18 夢の中に捨ててきた


今日も私はゼラニウムを胸元に咲かせる。生花のようで、そうではない不思議な花。恋人からの贈り物じゃないのか、と勝手な友人をはぐらかし、可憐な花に微笑みかけた。初めてこれを着けて授業に出席した日のセブルスは、鳩が豆鉄砲を食らったようだったと表現するのが正しいだろう。

私事に振り回されている間も、三校対抗試合は順調に進んでいた。ドラゴンの次はマーピープル。ムーディに扮したクラウチJr.がいなくとも、ハリーはなかなか良い戦いぶりを見せている。そこに私の関与がないとは言い難いが、友人として全力を尽くしているのだと胸を張ろう。


第三試合までの間、ハリーには休息が与えられていた。どんな課題が与えられるのか明かされていない今、彼にできることはない。目の前のことだけに集中していればいい。彼にとっては心安らぐ期間だろう。

とは言え、学生としての本業が消えることはない。ハーマイオニーにお尻を叩かれながらレポートに追われる日々。今日もいつも通り談話室で四人顔を突き合わせ各々のレポートに励んでいた。


「ハリー、あなたひとっつも進んでないじゃない!私は手を貸さないわよ。今学年の試験が免除されているからって油断してると、来年痛い目を見るわ!リリーからも何か言って――あら、今にも寝てしまいそうね。まだ20時よ?」

「最近眠りが浅いみたいで」


証明するように、欠伸が間を置かずに続いた。


「私、気付かなかった!レポートは切り上げて部屋へ戻りましょう」


ハーマイオニーが私の顔を覗き込み、それが最善だと自分で頷く。


「やった!終わりだぜ、ハリー!」

「ロン、ご忠告申し上げますけど、あなたはここで続けるべきよ」


ピシリと立てた人差し指で、彼女はロンの羊皮紙をなぞった。書き出しの常套句だけで投げ出されたままのそれは、確か明後日が提出日。


「ハーマイオニーがレポートをここに置き忘れてくれれば……」

「あり得ないわ。行きましょう、リリー」


てきぱきと私の分まで荷物をまとめ、彼女は椅子を引いた。おやすみ、と口々に挨拶をして、また欠伸を噛み殺す私へ心配そうに片手を添える。そして部屋へと誘ってくれた。


「リリー、何か心配事でもあるの?その……スネイプのこととか、話す?」


寝室に二人きりなのを確認して、ハーマイオニーはそう切り出した。


「先生は関係ないよ。ただ熟睡できてないだけ。心配してくれてありがとう」


思春期だけど思春期じゃない私には、それらしい悩みに心当たりがない。しかしここのところずっと夜中に目が覚めてしまっていた。


「マダム・ポンフリーに相談してみたら?このまま続くといつか倒れちゃうわ。それにこの時期は試験勉強で参っちゃう人が多いみたいだから、きっと何かいいものがあるはずよ」


ハーマイオニーの目は真剣そのもので、医務室へ行くべきだという固い意思を覗かせる。


「今から?」

「今行けば、安眠できる日が1日早まるかもしれないわね」

「じゃあ行くことにする」

「それがいいわ。ハリーとロンが遊んでいたら教えてちょうだい。しばらく手を貸さないことにするから」

「了解」


にこやかに手を振ってくれるハーマイオニーへ手を振り返し、寝室からの階段を下っていった。少し離れた間に談話室は人が半分ほどに減っていた。そこに友人二人の姿はない。ハーマイオニーなしの勉強に見切りをつけたのだろう。遊んでいる姿は見ていないな、なんて考えながら、太った婦人の肖像画を押し開けた。

廊下はひんやりとしていた。生徒はみな寮へ引き上げた後らしい。自分の靴音に追い立てられるように足早に医務室へと向かった。


「マダム?いらっしゃいますか?」


拒まれているような気さえする大きな扉を薄く開いた。入院患者に遠慮して小さく呼び掛けたが反応はない。そっと中へ入ると、ベッドはどこもガランとしている。


「マダム?」


いくつになっても不気味に感じる場所は存在するものだ。夜の医務室はあまり長居したい場所ではない。引き返す選択肢が浮かびかけ、ハーマイオニーの真剣な瞳に背中を押される。小走りで奥の事務室へと辿り着き、ノックをした。


「怪我か?病気か?」


扉を開きながらかけられた声は明らかに女性のものではなかった。低く、聞く者によっては底冷えするような声。私は驚きに目を見開いた。


「スネイプ先生?」

「エバンズか。マダム・ポンフリーは今夜不在だ。用件は我輩に言え。見たところ、怪我はないようだが?馬鹿は風邪も引かんしな」


気乗りしないものを押し付けられたであろうことは組んだ腕と眉間のシワから窺える。これでは病気も悪化するのではと苦笑いを噛みしめた。


「よく眠れなくて困ってるんです」

「薬を貰いに来るのは何度目だ?」

「初めてです」


スネイプは奥へ下がると分厚いノートを杖で叩いた。パラパラと自動的に捲れるそれが白紙のページで止まったのを見届けて、棚から中瓶を三つ取り出す。


「いつからだ?」

「前からたまにあったんですけど、ここ数日は連続で」

「心当たりは?」

「ありません。勉強も寮生活も友人関係も心身共に無理なく過ごしています。まぁ恋は前途多難ですけどね」

「それだけ口が回るなら薬は不要だろう」


言いながらも、彼は中瓶の中身を少しずつ一つの小瓶へと分けていった。最後に栓をすると中身を蝋燭の火へと翳す。


「寝不足でもやもやしているのに、何故かスッキリしているような気もして、妙な感覚なんですよね。悪いものを夢の中に捨ててきた、みたいな」

「何だ、それは?」

「私にもよく分からないんです」


ここ数日の目覚めを思い出してみても、やっぱりよく分からないままだった。顎に手を当て首を傾げる私に、セブルスが調合した小瓶を差し出す。


「寝る直前に飲んでおけ。原因が精神的なものなら効く」

「効かなかったら?」

「マダム・ポンフリーを頼ることだな。私は癒者ではない」


腰に手を当てるセブルスの傍らで、羽根ペンが自動的にノートを走り出した。チラリと覗いたメモには私の名前。看護記録のようなものだろうか。


「いつまでここに居座るつもりだ?君に入院の必要はない。速やかに寮へ戻りたまえ」

「スネイプ先生に絵本を読んでいただければグッスリ眠れるかもしれません」

「生憎ここに絵本はない」


フン、と鼻で嗤われ追い払うように手を振られた。セブルスの元を去るときは、いつもこんな風な気がする。

それでもいい。


「おやすみなさい」

「おやすみ――何が可笑しい?」

「いいえ、何でも!」


返ってくる言葉があるのだから。

きっと今日はいい夢を見るに違いない。







Main



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -