9 罰則を命じる


校庭の雪も消え、地下の極寒もピークをいくらか過ぎた頃。スネイプは私室で自らが課した提出物の採点に追われていた。昼食まであと少し。新たなものに手をつけるのは諦めて、椅子に深く座り直した。

こうした少しの空き時間。頭を巡るのはクリスマス以降ずっと同じ事柄だった。何度記憶をまさぐろうと進展があるはずもない。それでも考えずにはいられなかった。


リリー・エバンズは死んでいる


虚言だとしか思えない。しかし読み取った彼女の心にはその欠片もなく、私はすべてを呑む他なかった。

ダンブルドアでさえも眉を潜め、答えを出せない現象。更に死亡者に遡ってリリー・エバンズという人物を探してみたものの、痕跡すら見つからなかった。まるでここではないどこかから突然現れたようだ、とダンブルドアが言っていた。


「馬鹿馬鹿しい。ありえん」


偉大な魔法使いが聞いて呆れる。だがその時の彼の目は冗談ばかりではなかった。


自分と同じ空き時間だったスリザリンの上級生を遠目に確認しながら、彼らと同じ階段を上がる。漏れ聞こえてしまう学生にありがちな話題の数々にゾッとした。そこに家柄のいい者特有の愚痴も交ざるのはスリザリンならではなのかもしれない。

玄関ホールまで上がれば他寮の生徒とも合流した。授業からそのまま食事に来たのだと分かる荷物を抱え、ざわざわと騒がしい。そんな中でも自分の名は一段と耳につく。そして続くのは大抵腹立たしい話題。


「そこはスネイプ先生が授業で説明してた。やっぱり昼食を早く済ませて図書室へ行くべきだよ、二人は。箒持って競技場じゃなくってさ」

「リリーがダメでもハーマイオニーが添削してくれたら――」

「残念だけど私、フリットウィック先生に質問があるの。あなたたちの面倒を見ている暇はないわ。これっぽっちもね」

「全く、生徒を苦しめて楽しんでるに違いないよな」

「スネイプ先生はあれで色々と私たちのことを考えてるよ。分かりにくいけど」

「出た、リリーのスネイプ贔屓!君、自分のローブの色を忘れたのか?まさかハリーへの態度もハリーのためだって言うつもりじゃないよな?」

「それは……」


リリーが言い淀んだとき、追い付いたスネイプがその背後に立った。ロンは「ヒッ」と息を呑み、ハーマイオニーがハリーを肘で突く。しかしスネイプは睨みを利かせ、リリーへ合図を送ることだけは許さなかった。


「先生自身のためだと――」

「君の講釈は受け取った」

「――っ!?」


肩を跳ねさせすぐさま振り返ったリリーを尊大な姿勢で見下ろし、スネイプはフンと鼻を鳴らした。そして「ごめん、リリー」と眉尻を下げるハリーを無視して口を開く。


「だが生憎君たちとは違う。我輩は他人に理解される程度の薄っぺらい人間ではない。グリフィンドール5点減点。加えてエバンズ、本日午後5時に我輩の部屋へ来い。罰則を命じる」

「はい、先生」


神妙に応じるリリーに抗議しかけたロンの足をハーマイオニーが踏みつける。ハリーは小さく首を左右に振った。


「我輩とて罰則を受けるに値する生徒はいない方が好ましい。だがこれは君のためだ、エバンズ。我輩のこの意図こそ、君に理解できていることを願おう」




午後5時の少し前、地下の扉が規則正しく叩かれた。まさか、と思いつつも部屋の主であるスネイプが返事をすると、名乗ったのは自らがここへ呼び出した生徒。リリーが全身で反省を表現して立っていた。

スネイプは視線でリリーの足をその場へ縫い付けると、室内へと引き返す。持ち上げたカゴからはカランとガラスの擦れる高い音が響いた。


「罰則は温室で行う。このリストのものをそれぞれ広口瓶一個分ずつ収穫する。職員室でスプラウト教授から鍵を預かって先に始めていろ。リストの一番上は薬草学の授業で取り扱ったと聞いている。我輩もすぐに向かう」

「それが、罰則ですか?」


用意していた指示を告げると、目の前の間抜け面が口元を脱力させた。拍子抜けだと言わんばかりの表情。彼女が何を想像していたのか、手に取るように分かる。


「ではご期待に応えるとしよう。地下牢教室の大鍋洗浄と机のフジツボ取りも追加だ」

「えっ!いや、それは……!」

「それが嫌ならさっさと行け」


まだ言いたいことがある、と唇をムズムズと動かすリリーの鼻先でスネイプは扉を閉めた。




半端になっていた仕事を終わらせ、外へ向かう途中、マクゴナガルに声をかけられた。気付けばエバンズを温室へやってから優に30分は過ぎている。

スネイプは大股を駆け足になる寸前にまで早く回転させながら、校庭を歩いていた。

扱いに慎重になるべき植物はリストに入っていない。とは言えたかだか2年学んだだけの人間に任せきりにするには不安が多い。採集する数も多く都合よく手数を見つけたとほくそ笑んではいたが、質の悪いものばかりを摘み取られては無駄になる。

