりと部屋を横切る。とうとう暖炉へ辿り着き、炭に変わる様子を眺めながら、リリーはため息をついた。

受験ならしたことがある。それでも緊張はするし不安も多い。しかしやれる限りを尽くしたい。そう思っている。

いるのだが――


「ご褒美とか、ないんですか?」

「念のために聞く。何に対する褒美だ?」

「OWL試験を乗り越えたご褒美です」

「試験は君自身のためにあるものだ。褒美に釣られてどうこうするものではない」


私の言葉に、セブルスは至極真っ当な教師の顔をした。呆れながらも諭すような、端的に言えば演技臭い顔。その勘の通り彼はすぐに表情を崩し、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。


「受験科目すべて優・O」

「な、それはっ、せめて三割!」

「八割」

「五割!」

「よかろう。ただし全科目において不合格は認めん。加えて、魔法薬学と薬草学は必ず優・Oとする」

「薬草学も、ですか?」

「ほう、魔法史を希望するとは稀有な人間だ」

「薬草学でお願いします!」


そうと決まれば地下でゆっくりなんてしていられない。カメラを大切にカバンへ詰めて、ついでに黒のハンカチも入れておく。意気揚々と立ち上がったところでセブルスに呼び止められた。


「エバンズ。肝心の褒美はどうするつもりだ?」

「ハグで!」


彼がニヤリと笑ったときから決めていた。即答すれば、両眉を上げ目を見開いて拍子抜けした顔がソファに座っている。


「付き合ってくれとか言うと思いました?」

「いや、違う。が……」

「そんなことか、と思うなら、今ここでしてください」


ほら、と両手を広げても、彼は立ち上がろうとさえしなかった。元々期待はしていない。すぐに手を下げてカバンを抱え直す。


「試験の結果は夏休み中でしたっけ。頑張りますね!」


室内へ、返ってくるはずのない手を振った。どんな経緯であれ彼の眉間がなだらかになった日は鼻歌を歌いたくなる。閉まりゆく扉の隙間から、こちらを向く彼の唇が「頑張れ」と動いた気がした。







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