8 形として残るもの


私宛のクリスマスプレゼントは親しい友人からの数個だった。かつて来てくれていたサンタが去った年のことを思い出し、クスリと笑う。生前の社会人時代より多いプレゼントを抱え、示し合わせた場所へと向かった。


「これは何だろう?――アルバムだ!」


休暇中の閑散とした談話室で、待ちきれず包みを取っ払う、ハリーの歓喜が響く。彼の元には昨年透明マントが届いていた。

リリーは自分のプレゼントをソファへ乗せて、そばにいたロンと共にハリーへ頭を寄せる。膝に乗ったそれが開かれるのを今か今かと待ち望んだ。

ハリーは先にクリスマスカードを開いた。そこには歪に並ぶ独特の文字。ハグリッドからだった。


『ご両親の思い出をあちこち集め回った。ハリー、おまえさんが二人の顔も知らねぇなんてこと、あっちゃなんねぇ。リリーとジェームズは本当に素晴らしい魔女と魔法使いだ!』


「僕の……パパと、ママ……?」


感動の対面に遠慮するべきかとリリーが顔を上げた。しかしロンにその気はなく、ハーマイオニーもいない今、誰も何も言わない。ハリーでさえ気にする様子を見せなかった。アルバムに釘付けなだけだとは思いつつも、リリーは再びアルバムへと意識を戻す。


「この人が――」


ハリーは写真を撫でた。

ポツリ、ポツリと両親の名を噛み締めるように呟いて、ページを進めていく。学生時代、不死鳥の騎士団時代、結婚式、ハリーを抱いている写真――。

ハリーはジェームズそっくりだった。あまりにも似ているため、ロンは何度も二人のポッターを見比べていた。そしてアーモンド形をした緑の瞳は間違いなくリリーのもの。豊かな赤毛を揺らし笑うその姿は誰の目にも美しい。




プレゼントを開封したあとは朝食を摂り、ハリーとロンはフレッドとジョージに誘われ校庭へ出ていった。図書室で用事を済ませると、リリーは一人、寮へと戻る。

人気のないグリフィンドール塔は物悲しい雰囲気に満ちていた。談話室の暖炉前を独り占めして、借りた本を開く。ページを捲り、指を滑らせ、お目当てに辿り着く。


「ジェミニオ(そっくり)!」


去年よりは慣れた舌使い。それでも何十回と練習をして、目の前の羽根ペンを複製させた。

しかし本命はこれではない。

気合いを入れて立ち上がると、リリーは寝室へと続く階段へ向かった。逸る気持ちを抑える足取り。男女を分ける道をいつもの反対側へと踏み出した。

そこは初めて踏み入れる男子寮への階段だった。


目的の部屋はすぐに見つかった。目的の物も。リリーはベッドサイドテーブルに飾るように置かれていたハリーへのクリスマスプレゼントを手に取った。ハグリッドお手製の、ポッター家の愛が詰まったアルバム。素早くページを捲ると、リリーは予め目をつけていた写真へと杖を向けた。


「ジェミニオ」


ヒラリ、とアルバムから抜け出るように写真が舞い落ちた。拾い上げると、その被写体は動画から切り出した静止画そのもの。言わばマグルの写真だ。

しかし贅沢は言っていられなかった。いつまでもここに留まっていてはハリーたちに見つかってしまう。


リリーは急いで男子寮を出た。そのまま寮からも出ると、入学前に使っていた一人部屋へと入る。空けている間も屋敷しもべ妖精は掃除をしてくれており、ベッドへ腰かけても不快な埃が立つことはない。

ホッと息をつき、もう一度写真を覗く。

写真の緑と目が合った。切り出されていたのは、赤子をあやす女性がカメラへ視線を向けたその瞬間。慈愛に満ちる母親の笑み。


「勝てるはずないよね……」


勝ち負けではないことくらい理解している。そもそも勝ちたいわけでもない。けれどもそんな虚しい呟きが、一人の部屋に零れてしまった。

リリーはサイドテーブルに放置された羊皮紙を引き寄せると、持ち込んだインク瓶と羽根ペンを取り出した。カード大に羊皮紙を千切り、魔法道具に頼ることなくメッセージを書き込む。


『メリー・クリスマス!』


それだけの切れ端を写真と共に羊皮紙で包んだ。あとはこれをふくろうへ託すだけ。

「いる」か「いらない」かと問えば、セブルスは「いらない」と返すだろう。喜ばれるとは思っていない。むしろその逆、傷口に塩を塗る行為。現に私の心にはピリピリと滲みている。それでも、この写真は彼の手によっていつまでも大切に保管されるに違いないのだ。


『私の過去を知っているからといって、私を知った気になるな』


1年と少し前、セブルスにそう言われた。定期的に思い出す言葉。

私が知っているのは過去だけではない。あるはずだった未来。『love』と綴られたリリーの筆跡を、彼女の笑顔と共に持ち出す姿。二重スパイという危うい立場の中でも抱きたかったもの。陰りばかりの未来だからこそ、力に変えたかったのかもしれない。

そんな立場に身を置く必要がなくなっても、彼の想いが薄れるはずがない。もしかしたら記憶も薄れないのかもしれない。それでも、写真という形に残るものは特別なのだ。


私には、それがない


私の手元にも、生前良くしてくれた友人の手元にも。大人になってからはなかなか自分の写真なんて撮らなかった。両親の遺影選びにも苦労した覚えがある。時間を共有した人だけが、その時の笑顔を思い出せるのだ。

それを他人と共有できるものが、写真。




クリスマス・ディナーの席にセブルスは姿を見せなかった。


就寝時間が迫った頃、リリーは寮ではなく午前中も過ごした一人部屋にいた。寮の寝室へ戻ったところで今は一人。ローテーブルとベッドの揃うここの方がいくらも過ごしやすい。それに靴を脱いで毛足の長いラグへ座る心地好さを思い出してしまうと、どうにも恋しくなってしまった。


睡魔とレポートの乗る天秤をどちらに傾けるべきかと決めかねて、大きな欠伸をひとつ落とす。

そのとき。

トントンと扉を叩き、覚えのない訪問者が現れた。この部屋を知るのはダンブルドアかセブルスだけ。レポートによる催眠術はパンと弾けるように解けてしまった。


「いるのは分かっている。開けろ」


訪問者はセブルスだった。何故知られているのか。問うことも憚られる声色に、私は無言で彼を招き入れる。


「ベッドかラグしか座る場所がなくて……あ、あとお出しできるものも何も――」

「結構」


リリーの示すすべてに拒否をして、スネイプは扉を背に腕を組む。そして暖炉からの恩恵乏しいその場所にマントを引き寄せた。そんな彼の言動にリリーは自分自身が座るタイミングをも失ってしまう。

彼女は潜んでいる虫を炙り出すかのように、靴下姿で毛足の長いラグを弄っていた。彼からの訪問というマクゴナガルが風邪を引くよりも珍しい出来事に、喜びさえ演じることができなかった。これでは訪問理由に心当たりがあると言っているようなもの。

スネイプの瞳がギラリと光る。


「君のその態度、質の悪い嫌がらせへの自白と取るが異論はないな?」

「嫌がらせの意図はありません!」

「なら我輩が喜ぶとでも思ったのか。あのような写真を送り付けられて?」

「っそ、れは……」

「これを嫌がらせと言わずして何と言う」


反論の余地はなかった。しかし私だって何の考えもなく送り付けたわけではないのだ。況してや嫌がらせなど、とんでもない。


「とっても素敵な笑顔だったから……」

「何?」


リリーは拳を握った。そして眉を潜めるスネイプに食らい付くかのごとく一歩踏み出す。


「記憶はどう頑張ったって薄れていきます。そりゃあこの世界には憂いの篩とか、色々あるのかもしれませんけど。

私にも家族がいました。友人だっていた。でも私にはもうみんなの写真を手に入れることができないんです。この記憶にすがって、必死にみんなを思い出すことしかできません。気軽に今の友人へ家族を紹介することすらできない」


今がとても楽しい。毎日充実している。死んだ世界へ戻ることは望んじゃいない。それでも、冷たい風が心を通り抜けていく日がある。


「君は何を言って――」

「思い出すばかりじゃなくて、私を思い出してもらうときも、あんな風に幸せに生きていた姿が良い。少なくとも私はそうです。写真はそのきっかけを作ってくれます」

「それはどういう意味だ?」


言うか、言うまいか。迷ったのは一瞬だった。


「私は一度、死んでいるんです」

「――なっ、我輩を馬鹿にしているのか?」

「ご存じありませんでしたか。でもこれは本当のことです」

「しかし君はゴーストではない!それは明らかだ!」

「一体私にどんな力が働いたのか、私自身にも説明はできません。死んだと思った次の瞬間にはホグワーツの大広間。そしてすぐお二人に出会いました」


真偽を探るセブルスの視線。それを私は受け入れて、何も偽ってはいないのだと示して見せた。やがて彼が舌打ちをして、その漆黒を逸らす。処理しきれない葛藤を隠そうともせず、苛立ちに足を揺らし始めた。


「予言のことを知った者が、君を?」

「いいえ、私の死は間違いなく事故ですよ」


リリーがグイと口角を上げて、いつもの自分を作り出す。肺一杯に空気を取り込むと、暗然とした雰囲気を掻き消すように声のトーンを上げた。


「変な話になっちゃいましたね。つまり、まぁ、写真が不要なら返品は受け付けます。そうじゃなければ、色褪せることのない形あるものとして、役立ててください」

「一体君は――」

「私に興味が湧いてきたんですか?」

「ふざけるな。我輩が聞きたいのは――」

「これ以上は話せません。夢見が悪くなりそうですから。でももしスネイプ先生が添い寝してくださるというなら、寝物語に話しても良いですよ」


絶対に提案を呑まれることはない。そう分かって言った。案の定、セブルスは口をへの字に曲げて、馬鹿を言うなと表情で語る。しかし秘密の告白を有耶無耶にして流されてくれる気配はなかった。


「いずれ、詳しく話してもらう」

「はい、いずれ」


これ以上はダンブルドアの見識を聞いてから、といったところだろうか。無理矢理にでも吐かされずに済んで一先ずは安心した。こんな得体の知れない存在を、まだここに置いてくれるとはお優しい。




数日経っても、ダンブルドアから呼び出しがかかることはなかった。セブルスがこの話題を掘り返すこともない。

そしてリリーの写真が戻ってくることもなかった。







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