14 膨れ薬


冷えきった空気と浮かれたクリスマスムードを乗せて、木曜日がやって来た。

大広間でホットミルク入りのオートミールを平らげたあとはふくろう小屋の掃除。吹き荒ぶ刺のような風を分厚いマントとふかふかの耳当てでなんとか凌ぎ、暴れる藁や糞を掃除しきるまでに始業のベルが二度聞こえた。




昼食前に温室でスプラウトの剪定を手伝ったため、リリーが大広間に着いたのは昼休みも半分過ぎた頃だった。暖炉に温められた空間は固まった身体を解かしてくれる。既にスネイプの姿はなく、生徒のテーブルも四分の一が空になっていた。

グリフィンドールのテーブルではポッター、ウィーズリー、グレンジャーが身を寄せ合い、周囲を窺いながら話し込んでいる。計画の最終確認をしているのだろう。ポッターがローブのポケットをゴソゴソさせ、頷いた。

始業ベルの鳴る10分前、リリーは席を立った。大広間を塞ぐ重厚な扉の前でポッターたちと鉢合わせたが、そそくさと後ずさる彼らに譲られ先を行く。今の彼らの話題を教職員に聞かれるのは不味いはずだ。


「エバンズ先生?何か面白いことでも?」


プラチナブロンドの髪がかかる眉を怪訝そうに潜めたドラコ・マルフォイが淡いグレーの瞳を傾ける。彼に指摘され、自分が口角を上げていたことに気づいた。


「クリスマスが楽しみなだけだよ。君も残るんでしょ?」

「えぇ、まぁ。お父上の用事に母上も同行されるそうです」


「こんな場所のクリスマスより、うちのパーティの方が良いに決まってる」マルフォイは最後に小声でそう呟きながら、教室前で集まるスリザリン生の中へ消えていった。

始業ベルが鳴り響き、地下牢教室の扉が開け放たれる。生徒の波から逃れるようにさっさと教卓へ向かうスネイプを追って、リリーも前方へ向かう。


「いつも通りだ」


彼の指示は簡潔だ。いつも通り。則ち、教室を歩き回り生徒を監視しつつ余計な助言はなしで危険なものだけ対処する。暗黙なのは、ポッターとロングボトムはスネイプ教授の担当だということ。

前口上が終わり、黒板に文字が浮かぶと、調合がスタートする。リリーは大鍋に焚かれた火の温もりに、身が解れていくのが分かった。

たちまち教室中が鼻を刺す臭いと立ち込める煙に満たされる。そんな中でスリザリン生の間を歩きながらポッターとグレンジャーに注意を向けるのは困難を極めた。

加えて、爆発させられるであろうゴイルの薬が悲惨な出来では目も当てられない惨状は必須。今日は「いつも通り」を越えてこっそりと正しい調合へと誘導した。


「マルフォイ、大鍋に集中しなさい」


リリーは彼の背後から手を伸ばし、ふぐの目玉を握りしめた手に添える。耳を赤くするマルフォイに、視界の端でポッターがニヤリとしていた。

みんなのふくれ薬が完成し始めた頃、 そろそろかとポケットの杖に手を伸ばした。

スネイプがポッターのふくれ薬に苦言を呈し、リリーへと近付いたため、それに合わせて距離を保つようリリーも移動する。ポッターから視線を逸らしながらも彼を見続ける芸当は、相当な集中力を必要とした。

一瞬、ポッターの姿が大鍋に消え、再び現れると共にパチパチと爆ぜる花火が宙を舞った。

背を向けているスネイプはもちろん、自らの大鍋に係りきりの生徒たちを嘲笑い旋回しながら高々と飛ぶ花火は、目標から少しズレ、鍋の縁に当たり外へと零れるかに見えた。


不味い!


思うと同時に、握り締めたままの杖を振った。花火は少々不自然な揺れをして、無事目的の場所へと飛び込んでいく。

ホッとする間もなく、今度は重々しい爆発音が鳴り響いた。リリーは杖を高く上げ、杖先からパラソル並みの大きな傘を出す。ギリギリ間に合った。偶然傘の下になった二人の生徒が目を真ん丸にしてリリーを見上げる。

にっこり微笑むと口々に礼を言われた。救う気などなかったが、正直に言うのは馬鹿らしいので、有り難く受け取っておく。

ふと、ゾクリとする視線を感じて振り返る。その先にはゴイルの大鍋を一瞥し、こちらへ目を向けるスネイプの姿があった。

彼の黒い瞳がギリリと音を立てリリーを捕らえる。反射的に外してしまった視線が、何かしましたと言わんばかりで、深くため息をつきたくなった。だがあのまま見つめられても心を読まれてしまっただろうと、無理矢理自分を慰める。


「静まれ!静まらんか!」


スネイプ教授の怒声はクラスを鎮めるのに最適だった。

用意したぺしゃんこ薬を手に生徒を並べる彼に倣って、リリーも微力ながら生徒を捌いていく。膨れた鼻、グローブのような手、皿ほどになった片耳。生徒の症状に合わせて小瓶へ移した薬を渡した。

みんなが解毒薬を飲み干すのを見回すと、グレンジャーがいた。満足げな表情からは、任務の成功を感じさせる。

クラス中が落ち着いたのを見計らってスネイプは大股で滑るように移動し、ゴイルの大鍋から花火を掬い上げた。

ポッターをまっすぐ見据えるかと思った顔は、十分にそうした後、リリーにも向けられた。シンとした教室で一斉に注目を浴びるとは夢にも思わず、僅かならず動揺したが、その視線はすぐに外される。


長い10分の後、羽が生えたように教室を出ていく生徒たちが羨ましい。私も後に続けたらどんなに良いか。一か八か、普段ならする片付けを忘れてみるか?いや、これ以上怪しさを煽っても損するばかりだ。

心を覗かれてもいいように秘密を奥に仕舞い込むことに集中しよう。大丈夫。殻に閉じ込もるのは、母が亡くなってから散々やってきた。


バァンと大きな音で閉まる扉が、試合開始のホイッスルだった。


「何をした!」


肩を怒らせ目を大きく見開いたスネイプが少ない歩数でリリーに迫った。グリグリと心に穴を開けるように突き刺す視線を、力を抜いた虚ろな目で迎え撃つ。


「スネイプ教授のご指示通りです」

「我輩は大鍋に花火を入れろとは言っていない!」

「私ではありません」

「ならば何故爆発前に杖を抜いた?」


いきなり心臓を鷲掴みにされた。そのままギュウギュウと無理矢理収縮させられているような感覚に、眉間に寄るシワを誤魔化せない。


「宙を舞う花火に気付いたためです。止められなかったのは私の落ち度ですが、犯人に仕立て上げられるのは不愉快です」


無言の睨み合いが続いた。言葉が返ってこないところをみると、どうやら心の蓋はスネイプ教授相手に善戦しているらしい。気の抜けない攻防戦はまだ続く。


「爆発を見越したかのように昨日ぺしゃんこ薬を作り足したのはどう説明する?」

「私は残薬から提案したまでで、最終的に作るよう指示されたのはスネイプ教授です」


スネイプの勝ち誇った笑みは一瞬で無に帰した。何を考えているのか全く分からない顔だった。尤も、これはお互い様なのだろう。


「私には動機がないとは思われませんか?誤解が解けたなら、仕事の続きをしたいのですが」


永遠に続くかと思われた攻防は、スネイプの視線が外されることで終了した。大きく鳴らされた鼻は、誤解を解けたとは言い難い。リリーは閉ざされた扉をものともせず荒々しく闊歩していく黒い影を見送った。


何とか、なったのだろうか


ダンブルドア校長へ報告がいくかもしれないが、彼は私が何をしているのか知る唯一の存在だ。寧ろ報告した先で上手く丸め込まれてくれた方が都合が良い。

教室中に散らばったふくれ薬の拭き忘れを丁寧に取り除きながら、厄介事も簡単に拭い去れてしまえば良いのにと思わずにはいられなかった。






地下牢教室を出てすぐ、スネイプは校長室へ向かっていた。ドスドスと音のしそうなほどに足元からは怒気が溢れ、廊下の生徒たちが挙って道を開ける。

あれもこれも、すべて納得がいかない。花火を投げたのは忌々しいポッターの仕業に違いない。そしてリリー・エバンズの行動に不審さが残るのも間違いない。彼女は心を隠してみせたが、稚拙な閉心術士に有りがちな真っ白すぎる心。必ず何かある。


「レモン・キャンデー」


辿り着いたガーゴイルの入り口に、馬鹿げた菓子の合言葉を吐いた。新たに設けられた助手という特別な枠。何を考えているのだと飲み込んだ言葉を、今回ばかりは吐き出さねば気が済まなかった。







Main



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -