6 人生は恋愛だけじゃない


9月1日、今日からまた学校が始まる。

私はセブルスに見送られて……と言えば聞こえは良いが、実際はキングズ・クロス駅近くの路地に置き去り。慣れない付き添い姿現しで吐く寸前の私に白湯を手渡して、彼はまた姿くらましをした。どうせなら一緒にホグワーツまで連れていってくれれば良いのに。よく分からないダンブルドアの拘りらしい。

特急をネビルのいるコンパートメントで寝て過ごしたあと、大広間でハリーとロンに会った。もちろんハーマイオニーにも。どうやらドビーの妨害はなかったらしい。当然だろう。今年もホグワーツには何の驚異もないのだから。


「ダーズリー家は相変わらず最高だったよ。インチキな呪文でちょっとは面白くなった。あとは野良犬の世話もしたんだ。黒くて大きいやつで、頭がいい。ここに連れて来れたら良かったのに」

「ハリーにはヘドウィグがいるだろ?僕には何もなしさ。監督生にでもならない限りは」


歓迎会開始までの間、休暇の思い出について語り合う。ハリーの世話した犬に浮かぶ人物はいるものの、真偽は確かめようがない。すぐにシリウスがハリーを引き取るのではと思っていたが、話は持ち上がってすらいないようだった。


「でも本当に最高だったのはロンの家だよ!」


温かな家庭や箒で遊んだことを人生で一番の出来事だと話すハリーにロンは誇らしさと照れの混ざる顔をした。赤毛を揺らしそばかすのある鼻を掻きながらチラリとハーマイオニーを窺って、ブラブラと足を揺らしている。


「狭いとこだけどさ、次は二人も誘うよ」

「ありがとう、ロン」

「楽しみにしてる」


形だけの言葉だと受け取ったハーマイオニーが形だけの礼を言った。それでもロンは満足したらしく、また休暇へと話が戻る。


「リリーはどうだった?叔父さんとは……」


ハリーは触れて良いものかと戸惑いながらも聞かずにはいられないと私に話題を振る。彼らには「家庭の事情で今年からイギリスに住む魔法使いの叔父の世話になる」と話していた。自分と同じ境遇の人間にハリーは興味津々らしい。


「いい人だったよ」


にこりと笑えば、ハリーはホッと力を抜いた。その様子に想像以上に心配してくれていたのだと分かる。自分のように不当な扱いを受けてやしないかと。優しい子だ。


「忙しい人だから遊びには出れなかったけど、本がいっぱいあって飽きなかった」


これは事実。場所がホグワーツからセブルスの家に変わっただけで籠りきりなのは変わらなかった。一体何のためにホグワーツを離れたのやら。本棚の閲覧許可が下りなければ発狂するところだ。来年は要相談である。まるで家庭内別居――いや、シェアハウス。同じ屋根の下にいながら別々の暮らし。距離が縮まるなんて奇跡は起こらなかった。


「休みにまで本とにらめっこなんて、ゲーだ」

「あら、ロン。休暇は遊ぶためだけの時間じゃないのよ?1年分の予習と復習もしなきゃ!」


そこからいつものハーマイオニーとロンの言い合いが始まって、私はハリーと二人で肩を竦めた。宥め役はハリーに任せ、私は職員席の「叔父さん」を探す。

彼はトレードマークの真っ黒な出で立ちでいつもの席にいた。隣に座るクィレルが私に気付くと軽く手を振ってくれる。こんな風に懇意にしても良いのだろうか、といつからか心配しているのだが、特に誰からも気にかけられていないようなので良しとする。それにクィレルが手を振るのは私へだけではない。

視界の端でこちらを睨む漆黒の瞳にはとうとう最後まで気付かないふりをした。クィレルに気を許しすぎるなと、警戒心を持てと言いたいのだろう。春にその話をしてから徐々に距離を取り始めてはいたが、今この瞬間それが意図的にリセットされた。やはりクィレルは油断できない。


ロックハートが輝いていたのはもう過去の事。彼は前年度の終わりに正体を現し、魔法界から総すかんを食った。

代わりに来た新しい闇の魔術に対する防衛術の担当は素朴な女性だった。歳はセブルスより少し上くらいで、彼女を一言で現すなら……ふんわり。笑顔も、話し方も、外見も。

黄色いローブがトレードマークの彼女は闇の魔術に対する防衛術の教師として相応しいのか疑問の声も多かった。しかし蓋を開けてみれば評価は一変。噂が確かならば、彼女はダームストラング出身らしい。




「あ、スネイプと――」


次の授業への移動で中庭に差し掛かったとき、反対側の廊下を歩く黒と黄の組み合わせにロンが気付く。二人が一緒に歩く姿は特段珍しいものではない。それどころかリリーには付き合いの長い他の先生方とよりも親しげに見えた。快活な女性の笑い声が響き、スネイプの口角もヒクリと動く。


「楽しそう……」


怒り以外でこんなにも表情を変える彼は見たことがない。ふんわりとした彼女の雰囲気に毒気を抜かれているのだろうか。


「ロックハートのときなんか背後から呪いをかけそうなほど嫌ってたくせに。今度逃したDADAの席は悔しくないのかな?」

「フレッドとジョージが二人はデキてるんじゃないかって言ってる。つまり、その……」

「それはありえないわ。彼女の薬指を見なかった?左手のよ。あれは間違いなく結婚指輪ね」

「まぁそうだとしても、スネイプがどう思ってるかは別だろ?あいつと話して楽しそうにしてくれる人なんていないんだから」


ただの下世話な噂。セブルスにそんなつもり微塵もないだろう。けれど二人に流れる和やかさを養分につまらない嫉妬心がむくむくと育ってしまう。教師に惹かれ陰から想うだけのスリザリン生よりもよっぽど可能性がありそうだ。

私がせめて元の年齢のままだったなら、始めからこの世界の住人だったなら、セブルスはまた違う顔を見せてくれたのだろうか。


――まただ


無駄なもしもを考えるより、今を楽しまないと。折角の第二の人生が勿体ない。


「リリー……」

「ごめんね、待たせて。早く行かないとマクゴナガル先生に怒られちゃう」


黒と黄のローブが建物の陰に消えるまで見送って、ハーマイオニーを振り返る。隠すつもりのない恋心を無視して手を引けば、彼女は微苦笑に留めてくれた。

全く、これではどちらが年上か分からない。でも忘れてしまっていただけで私もこんな風だった。あんなに子供扱いは嫌だったのに、今では私がそうする側。彼女たちだってしっかりと周りを見て頭を働かせながら生きている。


「二人とも走って!」


50メートル先で私たちを呼びながらハリーが手招きをする。今度は私を待たずに走り出すハーマイオニーに置いて行かれそうになって、慌てて大きく一歩踏み出した。


「友達を置いていくなんてひどいよ!」

「あら、友達が遅刻の巻き添えで減点されずに済むことを喜ぶところじゃない?」


人生は恋愛だけじゃない。彼らとの友情は私の人生を豊かにしてくれるだろう。かつて私の人生を色鮮やかにしてくれた友人がいたように。彼女たちは元気でやっているだろうか。悲しませてしまっただろうか。もっと気持ちを伝えたかった。

ありがとうも、大好きも、ごめんねも。


「ハーマイオニー、ありがとう。大好き!」

「お礼は授業に間に合ってから!」


チラリと時計を見たハーマイオニーが私の手を取った。「絶対に転けないで!」と言いながらも掴んだ手をそのままに二人同時に階段を駆け上がる。先行していたロンが教室の扉を開けたとき、始業のベルが鳴り響いた。彼の表情からしてマクゴナガルは既に教室の中。ハリーに続いてベルが鳴り終わるギリギリで教室に滑り込む。


「あと1秒でも遅ければ、私は自分の監督寮から減点するところでした」


チクリと刺して、 マクゴナガルが教科書を開く。四人で見合わせた顔はどれも赤く荒い息づかいで、お互いに笑いあって席についた。







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