16 誰とも踊らないでください


4年目の始まりは衝撃的な告知と共に始まった。


『ここに三大魔法学校対抗試合の開催を宣言する!』


大広間中にダンブルドアの言葉が響き、割れんばかりの歓声が続く。ジョージとフレッドが指笛をして、スリザリン生も両手を上げた。


そんな9月1日を随分と昔のことのように思う。

本とは違い年齢制限のない代表選びで炎のゴブレットが吐き出した名前は三つ。ダームストラングのビクトール・クラム、ボーバトンのフラー・デラクール、そしてホグワーツのハリー・ポッター。

そして今日はクリスマス。三校揃ってのダンスパーティが開かれる。みんな思い思いに着飾って、私も例に漏れずドレスを身に纏う。生前は精々友人の結婚式くらいで、それでも今日ほど華やかではなかった。

これから私は代表選手のパートナーとしてエスコートされる。

チョウ・チャンに振られ傷心中のハリーからパートナーにと頼まれて断れるほど私は冷たい友人ではない。後悔はしているけれど。こんな展開の夢物語を読んだこともあるけれど。


「ハーマイオニー、私やっぱり無理!部屋に残りたい!」

「もう遅いわよ。ほら、立って!私はクラムを待たせてるの。リリーはハリーをね」


ベッドで愚図るリリーの手をハーマイオニーが引いて立たせる。気合いの注入とドレスのシワ取り両方の力強さでお尻を叩くと、今度は項垂れるリリーの眼前で指を鳴らした。


「さぁ、笑顔!綺麗よ、リリー」

「ハーマイオニーが一番綺麗」

「ありがとう。でもこれはドレスコンテストじゃないの。一人が褒めてくれれば良い」

「ロンは大馬鹿者だと思う」

「スネイプもね」


お互い苦笑して、肩を揺らす。鏡代わりに身仕度の最終確認をし合った。少しでも綺麗な姿を見てもらうために。手を取るパートナーは違ってしまったけれど、これが今の私たちの精一杯。




セブルスにはハリーがパートナーだとは伝えなかった。その名を聞くだけで不機嫌になるのは目に見えていたし、わざわざ言う必要もない。私のパートナーなんて興味ないだろう。ただ少しはサプライズになったかもしれない。ハリーにエスコートされながら入った大広間でチラリと見たセブルスは、そんな表情をしていたように思う。

言葉はなくても、目一杯着飾った姿を見てもらえたのは嬉しい。それだけでハリーのパートナーを務める甲斐がある。彼氏にドレス姿を一番に見てもらうのだとか、意中の子に誘われたとか。学友の話を羨ましがることしかできない私のささやかな幸せ。

食事が終わればダンブルドアが杖を振り、大広間にダンスフロアが作られる。楽団用の舞台が整えられ、ドラムやギター、バグパイプなどの楽器が並んだ。

照明が落とされると、代表選手たちがパートナーと共に立ち上がる。リリーとハリーは他から少し遅れて慌てて立ち上がった。二人とも初めて見る妖女シスターズに目を奪われていた。


「ハリー、足を踏んだらごめんね」

「僕も踏んだらごめん」


スローテンポな曲が流れ、ハリーの手が遠慮がちにリリーの腰へと回される。水面に浮かぶ流木のように揺れながら、二人は覚えたてのステップを踏んだ。

部屋の中心でみんなの視線が刺さるのは痛いが、ダンス自体はなかなか悪くない。誰とも目が合わないように斜め上を見上げるハリーに対し、私は真っ直ぐ前を向いていた。ハリーの向こう、色とりどりに着飾る観客の中で、目立つであろう黒衣を探して。


間もなく代表選手を囲む輪が崩れ、二人、四人と大勢がダンスフロアへと流れ込んできた。ハリーのリードでスローなターンをして、注目の的でなくなったことへ二人揃ってホッと息をつく。


「何とか乗り切ったみたい」

「足も踏まなかった」

「練習の甲斐が……」


リリーは言葉を途切れさせた。ハリーの左耳の後方で、ダンスフロアを眺める位置に立ついつもの黒衣。そばで踊るネビルやフレッドの間からチラリチラリと腕を組む姿が覗く。


「リリー?」

「え、あっ」


ハリーへ意識を戻すのを阻むかのように、その黒衣と目が合った。一瞬で引き戻されてしまう。セブルスの薄い唇がゆっくりと動く様を、私は呆然と見つめていた。

動いたのは単語一つ分。あまり頻繁に耳にする言葉ではなかった。でもクリスマス前のゴタゴタした時期にグリフィンドール塔で聞いたばかり。


『浮気者』


確かにそう動いた。


「痛っ!」

「あ、ごめんハリー!」


ステップを踏み間違えて、私の右足はハリーの左足を直撃した。一度視界から外れてしまえば、もう黒衣が映り込むことはなかった。


一曲目が終わり、二人同時に手を離す。そばでハーマイオニーの笑い声が聞こえた。何だかんだ楽しんでいるようだった。


「座ろうか?」


ハリーの提案に私は乗ることにした。

二曲目の激しいダンスナンバーを聞きながら、二人こそこそと身を縮めてダンスフロアから抜け出す。隅に残されたテーブルへ辿り着くと、ハリーがどっと出た疲れのまま椅子に座った。


「飲み物を取ってくる」


リリーが言った。


「なら僕が――」

「じゃあ二杯目はハリーが取ってきて」

「ありがとう。あ、ロンのところに行っても?」

「もちのロン。――うわ、面倒なときの顔してる。パートナーにも見捨てられちゃって」


肩を竦めたハリーに軽く手を振り、テーブルを離れる。飲み物は玄関ホールに近い側へ並べられていた。ただの水にバタービール、読めない文字のラベルはダームストラングとボーバトンを意識したものだろう。立てた人差し指をうろうろとさ迷わせ、無難にバタービールの瓶を三本掴んだ。

さぁ、ハリーたちの元へ。

そう思って一歩足を踏み出したとき。視界の外からぬっと黒い影が現れて、二の腕を掴んだ。引き止めるには遠慮がなく、ダンスの誘いには思えない強さ。

振り返れば、セブルスが眉間のシワを深めて立っていた。


『浮気者』


そう動いた彼の唇を思い出し、ドクリと心臓が怯む。彼はどんなつもりであの単語を私に見せつけたのだろう。


「あの、スネイプ先生、何か?」

「この瓶は止めておけ」


そう言って彼は私の腕から一本瓶を抜き取った。他のと何ら変わらないそれに首を傾げると、彼の眉間がヒクリと動く。


「先ほどここらの飲み物に小細工をしている生徒がいた。全く、余計な仕事を増やしてくれる」

「こっちの二本もですか?」

「恐らくな。だがこんな日に君をこのテーブルへ差し向けるような男の取り分だ。何が入れられていても自業自得だろう」


私へ意識を向けながらも時折大広間中に視線を走らせる。その漆黒の目には隠しきるつもりのないハリーへの憎しみが滲んでいた。私にはどうすることもできない感情。


「私が来たくて来たんです。先生と話せるかもしれないから。叶っちゃいました」


おもむろに抱えていた二瓶のうち一つをテーブルへ置き、残り一つの栓を抜く。鼻を近付ければ確かにいつものバタービールとは違っていた。しかしどう違っているのか、私にも見当がつく。瓶を呷ることに躊躇いはなかった。


「なっ!止めろ!」


珍しく焦る彼の声。激しい曲調に浸るダンスフロアのそばで私だけの耳に届いた。どうやら何かが混ぜられたと知りながら飲む馬鹿ではないと思われていたらしい。セブルスが瓶を取り上げる頃にはもう私の喉は上下していた。


「キツイお酒に変えるだけの悪戯ですよ。嗅いでみてください」


手渡した瓶へ鼻を近付け、セブルスの口角が下がる。


「君には早い」


確かに生前の身体とは少し勝手が違うようだ。酔いやすいような気がする。スローテンポとはいえ踊った影響もあるのだろうか。いや、そもそもダンスパーティの雰囲気に酔っているだけの可能性もある。

ダンス……そうだ、ハリーを待たせているんだった。


「そろそろ戻ります。バタービールは向こうのテーブルから取りますね」

「もう踊るな」

「浮気者だと言うのなら、スネイプ先生が踊ってくだされば良いのに」

「っ、そうではなく――」

「お酒を呑んだから、ですよね。分かってますよ。大した量ではありませんが、気を付けることにします 」


彼の瞳がギロリと尖る。そんな視線に射られても、今の私には対して効果がなかった。まるで酔いの盾を纏ったかのよう。その盾越しに、今度はこちらへ向かう人物に気付いた。彼女は私よりも学年が上の女子生徒。大人っぽいメイクで自信に満ち美しく微笑む姿は多くの目を惹き付けたことだろう。


「君と彼女の両方と踊る、或いは誰とも踊らない。どちらを選ぶ?」


セブルスもまた、同じ人物を視界に入れていた。ダンスの誘いとは限らないのに。セブルスの問う二択は二人の間に何かあったことを裏付ける。彼女も私のように言葉や態度でその好意を示しているのだろうか。


「時間切れの場合は彼女とのみ踊――」

「だ、誰とも踊らないでください!」

「……良いだろう。これはクリスマスプレゼントだ。ダンブルドアには保護者からも貰ったと伝えておけ」

「校長先生に?」


果たしてどんなやり取りがあったのか。良く言えば、一つ望みを叶えてもらえたと捉えられなくもないが、こんなめちゃくちゃなプレゼントは聞いたことがない。

しかし詳細が語られることはなく、セブルスは私からも、例の女子生徒からも離れていった。そばを駆けるヒールのコツコツと高い音が耳につく。ふわりと踊る赤毛が黒衣に追い付く様子から目が逸らせなかった。セブルスが首を横に振るのを見届けて、ようやく私の心はパーティへと戻る。


「リリー!」


呼ばれて、その声の主に「あっ」とここへ来た理由を思い出した。そばのテーブルではいつの間にか消えていた瓶を補充するべく新しいものが現れる。


「ごめん、ハリー。少し立ち話を――」

「バタービールよりもハーマイオニーをお願い。僕はロンを追いかけてる途中なんだ」

「またいつもの?」

「そう。詳細はハーマイオニーから聞いて」

「健闘を祈るよ」


あちらこちらでズレる恋愛の歯車。けれど若い彼らは時間や経験で調節されれば上手く噛み合ってくれることだろう。たとえダンブルドア軍団や壮大な1年間の旅がなくとも。


「ぼくと、踊ってもぉらえませーんか?」


今度はダームストラングの名も知らない男子生徒に声をかけられた。紳士的に手を差し出す姿は好青年。こうして始まる恋もあるのだろう。

しかし私は――


「ごめんなさい。『浮気者』って言われちゃうといけないから」


私たちの歯車は噛み合わなくても、同じこの世界で生きる歯車となれた奇跡で十分だ。欲張りすぎてはバチが当たる。

「良いクリスマスを」と残してくれる赤いダームストラング生お揃いのドレスローブを見送って、聖夜に奇跡を噛み締めた。








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