逸る気持ちのまま、温室の扉を何の前触れもなく開け放った。


「わ!驚いた……今ニつ目の瓶に――」

「クィレル、何故ここにいる?」


温室で動く影は一つではなかった。スネイプは呑気なリリーの声を無視し、その隣に立つ男に問いかける。上から下まで余すところなく観察し、クィレルの腕を辿る。下から掬い上げるように添えられ重なるのはリリーの手。更にクィレルの杖腕には杖があった。


「こんばんは、セブルス。あなたが来るまでの間、ミス・エバンズの監督をしていました」

「ならばもう用は済んだ」

「治癒呪文一つの時間、待ってください。彼女が怪我をしまして」

「見せろ」


スネイプはここへ来るまでと同じ大股で、一気に二人へ近づいた。呪文を使わせる気はない、とクィレルの手に重なるリリーを取り上げて、自らの眼前へと引き寄せる。捻り上げる無遠慮な手付きに彼女が顔をしかめた。


「あの、葉の棘に引っ掛けてしまっただけで、大した傷ではないんです」


彼女の手の甲には数本の赤いラインが刻まれていた。それを確認するとスネイプは鼻で嗤い、彼女の手を投げるように離す。


「わざわざ治す傷ではない」

「そう、君がそう仰るなら。彼女は君の罰則中です。ミス・エバンズ、明日の約束を忘れないで。では」


クィレルは最後にグッと口角を上げるだけの笑みを浮かべた。そしてリリーと目が合うと軽く手を振る。残される二人のぎこちない空気をそのままに、温室から彼の気配が消えた。


「明日の約束?君はクィレルを避ける努力をしていると思っていたが?」

「そうしていました。でももう断る口実も限界で。実際に何かあったわけでもないですし」

「闇の帝王を受け入れるような人間であると言ったのは君だ。何かあってからでも十分に対処できると考えているのなら、その考えは早々に捨て去れ――我輩の話を聞く気があるのなら」

「もちろんあります!」


リリーの力強い返事が空気を震わせる。しかしスネイプは負けじと肩を怒らせ奥歯を噛み締めた。


「クィレルのことも、私を知った気になるなといったことも、君は軽んじている!しかし君自身は、私を好きだとか自分は死んでいるのだとか、好き勝手に押し付ける!」

「そんなつもりは――」

「ない、か?そうだろうな。身勝手な人間は往々にしてそうだ」


決して他人にばかり向くものではない言葉に自嘲して、スネイプは足元に置かれたカゴから薬草の詰まった広口瓶を取り出した。彼が採集された葉の品定めをしている間、リリーは唇を噛み締めたまま。広口瓶をそのまま戻し空の瓶を取り出してもまだ動かなかった。


「君は罰則中だ。手は動かしたまえ」

「……はい、先生」


葉を摘む小さな音、ガサリと枝葉を掻き分ける音、ガラス瓶が何かにぶつかる音、言葉少ななスネイプの指示。二人の手が止まるまで、それらの音だけが疎らに散らばる。最後の瓶が萎びた無花果で満たされると、リリーはカゴへと納めた。


「罰則は終了だ」

「スネイプ先生――」

「ここを施錠する。早く出ていけ」

「はい、すぐに。ですがその前に少しだけ。今日のこと、不快にさせてしまって申し訳ありませんでした」


リリーが口を噤むとスネイプは無言のまま顎先で出口を示す。彼女は今度こそ留まらず、その指示に従った。温室に残るスネイプは鍵束を弄びながらため息をつく。

彼女の残した謝罪は一つだけ。クィレルのことも、好意の押し付けも、謝る気がない。謝られたところで何かあるわけでもないが、彼女は意思を明確にした。

いや、そもそもそんな大層なものでもないのだろう。コロコロと気の移りが早い子供の戯れ言。単に罰則の引き金となったことへ謝罪をしただけ。

ただ、時折彼女の眼差しが、言葉が、何か含みを見せることがある。たかが12歳の子供が自分の死についてああも軽く話したことも、自然だとは思えない。大人であっても直面すれば取り乱す者が多いというのに。


一体彼女はあとどれだけのことを隠している?


現時点で彼女に敵意はないと判断したダンブルドアに異を唱える気はないが、やはり気味が悪い。彼女がダンブルドアと同じ大義に動いているとは思えなかった。

それでも今は様子を見るしかない。限りなく監視に近い観察。ダンブルドアはいずれ私に彼女のすべてを暴かせるつもりなのだろう。


スネイプは本日何度目かのため息をついて、摘まれた薬材料と共に温室をあとにした。







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