14 このくらいの距離


三年生になってから、クィレルは私をマグル生まれの集まりに呼ばなくなった。元々その集まりは魔法に染まっていない生徒が中心。当然の流れだ。廊下で会えば立ち話もするが、マグル学を取らなかった私に彼との接点はもうない。

その代わり、私は新たにクラブ活動を始めることにした。ハーマイオニーは逆転時計で大忙しだし、ハリーとロンはクィディッチばかり。私も何か打ち込めるものがほしかった。

セブルス以外に。

チェス、ゴブストーン、魔法薬。ホグワーツには様々なクラブがある。毎日掲示板には部員募集の貼り紙がなされ、放課後にはそれぞれが集まって賑わいを見せていた。

その中で私が選んだのは薬草クラブ。ネビルもいたし、植物は刻むよりも育てる方が好き。生前部屋に置いていた観葉植物たちは誰かが引き取ってくれただろうか、なんてことにまで思いを馳せた。




「こんばんは!」


すべての授業を終えて、リリーはいつものように温室の扉を開いた。出迎えるのは頼もしい薬草好きの仲間たち。イースターが過ぎ、七年生と五年生の姿は疎らになった。一方、草木の賑わいは感心するほど増してきている。


「ああ、エバンズ。今日もスネイプ教授が葉を摘み取っていましたよ」


うねうねと嫌がる木の剪定を難なくこなしながらスプラウトが声をかけた。リリーの表情が明るんだことに気付くと、彼女もにっこりと笑う。


「礼をおっしゃったから、それはエバンズに直接伝えてほしいと言っておきました。ここ数ヵ月はあなたに任せているわけですからね。もう会った?」

「い、いえ!まだです!」


セブルスが、礼を?私に?

本当に言ってもらえるのなら今日は雨かもしれない。リーマスにとってはマシな日となるだろう。雪解けと共に雲の量はめっきりと減ってしまっている。


イヤイヤ期の木の剪定へと戻ったスプラウトに背を向けて、リリーは温室内のどの場所よりも厳重に温度管理のなされた囲いから鉢植えを取り出した。

30センチほどの背丈をした盆栽のような木。棘状の葉の先端にポツリポツリと実のような膨らみを持っている。動くことも話すこともない木ではあるが何とも言えない奇妙さを放っていた。

リリーがクラブに入ったのと同時期にそれらは温室へやって来た。そのうちの一つをクラブ活動として託されたのが秋のこと。甲斐甲斐しい世話の甲斐もあり、今はリリーがすべての鉢を任されている。残りの株を託されるとき、スネイプの依頼であると教えられ緊張したことを、彼女は昨日のことのように思い出した。


「順調だね」


クラブへ合流したネビルが、自らの鉢を持ち出しながらリリーの鉢を覗き込む。


「ありがとう、ネビル。スプラウト先生が特別な処置を許可してくださったお陰だよ」


リリーはスネイプの切り取った葉の先端をつついて言った。


「でも有用性についてはさっぱり。葉も花も根も全部、これよりも扱いやすくて効果のある植物が存在する」

「植物すべてが僕たちのためにあるわけじゃないよ。でもそれならスネイプは何に使ってるんだろう?」

「さぁ、新薬の開発とか?」

「僕が実験台にされたらどうしよう!」

「大丈夫だよ、スネイプ先生はそんな人じゃないって」


怯えるネビルを宥めながら植物の世話をする。時折会話へ入る他の生徒に笑いながら、あっという間に時間は過ぎていった。




先月も、先々月も、雲は満月を隠してくれた。けれど今日は煌めく星たちも無数に顔を出し、空を賑わわせている。そんな騒がしい夜に何だか寝付けなくなり、私は一人、寮から抜け出した。

ナイトローブに厚手のマント。マフラー代わりにフードを被り、手はポケットへと突っ込んだ。それでも初夏の夜は冷える。しかし初めて抜け出した興奮もあり、冷たい風も気にならなかった。

二階まで下りると、廊下の窓に張り付いた。遠くには満月に照らされた暴れ柳が見える。青々とした葉を風に揺らし、気紛れに幹を振る雄大な姿。今夜そのコブを誰かが叩いただろうか。

特に何をするでもなく柳が夜に遊ぶ様子を眺めた。ぼんやりと時間のことなど忘れ、ただ冴える満月を、冴えた目で。


しかし一人きりの静かな時間は突如として終わる。

遠慮なくフードを引かれ、隠されていた頭が露になった。何の気配も足音もなかった存在にリリーは身体を凍り付かせた。布に守られていた首筋を冷気が走り、一層固く縮こまる。

振り向くよりはと目を凝らせば、窓に映っていたのはぎらつく目の男。顔色が悪く見えるのは、窓越しだからかもしれない。


「お前か」


よく知る声がため息混じりに吐き出して、流れるように減点を科した。


「こ、こんばんは、スネイプ先生。見回りですか?」

「如何にも。こんな場所で堂々と突っ立っているとは、君のような間抜けばかりなら我輩の負担も多少は減る。――尤も、規則は守られるためにあるのだがな」


振り返ったリリーは苦笑いを返し、規則違反の沙汰を待つ。しかし減点された他は罰則も追い返されもしない。スネイプの視線は窓の外を行ったり来たり。見えない何かを探し出そうと彷徨いていた。


「何を見ていた?」


やがて捜索を切り上げたスネイプが単刀直入に問う。


「暴れ柳です」


満月の夜に暴れ柳。スネイプはリリーの意図するものを悟った。鋭くした漆黒で校庭の隅に植わる柳を睨み付ける。その目に映る過去の柳も今夜のように明るい月夜の下で揺れていた。


「君が何を知っていようと、最早驚きはしない」

「今日も、薬を?」

「当然だ。それがやつを雇う条件でもある。調合し直す羽目にはなったが飲ませた」

「憎いほど綺麗な満月ですね」


月光に照らされはっきりとした陰影の浮かぶ彼は、どことなく不気味さを併せ持っていた。地下牢教室の灯りよりも明るい気さえするこの場所で、彼はそれを拒む色を纏い続けている。


「枯らすな。紅葉も落葉もなしだ」

「何の話ですか?唐突に」


首を傾げれば、彼は頭の回転が遅い私が悪いような見下す目をする。そしてまた外へ意識を向けて、一歩窓へと進んだ。隣へ並んだその表情は半分が隠されてしまう。消灯時間の過ぎた廊下は繊細な表情の変化までもは窓に映してくれなかった。


「君が温室で玩具にしている木だ。薬にあれを使用する。既に気付いているだろうが、あれに利用価値は低い。当然出回る数も少なく、購入すれば人狼に関わっていると言いふらすも同然。――枯らせば月を綺麗だなどと言っていられなくなるぞ」

「脱狼薬に、あれが……。私にもお役に立てることがあって嬉しいです」


リリーは少し胸を張って誇らしげに笑った。スネイプはチラリと視界の端に彼女を入れる。


「さっさと寮へ戻るぞ」

「送ってくださるんですか?」

「愚か者が寄り道をせぬよう監視せねばならん」


リリーは柳から視線を外し、グリフィンドール塔へと続く廊下の奥へと足を向けた。しかし付いてくるはずの教師は足を止めたまま。じっと窓の外を睨み続けていた。


「何かありました?」


問いながら、リリーも柳へ目を向け――見開いた。

そこにいたのは黒く大きな塊。幹をくねらせ枝を振り上げる暴れ柳の手前で立ち止まり、俊敏な動作で一気に近付く。その獣がピタリと動きを止めると、柳もまたピタリと動きを止めた。


「あれがただの獣に見えるか?」

「……いいえ」


二人の視線の先で黒い獣は柳の根元へと消えていった。


「寮へは一人で戻れ」

「待って!」


今すぐにでも駆け出しそうな彼を引き止める。掴んだ手首は瞬時に振りほどかれてしまった。


「今夜あの先には人狼がいるんだぞ!薬で自我を保っているとは言え、馬鹿げた姿で冒険ごっこを楽しむ生徒が出会うべきでは――」

「生徒ではありません!」


スネイプはピクリと眉を跳ね上げ、眉間へ寄せた。


「……誰だ?」


言うか、言うまいか。どちらにせよ、この状況ではセブルスは知ることになる。私が言わなければ直接見るだけだ。騎士団として共に活動することのないこの世界では知らずに過ごしたはずのその正体。


「十中八九、あの犬はシリウス先生です。誰よりも満月の夜の狼人間との過ごし方は心得ているはずです」

「パッドフット……なるほど、そういうことか」


思い出すように呟いてニヤリと上がったセブルスの口角。それはシリウスにとって良くないことが起こる前兆に違いない。


「未登録のアニメーガスは時としてアズカバン送りにもなる。あの男の場合はどうだろうな?」


匿名で警告の知らせを出そうかなどと考えながらも、機嫌の良い貴重なセブルスを前にすれば忽ち好奇心が芽吹いてしまった。

外への追跡を止めグリフィンドール塔へと動き出した彼に従いながら、揺れるマントへ手を伸ばす。彼の手の代わりにとぎゅっと握れば、流石に気付かれた。振り向くように腰を捻られ離れるマントが彼の身体にピタリと張り付く。


「妙なことをするな。見回りは他にもいる」


見回りがいなければ、誰にも知られなければいいのか。そうポジティブに捉えたくなるのをグッと呑み込んだ。


「親子だって言えば済みますよ」

「我々の関係をそうは呼ばん」

「多少の脚色は良いじゃないですか」

「君は我輩と親子になりたいのか?」


絵画の並ぶ大階段まであと少し。松明も窓もそばにない。つまりは殆んど暗闇で。それでも彼が振り返り、私を見ていることが気配で分かる。


「意地の悪い質問ですね」

「答えは聞くまでもないな」

「私からロマンスをねだったことなんてありませんよ」


ただ好きでいるだけ。それを伝えているだけ。

言い逃げるようにグリフィンドール塔へと駆け出した。声も足音も、追いかけてくるものは何もない。

「親子じゃ嫌だ」と言ったところで彼の答えも聞くまでもない。いたいけな生徒の心を弄んで悪い教師め。心で悪態はついても、階段を上がる度に足取りは重くなっていった。


きっと、このくらいの距離がちょうど良い







Main



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -